地獄で出会ったマリア様
すどう零
第1話 彼氏もいる普通の女子にしのびよる覚醒剤
私の名前は、菜々子、十九歳の未成年者である。
通常の十九歳の女子とは、違う人生を歩むことになってしまった。
原因は覚醒剤が暴露したことである。
家庭裁判所の審判により、女子少年院に入院することになってしまった。
普通なら、頭を石で殴られたような、ガーンとショックを受けるところだけど、内心はこれで覚醒剤から逃れられると思うと、ほっとしたような安堵感が心を覆っていた。もうこれで私は、覚醒剤に縛られることなく、自由な人生を生きることができるに違いないという、淡い希望さえ生まれた。
「覚醒剤地獄から救い出してくれてありがとう」とお礼をしたい気分でもあった。
覚醒剤は、まさに女性にとっては、いやこの頃は男性でも油断はならないが、すぐ風俗に売られてしまうという地獄が待っている。
この頃は、ホストクラブで借金した女性が、いったん風俗の世界にいくと、女性の給料から三割くらいが、スカウトマンやホストクラブの手に渡るというシステムが出来上がっている。
傷ついた女性が、傷を癒すためにホストクラブに通い、少々メンタルが癒されると、また風俗の世界へと戻っていく。
そのスパイラルが半年ほど続くと、女性は梅毒を発症し、風俗店をも解雇され、残る道は立ちんぼになってしまう。
買春する男性客も、風俗店だと約三万円だが、立ちんぼだとその半分の値段であるから、リーズナブルではあるが、なんといっても衛生面が行き届いていない。
そして、立ちんぼする女性も、風俗店のような規制がないから、常に危険な状態に立たされることは不可欠でしかない。
また「覚醒剤を打つと疲労回復になって、頭もよくなる」などという甘い言葉で近づいてくる悪党は、最初から売春目的で覚醒剤中毒に陥らせ、風俗店に売り飛ばして金にするのである。
まったく、女性を金ヅルとしか考えていない。
ちなみに人間の集中力は、一日三時間しか持続しない。
このことは、一日一時間程度しか勉強しない人でも、また一日十時間以上勉強している人でも、同じである。
しかし、覚醒剤を打つと、やたらエネルギーが満ち渡り、なんと集中力が三日三晩、七十二時間も持続するという。
そういった意味においては、受験勉強にはうってつけの材料ともいえるが、そのかわり依存症になってしまい、覚醒剤を手にいれるため、窃盗、男女ともに売春をも厭わなくなってしまう。
また、妙に度胸がつき、犯罪をも厭わなくなってしまう。
悪党はこの心理を利用して、管理売春をさせる。
家族からも見放され、分籍といった形で戸籍を分断されることさえある。
まさに孤独地獄、限界のない落とし穴に陥ってしまう。
社会的にも心身ともに、一人ぼっちの檻のなかに閉じ込められたような精神状態に陥ってしまう。
まあ、私の場合は、そこまでいく一歩で医療少年院送致といった形で、救われたのである。
子供が少年院送致になると、たいてい母親の責任が問われ、半分以上母親の教育のあり方が問われるので、離婚してしまうケースさえある。
不幸中の幸いとしか言いようがないが、これからの医療少年院生活、どんなことが待ち受けているか不安で一杯だ。
強面ばかりが集まり、リンチなどあるのだろうか。
そうなると、私など真っ先にそのターゲットに選ばれるに違いないと思うと、恐ろしくなった。
しかし、覚醒剤中毒に比べれば、まだ救われる。
それにしても、覚醒剤の検査というのは辛い。
だって、下着をみな脱がされ、子宮に指を突っ込まれるという屈辱感と凌辱感、いやそれにもまして思わず叫んでしまいそうな痛さを伴う。
すべてを失った今、もとの私に戻りたいと願っても、もう後の祭り。
覚醒剤以前の私は、いい子ちゃんであり、優等生だったんだよ。
もちろん超優等生というほど、勉強好きではなかったが、いつも平均点以上を確保していたわ。
母親の言いつけは素直に聞き、掃除、洗濯も積極的に行い、料理も有り合わせの材料を組み合わせて、味付けに工夫して創作料理をつくったりしたものだわ。
煮物のコツは、大匙一杯くらいの炭酸水と酢を入れると煮崩れせずに、短時間できれいに煮あがるわ。また、仕上げに少量のガーリックスパイスと黒コショウを入れると、ぐっとうま味がアップするの。
ときにはシナモンを入れると、香りづけにもなる。
幸い、母親は私の創作料理を美味しいと完食いやおかわりまでしたものだわ。
洗濯のときは、洗剤といっしょに大匙一杯くらいの酢を入れて洗うと、汚れも落ちるし、色止めにもなるし、柔軟剤替わりにフワリとやわらかく仕上がるの。
とくに毛の素材だと、なおさら毛までソフトに仕上がるわ。
家事を続けていた賜物で、生活の知恵が身についたってわけね。
もちろん勉学の方も、中の上でまあまあの進学校に通ってたの。
しかし高校三年の夏休み、初めての恋をしてから道を踏み外しちゃったの。
女性受刑者の全員は男絡み、半数は既婚者だというが、まさに犯罪の陰に女ありというが、犯罪の陰に男ありね。
恋の相手は、ある芸能プロに所属している元ジャーニー事務所所属のジャーニーズというバックダンサーの裕貴。
裕貴と知り合ったきっかけは、地元のスーパーマーケットでカラーコピーをとろうとしたが、わからないのでもたもたしていた。
すると、隣で買い物をしていた裕貴が、すかさずやり方を教えてくれたのがきっかけだった。
「ありがとうございました。お陰で助かりました」
私が礼を言うと、裕貴はなんとそのスーパーマーケットの隅にあったカフェでアルバイトしているという。
ベーカリーと花屋が併設されていた、カウンターだけの小さな洒落た店で、私も一度だけ訪れたことがあった。
内心ラッキーだなと思っていたら、裕貴はクーポン券を差し出してくれた。
「ぜひ、お伺いしますね」と笑顔で裕貴を見送った。
カウンター越しに裕貴と他愛もない話をするうちに、裕貴の気さくさとさり気ない優しさに魅かれ、二人だけで会うようになっていた。
デートの場所はいつも公園か長居のできるレトロ喫茶だった。
残念ながら裕貴は、五年間ずっとバックダンサーどまりで、デビューの予定は見えなかった。
それもそのはず、ジャーニーズというと、一万人近く存在しているんだよ。
そこからデビューできるのは、相当強運の1%のひとつかみだけ。
それに当時、噂の範囲だけど、少年愛がはびこっていたという。
まあラッキーにも裕貴は、その被害にはあわなかったし、その現場すら見たこともなかった。
しかし、噂は光の速さで広まる。
また、テレビに出演するためには、少年愛を受け入れる必要があるという噂もはびこっていた。
残念ながら、裕貴には少年愛を理解することも受け入れることも不可能だった。
そこで、裕貴はジャーニー事務所を退所したのであるが、裕貴を待ち受けていたのは、無名プロダクションだった。
あなたをスターにさせてみせる。
しかし、そのためにはもっと歌もダンスも磨く必要がある。
もし、君が他の人を紹介したら、ユニットを組んで、早くデビューできるなどと甘言で誘い出し、裕貴はジャーニーズ事務所時代のメンバー五人引き連れて無名プロダクションに入所したのだった。
待っていたのは、睡眠時間もないほどの歌と踊りのレッスン。
もちろん、レッスン料三万円は、自腹である。
ようやく仕事を与えられたと思ったら、それは上半身裸のセミヌードだったり、またブリーフ姿で身体をくねらせるダンスをするなどという、いわゆる性的なものを連想させるものだった。
裕貴はこれでは、自分の描いていた夢とはあまりにも違いすぎると気付き、絶望した。
社長に退所したいと告げると、社長は一通の書類を提示した。
そこにはなんと、違約金に関することが書かれてあった。
一度仕事を断るたびに五十万、事務所を退所するときは、今までの売り出し費用、衣装代も含め、なんと二千万円必要だという内容のものだった。
もし、払わなければ、弁護士をつけて裁判を行う、最高裁で勝訴したこともあり、君たちには到底、勝ち目はないよという信じられないほどの過酷なものだった。
最初からそれが目的で、裕貴を始めとするアイドル志願を入所させたのかもしれない。
ジャーニー事務所に所属しているときは、違約金に関することは全く聞かされていなかったので、裕貴はとまどったが、裕貴は父親の紹介で弁護士を立てて、二千万円は免れることになったが、それ以来、裕貴はすっかり人生に絶望してしまった。
そんなとき、塾で知り合った医学部浪人の男性と付き合いだした。
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