ベイビー・ドライバー

@tsutanai_kouta

第1話


俺の名はコウタ(仮名)、ゲーム好きのダメ人間だ。そんな俺が一番好きなゲームは、『ク○○ジー・タクシー』、特にタイム・トライアル・モードにハマってる。

それも時間制限最長の10分間のやつ。

ただし普通の遊び方ではナイ。本来ならば、このモードは制限時間内に何人の客を乗せ、どれだけの売り上げをあげる事が出来るかを競うのだが、それを俺は、ただただ街中を走り回る事に使う。線路に飛び込み、海に潜り、高速をすっ飛ばす・・・。


これが「普通のプレイに飽きた」とか「飛ばすのがカ・イ・カ・ン」と言うのならば、有りがちだ。が、えー・・・、(ここで少し声を潜めてしまうのだが)全然別の理由からである。その理由とは、ズバリ”ゲームの街から脱出する為”で、ある。


・・・え、あの、引いてます? 一応、補足説明してイイ? 

あのですね、タクシーで暴走し、目的地へと向かうこのゲーム。当然、ゲームの中に作られた架空の《街》を舞台にしてます。んで俺は、例の♪yah!yah!yah!の、テーマ曲を聴きながら、タクシーをすっ飛ばしてると、ふと「このまま設定された街の"向こう"に行けるのでは?」と妄想してしまうのです。

そして、この妄想に俺は猛烈に興奮する。

だって、考えてもみてよ。作り物の街をシステムに逆らい脱する!こんな痛快でスゴイ事ある? カタルシスですよ! エクスタシーですよッ!

や、解ってますよ。そんな事有り得ない、馬鹿げた妄想だって。それでも俺はこの妄想から逃れられないのです。


そして俺は今日も暴走する。仮想都市からの脱出を夢見て。TV画面の隅に映るカウント・ダウンも、中央にでかく表示される”客を乗せろ!”という忠告も、俺を止める事は出来ない。そう、この時、俺は正しく『クレイジー』となって走るのだ。西へ、東へ。アクセルを緩める事は決してしない。ブレーキ無用、御意見無用、である。

ケケケケケ!!はしれ!はしれ!はしれ!

全ての約束事も、開発者が作ったルールも、他人が決めたスタイルも関係なく。音よりも、光よりも速く走るのだ。俺は。

覚悟と情熱と妄想、それが、それだけが、既存の閉塞へいそくした世界を壊しうるキーとなるのダ!ダダダ!おお、なんたる無敵感。これは先程空けたウイスキーのボトルのせいか?それとも、先週、医者から貰ってきたブロザックのせいか?解らん。解らんが、もう少しなのは解る。もう少しで抜け出せる。この《偽りの街》から。

何故なら先程から画面中央のメッセージが”ダメだ!そっちへ行くな”とか”引き返せ!”に変化したから。そう、このトンネルの向こうだ。これを抜ければ、ここを突っ切れば、俺は!俺は!俺はッ・・・・!


 

・・・・・はッ!?

気付くと俺はゲームコントローラを、ラッコのように腹の上に乗せ、横になってた。

ゲーム途中で眠り込んじまったらしい。さすがに「俺、一体何やってんだろ?」と、無性に情けなくなり、泣けてきた。

う、疲れ眼に涙が沁みる。

俺はふらふらしながら久し振りにアバートから出た。俺がゲームに没頭している間にも地球は回っているようで、すっかり空は明るくなり、アパート前の通学路は、ランドセル背負ったガキどもで一杯に・・・あれ? 変だな、いつもならこの時間帯は小学生がぞろぞろ歩いてるのに。

まぁ、いい。俺は、そのままとぼとぼと近所のコンビニに向かう。泣いても腹は減るのだ。


10分後、俺は目指したコンビニに到着出来ずにいた。と言うか、アパートのある番地から外へ抜け出る事が出来ないのだ。どの道を行こうと気がつけば同じ場所に戻っている…。ちなみに歩いている間、ただの一人も歩行者を見かけ無かった。午前8時の住宅街であるにも関わらず、だ。


こんな事ってあるか? 俺は足を止め、空を見上げた。そして、そのまま呆然と立ち尽くす。なぜなら、空には『ク○○ジータクシー』のゲーム画面のようにカウントダウンが、でっかく表示されていたから。


・・・つまり、俺はゲームの世界に入り込んじまったのか? それとも脱出を果たし、第2ステージである「ここ」に居るという事なのか? もしくは俺はまだ部屋の中で夢を見てる???


もし仮に、目の前の「これ」がゲームだとすると、ルールは? 終了条件は? カウントがゼロになる前に、俺は何をすればいいんだ??? 


何ひとつ解からなかったが、俺は道路のはしに放置してあったボロボロの自転車に飛び乗り、ペダルに足をかけた。その瞬間、どこからともなく♪yah!yah!yah!が大音量で流れ始めた。

 

-劇終-

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