忘却ボーイフレンド。



 どうも、米吉徹平です。


 突然の自分語りで申し訳ないのですが、最近彼女ができました。

 相手は幼馴染みでクラスメイトの──雪柳 愛です。


 まだ付き合って1週間近くしか経っていませんが、正直……世界が輝いて見えます。

 冬も寒くなんかありません。


 あまりにも寒くなさすぎて、移動教室の授業の際に渡り廊下を歩くとき、強烈な冷風が押し寄せてきたのですが、私には爽やかな春風のように感じられました。あぁ……ブエノス・アイレス……。教えてくれよ、神様。これが“愛”というやつなのかい……?


 しばらくジーッと枯れ木が風に吹かれる様子をぼんやりと眺めていたら、普通に風邪ひきました。


 ※ ※ ※


「恋は風邪に似ている……。頭が熱くなりボーッとするから」


「幸せそうだし、このまま息の根を止めても問題なさそうだな」



 幻聴が聞こえた。目を開けると出井 宗介が俺の首を絞めて殺害計画を実行しようとしていた。

 保健室の先生が隣で苦笑している。


 おれは激しく抵抗した!



「いやだ〜〜!! 死にたくないーー! もっと雪柳と色んなところにデートをして、愛の言葉を囁きたいんだぁああ!! まだ殺さないでくれーーー! 雪柳と手も繋いでないのにぃぃいいいい!!!!!」


「雪柳いるぞ」


「……えっ?」


「嘘だばーか。もう帰ったよ」



 友人がベッドの脇に座っている。

 その奥で保健室の先生が小さく笑っていた。



「米吉くんは寝てたから知らないと思うけど、さっき彼女さんが様子を見にきててね、すごく心配したのか、手も握ってくれていたよ」


「えっ……ええええっっ!!!??」


「そうそう。でも、オレが来たら恥ずかしそうに出て行ってたな」


「は? 宗介……お前、なんで来たの……?」


「お前を心配して、わざわざ貴重な昼休みの時間を削って保健室に足を運んでやった親友に向かって吐くセリフはそれで合っているか? 友達やめるぞ」


「ゲホッ……ゴホッ……」


「咳で誤魔化すな」



 どうやら眠っている間に、ラブコメディでは定番の【風邪引いたときにヒロインが手を繋いで看病してくれるイベント】が終わりを迎えていたようだった。


 う、ウソだろ…………?



「うーん……。手にはまだ雪柳の温度が残っているような……残っていないような……?」 



 クンクンと匂いを嗅いでいたら、宗介が汚物を見るような目をして上唇をズリ上げ、前歯を見せていた。

 保健室の先生は苦笑している。



「ち、違う! これは雪柳が俺の手をどのくらいの力でぎゅっと握ってくれていたのか、どんな感じで握ってくれていたのか──確認がしたいだけでして! ち、ちなみに……その、握っていた手は右手ですか? もしくは左手??」



 保健室の先生は苦笑している。



「邪魔しちゃ悪いと思って、そんなに見てなかった〜。ごめんねっ」


「そ、そうですか……。でも握っていたのは事実なんですね、良かった」


「先生。こいつがいつ振られるかオレと賭けしません? オレは1ヶ月で」


「縁起の悪いことを言うな!」



 保健室の先生はまた苦笑して、自分の作業に戻っていった。

 ふぅー、と息を吐く。



「バカは風邪を引かないっていうけど、風邪ひいたから俺はバカじゃなくて天才かもしれない」


「大馬鹿野郎だわ、お前は」



 宗介が腕を組んで、俺を見下ろしている。

 不思議と穏やかな表情をしていた。



「いやー、しかし、どれだけ遠回りしたんだって感じ。二人ともから相談を持ち掛けられていたオレの身にもなれっつーの……。まさか、バレンタインデー前に付き合うのは予想外だったけど、とりま、雪柳が幸せそうで良かったよ」


「えっ、雪柳からも相談持ちかけられていたのか? 俺のことで?」


「……あ、これは言わない約束だった。スマン、忘れてクレメンス」


「お、おう」



 あの雪柳が俺のことで宗介に相談を持ちかけていたとは。

 でもあれ……? なんか変な気も……。



「マジでこの10ヶ月、色々あったよな〜。個人的にはお前と雪柳の《夏祭りデート》。あれがマジで傑作だったわ。急に出てきたカラスにクレープ取られて、徹平が雪柳のためにそれを追いかけていたら、お神輿にぶつかって、スーパーボールすくいのプールで溺れかけるって……どんなシチュエーションなんだよ!www あれ、めちゃくちゃ笑ったわ」


「???」


「あとは《文化祭》なー。あれでグッと距離が縮まったんだよな?」



 宗介が俺の知らない思い出をベラベラと語り始めている。

 いつものシュールなボケだと思い、架空の作り話にしては熱が入っているなと聞き流した。

 あんまり面白くないぞ、宗介。



「オレもそんな青春してみたかったわ。彼女持ち羨ましいぞ、くそくそっ!」


「えっ……? いや、徹平、お前なにいってんだよ。彼女いるじゃねえか……」


「は? えーっと、ケンカ、売ってる?」


「いやいや!他校の先輩と付き合っていたじゃん!? だから俺は絶対に雪柳と寝取られ展開はしないって約束したじゃん!! つーか、ダブルデートとかしようと思ってたのに別れたのかよ!? えっ、どっち! これもシュールなボケか!?」


「は? なにいってんだ。オレはお前らの相談に乗るので、てんやわんやの大忙しだったわ。もっと感謝しろっつーの!まあでもいいんだよ、オレは永遠の独り身。LONE WOLF孤高の一匹狼……だからさ!」




 …………んんんんんっーー?



────────────────────


 運命のバレンタインデーまで

 ──あと【三日】。





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