夏が始まる前の学校、放課後の先輩とイチャつく話【掌編小説】

野良ねこ

その言葉を求める意味。

「それじゃあみんな気を付けて帰ってね~」


先生の言葉が発された後、教室は熱を持ち始めた。


「じゃーねー」「部活行くか」「帰りにアイス買おうよ」


生徒たちは各々が自分の役割をこなすかのようにゆっくりと教室から出ていく、授業からの解放に浮足立つもの、疲れからゾンビのように机に張り付くもの、普段通りの行動を開始するもの、反応は様々だ。


「俺も行くか」


そう言って俺は机にかけてあった鞄を片手に立ち上がった、数人の友人に軽く挨拶を返しながら教室を後にする。


二年の教室は二階にあり帰るのであれば下に降りるところだが俺は下りではなく昇りの階段に足をかけた、視界の先には窓がありそこから差し込む日の光がまぶしい、いつも思うがこの窓は危ないからカーテンを付けるなりするべきだと思う。


「失礼しまーす」


「お、青山くんだ。おーい蜜莉、旦那が迎えに来たよ~」


階段を上ってすぐにある3年1組の教室に近づくとちょうど出てきた顔見知りの先輩が俺に気付き、すぐさま教室をむいて声をかけた。


「動かないや、もうHR終わってるから入って大丈夫だよ。じゃーねー」


そう声をかけると軽い足取りで手をひらひらさせながら先輩は階段へ向いて歩いて行った。その背にお礼の言葉を返すと教室のドアへと向かった、慣れているとはいえ上級生の教室を開けるときは一瞬不安になるが、どうせ待ったところで出てこないことが分かっているので諦めて挨拶をしながら中へ入る。


「先輩、先輩、部活行きますよ、おーい」


「すやー…にゃごにゃご…」


一番奥の窓際まで行って声をかけた、夏が始まったばかりで窓際は一段と温かくなっており、その陽気からか蜜莉先輩は猫のような寝息を立てて眠っている。


「せんぱーい、先輩!起きてくださーい!」


「ん、ああ…後輩君か…今は何年何月何日だ…」


「2020年7月20日ですよーついでに言うともう放課後なので部室に行きますよ、今日は夏休みの計画を建てますからね、ほら立った立った」


目覚めを確認した俺は机の上に置かれた先輩の小さな鞄を肩にかけた、鞄を置いておこうものなら「こんな重たいものを持って動けるわけないじゃないか!」とまたひと悶着起きること間違いない、あれやこれや理由を付けて何度部活の時間が無くなったことか。


「立つから手を貸したまえ、ほーら」


そういって先輩は寝ていた机から体を起こし片手をこちらへと向けてきた、正直恥ずかしいがこのまま問答を繰り返して教室で辱められるよりましなので手を取った。


陽気の中で寝ていたとは思えないほど手は冷たく、細長く綺麗で美しい指と切り揃えられた爪を持つ手を取り彼女の驚くほどに軽い体を壊さないようにそっと起こした。


「ありがとう後輩くん、それじゃあ行こうじゃないか」


満足したのか先輩はすぐに手を放し自分を置いて教室の出口へと歩き出した、一瞬見惚れていたが慌ててその背中を追いかける。教室からは羨望や苦笑、あらゆる感情が残った生徒から向けられるが殆どはねぎらいの視線だった。


教室を出ると前を歩いている先輩の隣に立って階段を下りた先輩は軽快な足取りで降りておりさっきまで寝ていたのが嘘のようだ、1階まで降りると玄関口とは逆にある我らが部室へと辿り着いた。


「さあ、今日も楽しく部活をしようじゃないか、一柑くんも速く椅子に座るといい」


部室のカギを開けて中に入った先輩に続いて入ると人懐っこい丸い眼でこちらを見て言った。


「先輩、そんなこと言ってますが今日は何をするか分かってるんです?」


「一柑くん、一柑、それより大事なことがあるんじゃないかい?」


「部活動で一番大事なことは活動することですよ!」


「いーちーかーくーん、いーちーかー」


そう言ってジト目でこちらの名前を呼ぶ先輩にどう返したらいいか迷っていたが、すぐに気づいた。


「あー、えーと、それじゃあ部活始めましょう―――蜜莉さん」


「んむ、それじゃあ今日の部活を始めようじゃないか!夏休みの活動計画!」


「何するか覚えてるじゃないですか!」


一瞬にして顔をほころばせた先輩から目線をそらし、今年の夏こそ告白しようと決意したのだった。

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夏が始まる前の学校、放課後の先輩とイチャつく話【掌編小説】 野良ねこ @Noranekonyan1129

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