容疑者はストーカー。息子は人形~この世は奇々怪々~

猫崎ルナ

どこにもなくて、どこにでもある話



「もう一度、詳しくお話を聞かせていただけますか?」

そう私に問いかけてきたこの人は、もう何度私に同じ問いをしてきたかわかりません、今までの数日間ずっと私は散々話しをしてきたというのに。


「ちゃんと一から思い出してください」

まるで私が老人かのような問いをしてくるこの人が私はとても嫌いだ。まだ私は30歳なのに、ボケ老人かのような扱いをしてくる。


「辛いのはわかりますが、自分の殻にこもっていても何もなりませんよ?」

私が専業主婦な上に月に4、5回しか家から出ないことがそんなに悪いのか?この人になんの迷惑をかけたというのか。


「そういうことではありませんよ、ただ私達は思い出して欲しいだけです」

一体何を思い出して欲しいのか、私にはさっぱりわからない。聞かれたことには嘘偽りなく答えたのに。


「あの、どこに行くつもりですか?」

いや、言いましたよね?私は専業主婦なんですよ。家に子供も夫もいるんです、ご飯とかどうするんです?帰らせてください。


「いえ…、旦那さんは今日外食をするらしいので大丈夫らしいですよ」

あぁ、出費が増える…。お母さんにまたなんて言われることか…。夫は一人じゃないにもできないと言うのに。


「では、もう一度初めから読みますね?最後まで聞いた後におかしい点があれば指摘してください」

もう何度目になるかわからない説明を私はまた聞くことになる。そして私はこう言うのだ。


「そんな事実はありません。私が話したことだけが事実です」

と。








私がなぜこんな取り調べをされているかというと、ストーカーが付き纏っていると

夫が警察に連絡をしたことが発端だった。



昔から私の夫は格好いいと評判で、小学生の頃から結婚した今に至るまでずっと告白されることが絶えない人だ。

私と夫は幼稚園から大学までずっと同じで、家も隣同士の幼馴染なのだ。


思春期になると夫への告白は加速化し、それと同時に幼馴染の私は妬まれ酷いいじめを受けた。学年が違う私がいじめられるのは、夫のことがあるので仕方がないと早々に反抗する事を諦めた。


夫はそれに気づいていつも私を助けてくれたし、解決に向けて色々と行動してくれた。だけど、照れ屋な夫はいつも私と目があってもすぐに居なくなるからちょっと寂しかった。まぁ、そこも可愛いんだけどね。


高校生になると夫から告白をされて付き合うことになり、大学卒業と共に結婚することになった。今でも覚えてる「俺の家のゴミを一緒に出してくれるのはありがたい」だってさ。

夫がいつも玄関前に置いてあるゴミ袋を嫌そうな顔をして持っていく姿を私は見てたから、一緒に持って行ってあげてたのだ。


両親共にとても喜んでくれたし、今は亡き祖母も『いつもありがとうね』と祝辞をくれた。


結婚して私は専業主婦になり、夫は就職をした。初めは別々の家に住んでたんだけど、お互い初めての経験だから親のサポートは必要だもんね。我慢して昼間一人で夫の家の家事をする祖母の手伝いをして過ごしたわ!


それまでとは打って変わってお互いに会う時間が少なくなった。でも、夫が私の作ったご飯を食べてくれて、私が干した洗濯物を着て寝てくれる事が何よりも嬉しかった。


数年たち、子宝にも恵まれたがあれだけ結婚を喜んでくれた祖母が生まれる直前に亡くなってしまった。子供が出来ましたと伝えた時にびっくりしすぎちゃったのかな?なんか言ってたけど、多分喜んでくれてたんだと思う。だって祖母の瞳がキラキラと潤んでたもの。


とても悲しかったけれどこれからは私が一人で夫を支えないといけないと思い、気持ちを切り替えることにした。残ってる除草剤は夫の家の庭にまいておこうかな?草むしりは苦手なんだよね私。


子供が産まれてからは大変の一言しかなかった。今思い出そうとしてもあまり覚えていない。夫も7時に家を出ると22時ごろまで帰ってこないし。


以前は家事が完璧だった私だけれど、子供がいるとどうしても質が落ちちゃうのは仕方がないことだよね?毎日してると変に思われちゃうかもしれないし。育児ちゃんとしてんのかーってね。


部屋が以前の倍汚くなり、部屋にある物も倍増えた。一回にする洗濯物も増えたし、子供が起きないようにコソコソと電気もつけづに生活することも多くなった。ご近所さんとかが『子供がいるのにこんな夜中まで電気つけてー』って夫に文句言ったら困るしね。


お風呂に入る回数も減ったし、時には水風呂に入ることだってあった。夫が入った後に入るのが妻の勤め、だけど安眠してる夫を起こしちゃダメだから我慢するのよ、夫が朝風呂して会社に行ってくれる日が一番嬉しいわ。


前と違って挨拶とか出来なくなったけど、仕方ないよね…寂しいけど生活リズムが違うんだもの。

…仕方がないよね?だって私には夫との赤ちゃんがいるんだもん。


あれ?私っていつから夫と会話してないのだろう?祖母がなくなる前の別居してた頃は朝の挨拶とか行ってらっしゃいとか行って見送ってたけど…あれれ?育児疲れかな?


もしかしたら誰か他に好きな人ができたのかもしれない。不倫なんて許さないけどな、私は。でも、私が最終的に一番って理解してくれるのなら多分許しちゃう。ほんと私って夫には弱いな…。



ある日夫が警察を連れて家へと帰ってきた。家の中に不審者がいるらしい…。

専業主婦の私ですら気づかなかったのに、夫は昔からなんでもできるしわかるしすごいな…。でも、そんな人いるかなぁ?


警察が私に事情を聞きたいと言い、嫌だったが夫が私に『早く行け』と言ったので渋々だけれど行くことになった。ええ?私全然知らないんだけどな?いつも家出してることとかの時間の確認とかかなぁ?家を開けることないんだけど…。


五日ぶりに聞いた夫の声は疲労からかひどくやつれていたので、早く帰っていつものようにご飯を作ってあげなければ。私がいなきゃ夫は何一つ家のことができないんだからさっ。連れて行けないから子供のことは刑事さんに言って夫のところへ連れて行ってもらおう。



早く事情聴取?終わらせて家に帰らなきゃ!だってそれが愛する夫への妻の勤めですから。











<えー、世間を驚愕させたストーカー事件ですが新しい情報が入ってきました!>

テレビをつけるとニュースがやっていた。ここ最近世間を騒がせているストーカー事件についてだ。


「最近このニュースばっかりだなー、しかしこんなことが本当にあるんだなぁ」

俺は母親の作ってくれていた作り置きを冷蔵庫から取り出しつつ妻に話しかける。


<被害にあった男性は××県在住の独身男性で、二年間も知らない容疑者の女性が家に入り込んでいたもよう>


「本当怖いわよねー?しかも、毎日毎日晩御飯を母親のふりして置いてたらしいのよ」


共働きの俺たちの冷蔵庫には俺たちの母親が作りおきを週二、三日に一度入れて置いてくれる。その中から肉じゃがとほうれん草の煮浸しを選び、机に並べながら嫌な顔をしつつ返事をする。


<なお、容疑者の女性は隣の家の住民であり、被害者の男性の妻だと思い込み反抗に及んだと言われています>


「ええっ!?それ男の方も気づかなかったのかよ!?そんなもん何が入ってるかわかんねえじゃん、コエェよ!」


妻が箸とコップを並べながら苦笑いを浮かべる。


<容疑者の女性は、毎日被害者の男性が家に帰ってくる時間までは家事をし作り置きの料理までしていたもようです>


「私たちもこうやって作り置きしてもらってるけど、もう三年になるから会った時じゃないとお礼言わないじゃない?本当は入れてもらったタイミングで言うのがいいだろうけどさー…お互い気を遣っちゃうじゃん?」


妻は筆まめじゃない方なので昔と違い連絡手段は多いのだが、なかなかこまめに何か連絡をすることを後回しにする癖がある。


<被害者の男性は二年前まで祖母がそう言ったことをしてくれていたので、亡くなった後は両親のどちらかが代わりにしてくれていたと思っていたそうです>


「ま、そう言われればそうだな!オカンも『作りたくて作ってるからお礼なんていちいち言わなくていいわ』ってお礼言われるの嫌な顔するしな!」


そう言って笑う俺の顔を見ながら妻も笑う。


<この度被害者男性の兄弟からのラインにて母親と兄弟が他県へと引っ越したことを知らされ、その時に今までのお礼を言った所『そんなことはしていない』と言われて発覚したそうです>


「そうそう、お母さんったら本当に照れ屋なんだから…」


俺の母親にも良くしてくれる妻、共働きで忙しい俺たちをサポートしてくれる母親達。そんな人たちがいてくれて本当に俺は幸せ者だな。


<被害者男性はその後警察を連れて自宅へと帰ったところ、何度か挨拶をしたことがあるだけの知らない女性が家の中から出てきたので、警察がその場で連行したと言うことです>


「あ、そういえば叔母さんのことでオカンが電話じゃなくて会って話したいって言ってたんだけど次の休みっていつ?予定合わせたいから何日かカレンダーに書いて置いてくんない?」


4月に入ったばかりで何も記入がされていないカレンダーを見つつ、口の中に肉じゃがをかきこむ。


<容疑者の女性はその際、被害者男性によく似た人形を警察に渡し『警察署に子供は連れて行けないから夫に頼んでおいてくれる?』などと言っていたもようです>


「はいはい、わかったよー。お母さんに会うのも久しぶりね!何持って行こうかな?いつもみたいに喜んでくれたらいいけど」


食べ終わった食器を流しへと持っていきながらはにかむ妻の横顔を見て、また幸せを感じる。


<また、どうしてそのような犯行に及んだのか分かり次第お伝えいたします。>





「ねぇ、そういえば最近夜中に何か音が聞こえるような気がするんだよね」








終わり


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