魔物に全てを奪われた復讐者……というキャラ設定でダンジョンを片っ端から潰してみた結果
雨菜水
第1話
ダークヒーローになりたかった。
僕がそう思い始めたきっかけは、まだ小学生だった頃、偶然テレビで放送されていた映画を見た時だ。
ストーリーは未だによく覚えている。
家族を悪役に殺され、それが原因で復讐の鬼となった主人公が次々と敵を倒していく暗めの雰囲気ながらも痛快なアクション映画だ。
作中において主人公は、非常に厳格な性格の人間として描かれていた。
悪役とその手下にしか興味を示さず、ただひたすら憎悪に身を焦がしながら黙々と銃の引き金を引き続ける。
たとえ敵が命乞いしようと、人質を取ろうと一切の躊躇を見せず、冷静に、そして冷酷に判断して憎き相手に狙いを定めていく。
作中では主人公の彼にとって復讐以外のことなど全て眼中に無く、いかにして無駄なく敵を倒せるかしか考えていないという徹底振りだった。
結果的に、主人公の復讐によって世の中は平和になり、彼は人々からヒーローとして認められる。
けれど、彼自身が本当に果たしたのは決して世直しの類ではない。
ただ復讐を遂げたかった。
それだけが彼の全てだった。
ゆえに彼自身ヒーローとして語り継がれることを望んだわけではない。
けれど、人々にとって悪を滅びした彼という存在は紛れもなくヒーローだったのだ。
そんなストイックな在り方に僕は魅了されてしまった。
そしてそれ以来もしもヒーローになれるなら、正義のヒーローではなくダークヒーローになりたいと思うようになったのだった。
たとえ小学校の同学年のクラスの友達が、戦隊ものや仮面怪人、アンパンの妖精のヒーローに憧れて、その魅力を語ってきたとしてもこの心は微動だにせず、むしろ想いは増していくばかり。
中学校に入っても、そして月日が経ち高校生になってもその想いが変わることは決して無かった。
その想いの強さのほどは、一例を挙げるとするならば、進路希望に『ダークヒーロー』と衝動的に書いて担任の先生から即呼び出しを食らってしまうくらいである。
そういえば、高校の友達からは筋金入りだなと呆れられたこともあっただろうか。
その後、担任の先生に諭されて渋々大学に進学するが、就活生となっても、ダークヒーローになれる就職先を探してひたすら面接を受け続けたのだった。
最終的に内定を百社くらいもらって、周囲から『就活の現人神』と呼ばれて拝まれたりもした。
で、結局ダークヒーローになれる会社はどこにも無かったので、仕方なく安定を優先して公務員となったが、やはり僕はダークヒーローになりたくて仕方がなかった。
憧れは止まらない。
――どうしてもなりたい、ダークヒーローに。
抱く夢はどんどん膨らんでいく。
実はというと、ダークヒーローになるため、僕は人知れず修行を行なっていたのだった。
ダークヒーローになるために勉強を行い、
ダークヒーローになるために格闘技を習い、
ダークヒーローになるために肉体改造を施す。
心技体全てを一つにしなければ、ダークヒーローにはなれない。
日々の努力と研鑽の果てにダークヒーローへの道が開けるのだと心の底から信じていた。
修行は小学生から毎日休まず続けているので、社会人となった今ではその全てが高水準に達しているだろうという認識がある。
それ故に、僕ならば完璧なダークヒーローとなれるという確固たる自信、そして並ならぬ自負があった。
けれど、ダークヒーローになるにあたり一つ重大な問題があったのだ。
そう、エピソードである。
ダークヒーロー達には全て、ダークヒーローになるべくしてなったエピソードが存在しているのだ。
たとえば、家族を悪役に殺されたとか。
あるいは、不遇の事故に遭ったとか。
またあるいは、不景気で職を失ったとか。
とにかく作品によって様々な理由が挙げられるが、共通していることが一つ。
誰もが心の底から同情出来るような不幸なエピソードを有しているということ。
対して、僕はというとそんな不幸なエピソードなど皆無である。
正直、何不自由なく育ち、幸せな毎日を送っていると言っても過言では無いくらい何も無い。
そう、本当に不幸なことは何も無かったのだ。
別に不幸になりたいわけではない。
ただきっかけが欲しかっただけで。
けれど、そんなものは生まれてから一度も経験したことがなかった。
幸せ者であるが故に、僕ではダークヒーローになれない。
そのことに気づいた瞬間、僕は絶望のあまり失神し、二週間の入院を余儀無くされた。
そして、その入院途中に僕は足を滑らせて階段から転落する。
どうやら打ち所が悪かったらしく、辞世の句「おっと危な……おべぇいッ!!」と共に呆気ない最期を迎えたのだった。
これが僕が持つ前世の記憶である。
二十数年生きて、結局僕はダークヒーローになることが出来なかった。
何事も悔いなく生きてきたので、結局それだけが唯一の心残りである。
だから、誓うことにした。
前世が駄目なら、来世でも。
――僕がもしも生まれ変わったなら、憧れのダークヒーローになろう、と。
僕はそう決意して、来世に期待を寄せたのだった。
そして、結果的に言って、僕は見事生まれ変わりを果たしたらしい。
階段から落ちて、その後意識を取り戻したらなぜか僕は赤ん坊の姿をしていたのだから。
それに気がついた時は、驚きともに喜びの感情が溢れてきて止まらなかった。
よし! 今度こそなるぞ、憧れのダークヒーローに!!
そう意気込み、僕は赤ん坊の時からダークヒーローになる準備を始めたのだった。
まずは情報収集だ。
周囲に対して聞き耳を立てて、この世界を知らねばならない。
そして数日ばかり聞き耳を立てた結果、結論から言ってこの世界は最高だった。
何しろ前世とは違い、魔法が存在していて魔物だっているらしいのだから。
一つ断っておくと、僕が生まれ変わったのは別に中世的なファンタジー世界ではない。
科学と魔法が混ざり合った現代的異世界である。
スマホやテレビもある。
けれど、ダンジョンがあって獣人や冒険者と呼ばれる人達もいる。
そんな現代ファンタジーな世界だった。
素晴らしい。いかにもダークヒーローが映えそうな世界である。
それを知ってより一層、熱意が高まった。
すでに始めていた修行のメニューも得た知見を参考にして変更する。
と言っても、まだ赤ん坊なので大したことは出来ない。
せいぜい魔力の扱いに慣れる練習を追加するくらいだろうか。
下手なことをすると、女中の美子さんに勘付かれててしまう恐れがあるからだ。
言い忘れていたが、僕が生まれた家――樫宮家はとても裕福な家庭だった。
何を隠そう、僕の父は石川県の地方都市を治めている大貴族である。
なぜか現代日本なのに、貴族制度があった。
歴史が気になるところだ。
まあ、それはさておき僕はつまりお金持ちのお坊ちゃんというわけになる。
三男なので、家を継ぐこともない。
なんて引の強さだろうか。
お金には困らず、地位も高いから融通もそこそこ効く。おまけに跡継ぎとして拘束されることもない。
今の僕の立場はまさに、安心してダークヒーローになれと言っているようなものであった。
なので、この幸運に感謝して僕はダークヒーローになるための準備を着々と進めていく。
当分は、魔法を覚えることを目標として頑張っていこうと思う。
そのためには何よりも、
「さあ春尋お坊ちゃま、しっかり残さずご飯を食べるんですよ〜」
ばぶっ!
健やかな良い子に育つことが重要だった。
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