#3
今日は私の結婚式。人生に二度もないビックイベントだと言うのに、いつにも増して感傷的な私は白い手袋を嵌めながら貴方によく似た輝石を撫でる。
ラブラドライト。
私の誕生日石であり、色々な意味で特別な宝石。石言葉に『思慕』『記憶』『調和』という言葉を携え、鼠色の地味な色味を呈するその石は、鳳蝶の羽にもよく似た光沢をその表面に纏って滑らせる。その上、月と太陽の力を併せ持つパワーストーンは『再会の石』という大仰な異名を持ち、この輝石が想い合う人々を引き寄せるといった迷信もある。
私は狡い女だから、この迷信を良いようにしか信じてない。
──貴方はこれを捨ててしまったかしら?
もう耳に付けることすら烏滸がましいそのイヤリングの片割れは……きっと揃わない。それでも私がこの色石に貴方を思い描くように、貴方もまたこの石に縋っていて欲しいと願ってしまう。これはエゴだ。番になった片割れを渡した貴方はもう、私のものじゃないのに。
「入って良いか?」
控室のノックと共に聞こえた狸似父親の声に感覚を連れ戻された私は、咄嗟にイヤリングを胸元に隠す。
「……良いよ」
何処か清々しい面持ちで控室に足を踏み入れたスーツ姿の父は鏡越しに私と視線を合わせると、「よく似合ってるなぁ」と自分の事のように誇らしげに呟く。
「そう」
酷く単調な返事をして目を伏せた私は、全く意に介さない様子の父が腹立たしくて仕方なかった。貴方が勇気を出して我が家に挨拶をしにきたあの日あの時、父が酷い言い草で反対しなければ、今日の私達は……。脳味噌に焼きついた父の辛辣な物言いと貴方への罵倒を思い出すたび、私は自分の非力さを痛感させられる。綺麗に化粧で新婦として整えられた顔面を歪ませた私は、悔しさの余り唇を噛んだ。
「まだ未練があるのか?」
私を呆れた表情で一蹴する父親は溜め息混じりに私に近寄ると、「いい加減にしろ」と凄んでみせる。
「未練があったら悪いの?」
逆上にも近い啖呵を切った私は父親の顔を睨みつけた。勿論そんな事をしたところでもう何も変わらないのは分かってるけれど、そうでもしないと私の腹の虫が治らない。
「何度も説明しただろ……あの男はお前には不釣り合いだ!お前がやっと結婚すると連れて来た頓馬は名前も聞いた事ない田舎の学校で、それも高卒?収入も平均より下なんて、誰が許可すると思う?……確かに勝手に許嫁との婚姻の話を進めたのは少しばかり強引だったかも知れないが、それだって前から決まっていた事。今更、何を言ったところで和樹君にも」
「お父さんに何が分かるのよっ!」
最後まで聞くことを反射的に拒んだ私を刺す父の言葉は棘みたいに鋭く、的確に私達の不確かな繋がりを抉る。勿論、そんな事はちゃんと脳味噌では分かっているのだ。二人の関係は『愛情』という命綱以外は心許ない、風の前の灯火にすらよく似ている事も──。
「いいか、恋愛と結婚は似て非なるものなんだ。……お前の恋愛ごっこで渡り歩いてゆけるほど、世の中はそう甘くない。それともなんだ……お前は愛だけで命を繋げられるとでも言うか?」
「そんなこと言ってない!……もういい、お父さんと話しても意味がないってよく分かったから」
挙式の直前に頭が痛くなりそうな口論を続けたい訳じゃない。私は深く酸素を吸い込んでからわざとらしく吐き出すと、こちらを伺うように控えめなノックが聞こえる。
「どうぞ……ずっと前から、いたんでしょう?」
呼ぶより謗れとは正にこのことで、ノックの主は考えるまでもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます