第5話

 僕はダンジョンを全力疾走する。


 修行で身につけた魔力操作を用いて身体を強化していたので、その速度は砲弾の如しであった。


 眼前に立ち塞がらんとする邪魔な存在は、全て大剣で片っ端からぶった斬ったり、弾き飛ばしていく。


 ゾンビやスケルトンのような姿をした魔物が、目の前に立ち塞がると、僕は大剣の腹を敵に向けてフルスイングを行なったのだった。


 鈍い轟音と共に大半の魔物は、粉々になる。

 時々、武器や防具を装備した魔物の中で僕の一撃をガードするやつもいたが、そのまま吹き飛ばされて壁や柱や床に叩きつけられ、やはり粉々になった。


 アンデッド系は、打撃が弱点らしい。

 やはり武器を持ってきて正解だった。


 リーチのおかげで一方的に攻撃出来るのは強い。


 受け切れない攻撃や予期せず発動してしまった罠は、鎧で防ぎながらそのまま突っ込んでいく。


 誰にも止められない。

 何だかアメフトの選手にでもなった気分だった。ほれ〜、タックルタックル!!


 そして五分もすると下の階層へ続く階段が見えてくる。


 階段の前には、僕と同じくフルプレートの鎧を纏った騎士のような格好の魔物が立っていた。


 その姿は、魔蟲を通してすでに確認済みだ。


 死霊騎士。それも階層守護者と呼ばれる魔物である。


 父の書斎に忍び込んだ時に読んだダンジョンに関する本に載っていたのですでに予習済みだ。


 ダンジョンには、下に続く階段を守るボスのような魔物がいるとその本には書かれていた。


 曰く、道中に蹴散らした雑魚とは一味違うらしい。

 その実力は一級品で、生半可な実力では返り討ちに遭うとか。


 実際強いのだろう。何か禍々しい気配を放っているし。


 さて、どう戦おうか。

 でも、時間をかけるわけにはいかない。


 考えるために立ち止まったら、相手も馬鹿では無いだろうし、好機と見てすぐさま襲いかかってくるだろう。


 どうしよう。判断に迷う。


 ――ええい、面倒くさい。

 とりあえず突っ込もう。


「――グガッ!?」


 僕はそのまま直立している騎士の守護者相手にショルダータックルを決めたのだった。



 ♢♢♢



 死霊騎士は、強敵に飢えていた。


 まだ生まれて間もない存在ではあるが、自身の役目については理解している。


 ダンジョンを守護すること。

 そのためには、侵入者を排除しなければならない。


 敵を屠れば屠るほど、そして敵が強ければ強いほど自身の忠誠心を主・に対して示すことが出来る。


 故に死霊騎士は、敵が自身の目の前に現われるのをひたすら待ち焦がれていた。



 そして、その時は唐突に訪れる。



 死霊騎士は、現れた侵入者を心から歓迎する。


 ――さあ、敵よ。いや、友よ。存分に死合おうではないか。


 ――我が剣は血に飢え、我が魂は戦に飢えている。


 ――我の渇きを癒し、そして一抹の錆となるがいい。


 死霊騎士は敵と対峙出来ることを人知らず歓喜する。

 そして侵入者を屠った暁には、その命を丸ごと主に献上することに決めたのだった。


 けれど、姿を現した侵入者は何か様子がおかしかった。


 外見は小柄なゴーレムだろうか。

 もしくは、自身と同じく甲冑を身に纏っているのかもしれない。


 とにかく、全身を金属で覆った小柄な人型の何かは、全力でこちらに向かって疾駆してくるのだった。


 ――馬鹿な! 何という速さだ!!


 驚愕した死霊騎士は、思わず叫び声を上げようとした。


 ――止まれ、侵入者よ! 我は決闘を所望する!!


 だが、死霊騎士は焦るあまり失念していた。


 アンデッドゆえにその声帯はすでに朽ち果てていて、声など禄に発することなど出来ないということを。

 その口から漏れ出たのは、くぐもった声にならない呻き声だけだった。


 そして、それを知ってか知らずか、侵入者は足を止めない。


 あろうことか速度が直前で、ぐんと上昇する。


 ――くっ、礼儀も知らぬ下郎めがっ!


 ようやく目の前の敵が止まるつもりなど無いことを悟った死霊騎士は、慌てて剣を構え始める。


 死霊騎士は、死してもなお騎士として敵と一対一の決闘を行うことに誇りを持っていた。


 そんな正々堂々とした戦いに並ならぬ執着を持っていた死霊騎士だったが、今回は相手が悪かった。


 直進してくる侵入者は、騎士でもなく戦士でもなく、冒険者ですらない。

 ただ、魔物である自分たちを喰い荒らすためだけに現れた天敵とも呼ぶべきおぞましき存在だったのだから。


 故に決闘など行えるはずもなく。


「――グガッ!?」


 死霊騎士は、もろに敵のタックルを受けて、きりもみ回転しながら激しく吹き飛んだのだった。


 そして、そのまま勢いよく石壁へと叩き付けられる。


 アンデッドに痛覚はない。けれど、打撃は有効だ。


 ふらつきながらも立ち上がろうとする死霊騎士。だが、侵入者は、それを許すほど甘い存在ではない。


 目の前に立つ侵入者は、止めを刺そうと無言で剣をゆっくりと振り上げる。


 ――ま、待て……! 止めてくれ!! こんな最期はあんまりだ!!


 死霊騎士は抗議の声を上げようとする。


 けれども、無情にも死霊騎士の頭上に、勢いよく剣が振り下ろされたのだった。



 ♢♢♢



 ……ふう、よし。

 どうやら死霊騎士は、呆気なく倒すことが出来たようだ。


 僕は大剣を倒れている死霊騎士からゆっくりと引き抜いた。


 実は、死霊騎士が僕のタックルで吹き飛んだ後、壁に叩きつけられても砕けずに立ち上がろうとしてきたので、追い討ちとして剣を何度か叩き込んだのだった。


 結構しぶとかった。

 やはり、魔物のボスだけあって生命力は強いなあ。


 攻撃を加えた甲冑はひしゃげて見る影もない。

 中には、ゾンビらしき魔物が入っていた。


 思わず、目を逸らす。

 酷い有り様なので、中身はあまり見ないようにしよう。


 そういえば、死霊騎士が何か言いたそうにしていたように見えたけれど、まあ気のせいだったのだろう。


 仮に知能があって何か言うつもりだったとしても、アンデッドなのでちゃんと言葉を話せるのかどうか甚だ疑問だし。


 まあいいや。もう倒しちゃったし。それに復讐相手に情けをかけるダークヒーローなんてダークヒーローでは無い。


 次行こう、次。


 僕は、魔蟲に命令を出して周囲を索敵する。


「……よし。大丈夫かな」


 良かった。確認した結果、魔物は近くにはいないみたいだ。まあ、道中の魔物はあらかた大剣でかっ飛ばしたし、気配を完全に絶って隠れでもしてない限り近くにはいないだろう。


 なので、僕は少し休憩することにした。


 ダンジョンの入り口の階段からここまで走りっぱなしだったので、流石に疲労が溜まっている。

 魔力で身体強化をしているとはいえ、まだ六歳だし、それに体力にも限度というものがある。


 なので次の階層に備えて、体力を回復しておかなければならない。


 僕は背負ってきたリュックから、事前に錬金魔法で大量生産したポーションを取り出して、一気に飲み干した。


 とても癖になる味だった。

 何瓶でもいけそうなほど飲みやすい。

 何となくスポーツドリンクとかに近いだろうか。


 まあ、そういうふうに僕が魔法で作ったからなんだけど。


 ちなみに今飲んだポーションは体力回復ポーションだ。

 傷と疲労を治してくれる便利な水薬である。


 ポーションは一般にも普通に販売されていた。主に薬局とかで、だけど。


 それと一応、魔力回復ポーションも手元にあるには有るのだが、まだ量産化の目処が立っていないので一瓶しか持ってきていない。


 なので、使うのはここぞという時である。まだ使う予定はないけれど。


 もっと研究を進めて、早く量産化したいものだ。


 余談だが、ポーションを作るときは、ついでに毒も一緒に作成することにしている。

 これは半ば実験も兼ねているのだが、実は毒耐性を身につける修行も行っていた。


 少量ずつ摂取しているので、今ところ体には、特に問題は起きていない。


 むしろ、近頃毒に強くなってきたと思う。

 拾い食いしても全然お腹を壊さなくなったし。


 それに何より自分の体で実験した方がダークヒーロー感があるので、このまま続けていきたい。


 でも、最近耐性のせいでポーションの効き目が弱くなってきていたようにも感じるので、帰ったらもっと強力ポーションを作ることにしようと思う。


 今後の計画を新しく立てたところで、僕は束の間の休憩を終える。


 さて、いよいよ次の階層に足を進めるとしよう。


 二階層目は、どんな感じになっているのかな。とても楽しみだ。


 僕は、期待に胸を躍らせながら、軽い足取りで階段を降りるのだった。

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