第10話 チーム決め

「ふぁ~あ。ねむ」

「どーせ今日もちゃんと寝てないでしょ。昨日の夜中おにいちゃんの部屋から色々作業する音が聞こえてきたよ」

「まあ、な。アニメの2期の調整とかしてたら寝るのが3時過ぎてたわ」

「もう……仕事するのはいいけど、体調管理もしっかりしてよ」

「あいよ」


月曜日。リビングで陽菜とそんな会話を繰り広げる。


「それでさ、おにいちゃん」

「ん?」

「最近仲良くしてる女の子、誰?」

「んぐっ!ゲホッゲホッゲホッ…………」


口に含んだ珈琲を吹き出しそうになり、一気に飲み込んだら気道に入ってしまった。


「急に何を言い出すかと思ったら……」

「それで、誰なの?」


まるで浮気した彼氏を問い詰めるように、というかまんまその口調と表情で聞いてくる。

ちなみに勿論だが俺らは付き合っているわけではない。

確かに世の中には実妹系のラブコメがないことはないが、俺も陽菜もそういう性癖は持ち合わせていない。


「……後輩だよ。ほら、先週の火曜日に傘貸した相手がいるだろ?」

「いたけど……それだけであんなに仲良くなれるもん?」

「……バレたんだよ。小説書いてることが」

「なるほどねぇ……私としてはおにいちゃんが弱み握ってるのかと思ったけど……逆だったかぁ……」

「俺をなんだと思ってるんだ……」


弱みを握ったからって仲良くさせるわけないだろう。


「ん、そろそろ行く時間だ。また学校でね〜」

「あいよ。またな」


出かける陽菜を見送りながら、俺は制服に手を通す。

そして昨日のうち(まあほとんど今日だが)に準備しておいた鞄を持って出かけた。

その直前で、キッチンに弁当が置いてあることに気付く。

俺は先ほど入れたため、陽菜のだろう。

学校着いたら渡してやるか。


玄関のドアを開く直前に、玄関に置いてある小学校の頃の俺と父さんの写真を一瞥する。

イギリスの観光地、ソールズベリー大聖堂の前で撮ったものだ。

この時、父さんが熱心に解説してくれていたが、小2の俺に理解できるはずもなく、ただぼーっと眺めていただけだったことを未だに覚えている。


そんな懐かしい思い出を噛みしめながら、外へ出る。

父さんとの思い出は、この時で終わってしまったから。



いつものように通学路を歩き、校門を抜ける。

普段より少しだけ早く家を出たからか、人がまばらだ。


教室に入り、自分の席につく。

俺の席は窓際だから、グラウンドの様子がよく見える。

散り始めている桃色の桜の木には青々とした葉が生え始め、なんとも言えない美しさを醸し出している。


俺は、昔から葉桜が好きだ。

もちろん満開の桜も綺麗だとは思うが、この葉桜の桃色と新緑のコントラストが好みなのだ。

それに、母さんはよく俺と陽菜を連れて葉桜を見に行っていた。

そんな風に懐かしんでいると、蒼汰が話しかけてきた。


「ん、真人、何見てるんだ?」

「桜だよ。葉桜」

「そういえばお前って葉桜が好きなんだっけ」

「そうだな。花の中なら一番好きかも」

「言うほどお前花見てないだろ」

「ごもっともだ」


そこまで話したところでチャイムが鳴った。

蒼汰が「じゃあな」と言って自分の席に戻ったときにちょうど先生が入ってきた。


「全員揃ってるみたいね~。それじゃ、始めましょうか」


そう言って号令をした後、諸連絡を伝えられる。

そして、最後に、


「あ、そうだ。今日のLHRは来月の球技大会の事決めるわね~。それじゃ、また授業で~」


と言って教室を出ていった。

球技大会は五月二週にあるのだが、練習を早くから始めるためか四月のこの時期からチーム決めなどをするのだ。

恐らく今年はバレーをすることになるだろう。

まあ正直俺は種目が何になっても変わらない。だって大抵何になっても上手く立ち回れないし。


一限目の歴史総合の準備をしてぼーっとしていると、蒼汰が再び俺の近くへ寄ってきた。


「球技大会か~。俺はバスケがよかったけどな。でも二年はバレーって決まってるし、しゃーないか」


蒼汰はこう見えてバスケ部だ。

背が高い上に素早く動くため得点王なのだとか。


「お前は運動できるからいいだろ。俺みたいな運動音痴には憂鬱なイベントでしかない」

「真人は運動音痴というよりかはスポーツ音痴じゃないか?去年のスポーツテストの判定言ってみろ」

「A、だった気がする」

「今年のハンドボール投げの記録は?」

「30mちょっととか」

「やっぱお前運動は出来るんだよ。それでなんでスポーツが出来ないのかが理解出来ないけど」


自慢じゃないがスポーツテストの結果だけは毎年良かった。

ロンドンに居た頃に父さんから柔道とテニスを叩き込まれたからだろうが。


「ま、今年も一緒のチームになるといいな」

「だな、俺の尻拭いをしてくれるし」

「え、理由それだけ?まあ実際体育の時とかお前が突っ込んで行く時のカバーはしたけどさ……」

「ははっ、冗談だよ、冗談。いつも助かってる。今年もよろしくな」

「ああ、よろしく」

「ん、そろそろ時間だぞ。戻った方がいいんじゃね?」

「ほんとだ。じゃあな~。あ、あと今日昼飯一緒に食おうぜ」

「いいぞ。んじゃ後で」



四限目。

授業はコミュ英なのだが……

眠い。眠すぎる。

正直俺は英語はかなり得意な部類……というかなんなら授業を受けなくても日常会話は出来る。

だから、先生の言っていることが知っていることのオンパレードで先生の声が睡眠導入剤になってくる。

時計をチラッと見ると残り20分。

マジでなげぇ……

眠気と格闘していると、ポケットに入っているスマホが鳴った。


ソウタ「眠いから寝るわ。おやすみ~」


おい。寝んなバカ。

横目で蒼汰の方を見ると、完全に伏せている……

……あ、あいつ寝てねぇ。

腕が若干動いている。


真人「伏せてねぇでちゃんと先生の話聞けや」

ソウタ「真人も人の事言えねぇだろ……」

真人「俺は得意だからいいんだよ。お前は英語苦手だろ?」

ソウタ「ぐっ、なんも言い返せねぇ……」

真人「真面目に受けろよ。もし今日の授業でわからんとこがあっても俺は絶対に教えないからな」

ソウタ「!!!ちゃんと受ける!!!!」


はぁ、とため息をついてからスマホをこっそり仕舞う。

蒼汰のほうを見るとさっきまでのやる気の感じられない伏せ姿はどこへやら、真剣な様子で授業に臨んでいた。

まあ、俺もああ言った以上真面目に受けないとな。

……眠気は消えないが。



なんとか眠気に耐えた後、俺は鞄の中から弁当を取り出す。

ついでに陽菜の分も一緒に手に取り、俺の分を机に置いてから陽菜の席へ向かった。


陽菜の席では、何人かの女子が集まってスマホ片手に喋っていた。


「陽菜。弁当忘れてたって、おばさんが」

「あれ、忘れちゃってたか。ありがと、真人」

「感謝ならおばさんに言ってやれ。俺は届けただけだ」

「そういえば、青葉さんと水無月くんって幼馴染なんだっけ?」

「うん、そうだよ」

「もしかして……婚約とかしてたり?」

「あり得る!この2人熟年夫婦みたいだし!!」

「ないない。正直俺はこいつと同じ部屋で暮らせって言われても死ぬまで欲情しない自信がある」

「えぇ~。つまんないの~」

「すまんな、つまらん奴で」


俺はそう言って離れる。

俺が離れた後も元気におしゃべりしている。

やっぱり陽キャ女子は俺には眩しすぎる……

そして、自分の席に戻ると、蒼汰が俺の椅子に座ってジト目を向けてきていた。

隣にはどっかから借りてきたであろう椅子に座りながら苦笑いをしている冬馬もいた。


「…………邪魔なんだけど」

「…………」

「なんか言えよ」

「いやぁ……学校のマドンナと幼馴染とか良いよな、真人クン?」

「……幼馴染がべた惚れしてきたり、ツンデレだったりするのはフィクションだぞ」

「お前夢ねぇなぁ!!それでも陰キャか!!!」

「陰キャだよ!!!」

「あ、冬馬も誘っといたぜ」

「いや温度差。まあ2人だけだと寂しかったし嬉しいけども」


そんなしょうもない会話を繰り広げながら食べる準備をする。

俺の弁当は夜のうちに準備しておいた生姜焼きと今朝ちゃちゃっと焼いた玉子焼き、申し訳程度のほうれん草の煮浸しだ。

一方蒼汰の弁当は彩り鮮やかで、食品サンプルとしてどこかの店の前に飾られていてもおかしくないものだった。


「母さん、いっつも張り切りすぎだっつーの……」

「おばさんって料理するのめっちゃ好きだよね」

「そうみたいだな。料理人になりたかったらしいぜ」

「なるほど。それなら納得だね」


ちなみに冬馬は購買のパンらしい。

冬馬は一人暮らしで自炊しているらしいが、今日は寝坊して作れなかったとのこと。


三人で話しながら食べているとあっという間に昼休みの終わりの時間が近づいてきた。


「ふぅ、食った食った。やっぱ一人で食うよりは複数人で食べたほうがいいな。そっちのほうがおいしく感じる」

「わかる。家でも妹がいるからそれは本当に痛感するな」

「え、お前妹いんの?初耳なんだけど」

「あれ、言ってなかったっけ?一応妹居るぞ」

「へぇ~。それは知らんかった。写真とかある?」

「ん-、ねぇな。俺も妹も基本的に自撮りより風景とる方が多いから」

「えぇ~、見たかったなぁ……ぜってぇお前に似て可愛いだろうに」

「俺に似てっていうのはよくわからんがまあかわいいぞ」

「それは尚更残念だな……ん?そういえば冬馬は知ってたのか?さっき聞いても驚いてなかったけど」

「うん、知ってたよ。まあ、僕は偶然二人でいるところに出くわしちゃったからだけど」

「そうだったのか、俺だけ仲間外れにされたのかと思ったぜ。ちなみに、可愛かったか?」

「可愛かったよ。まあ流石真人の妹、ってところだったかな」


褒められているのは勿論俺ではないのだが、嬉しい。

やっぱり家族が褒められるっていうのはいいもんだな。


昼休みが終わり、五限目の保健をどうにか眠気に対抗しながら受けた。

正直マジで寝そうだった。なんなら最後5分ぐらいの記憶がないが、ギリギリセーフだろう。

六限目はLHRで、朝の宣言通り球技大会のチーム決めなど諸々のことを決めるらしい。

ちなみに係決めは既に終わっており、俺は図書委員になった。


「───はい、じゃあ大体の説明は終わったから、あとは総務委員よろしく~」


大まかなルールの確認をすると、先生は総務委員に全てを丸投げする。

本当に適当な性格してんな……


総務委員の男女2人が前へ出てくる。

そして、男子の方───佐野さの博也ひろやが口を開く。


「男女で分かれて適当にチーム決めしといてくださーい」


佐野は誰にでも話しかけられる陽キャタイプで、人当たりもいいので周りから好かれやすい。

噂話を聞いているだけではあるが、何故か告白はされないとか…………

まあ、そんな話はどうでもよく、俺は前で集まっている男子の元へ向かった。


「さーて、どう決めようか」

「ウェブのルーレットとかでいんじゃね?」

「あー確かに。そうするか」

「その前にキャプテン決めたほうがいいんじゃ?」

「それもそうだな。キャプテンやりたい人~」


2人手を上げる。

話を聞く限りバレー部のようだ。

佐野が2人の名前をホワイトボードに書く。


「あと一人ぐらい欲しいけど、誰か居る?いないならルーレットとかで決めちゃうけど」


誰も手を上げない。


「居なさそうならルーレットで決めちまうな。」


佐野はそう言うとスマホを取り出し、慣れた手つきで操作していく。

あっという間に入力が終わったようで、ルーレットを回した。


「ん-っと……2番だな。2番は確か、蒼汰だったな?」

「うぇ、俺かよ……まあ、いいけどな」

「んじゃ、チーム決めてくか。ちなみに、この2人は絶対組んだ方がいい、っていうペア居るか?」

「それなら蒼汰と水無月は組んだ方がいいぞ」


ある一人(確か柴山しばやまだったか……)がそう言う。

彼は去年も同じクラスだったから、体育での動きを見てくれていたようだ。


「ならそうするか。蒼汰、水無月、それでいいか?」

「いいぞ」「俺も大丈夫だ」

「それじゃ残り決めてくぞー」


というような調子で、佐野主体でチーム決めが素早く終わった。

女子のほうも既に決まっていたようで、席に着いて談笑している。

男子たちが解散し、席に戻ったところで、チャイムが鳴った。


今日は六限で終わりのため、全員が帰りの準備を始める。

そして、帰りのSHRを終え、放課後となった時。

教室の扉からある女子生徒が顔を出し、こう言った。


「水無月先輩居ますか~?」

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