第5話 部室
昨日は疲れすぎていたのか帰って、荷物を置いてベッドの上に倒れこんだ後、泥のように眠ってしまった。
そのため、今日は眠気に襲われるようなことはないのだが……
昨日の別れ際に芽衣さんが言っていたことが頭の中で反芻していた。
「今日の放課後、部室で二人きり、か……」
次の授業の物理実験室まで移動しているとき、無意識の内に呟いた。
「ん?今真人なんか言ったか?」
「あぁいや、お前にゃ関係ねぇよ」
「なんだよそれ。俺らの仲だろ?教えてくれよ」
「親しき仲にも礼儀あり、だろ?」
「くそっ、それ言われるとなんも反論できねぇ……」
蒼汰は大袈裟に悔しそうな表情を作る。
こういうときの蒼汰の表情は、大抵が冗談だ。
案の定、1分も経たず表情が戻る。
そんな時、ズボンのポケットの中にある俺のスマホが鳴り始めた。
「真人、なんか電話来てね?」
「ん、ほんとだ。すまん、蒼汰、これ持ってっといてくんねぇか?」
「お、いいぞ。遅れるなよ~」
俺は、蒼汰と一旦別れて空き教室に入る。
そして、鳴り響くスマホを手に取り、通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
『もしもし。編集の田上です。如月先生、アニメ第二期の話なんですけど……』
「あ、その話でしたか」
電話の相手は俺の小説の編集を担当してくれている田上さんだ。
アニメの第一期がつい一か月前に終わったはずだが……
もう第二期の話が出ている。
『えっと、第二期で流す内容ですが、資料を送ったので時間があるときに確認しておいてほしいです』
「はい、了解です」
『すみません、こんなことで電話してしまって……なぜか社用PCでメールが送れなくなっちゃって。……本当にこの会社のPCは古すぎるんだから……』
「大丈夫ですよ。ちょうど休み時間でしたし」
それだけ言って俺は電話を切った。
切る直前まで田上さんはぶつぶつ文句を零していた。
……どんだけ文句あんだ……
その後、俺は走って物理実験室へ向かった。
時間はかなりギリギリで、席に着いた瞬間にチャイムが鳴った。
席の上には俺の荷物が置いてあって、心の中で蒼汰に感謝した。
やっぱり持つべきものは親友だ。異論は認める。
放課後。
俺は久しぶりに部室の前に来た。
さっき職員室まで鍵を取りにいったら、顧問の先生に椅子から転げ落ちそうになるほど驚かれた。
そりゃそうだ。去年の夏休み明けぐらいから一回も取りに行ってなかったからな。
鍵を使って扉を開けると、埃っぽい空気が流れ込んできた…………わけではなく、予想以上に綺麗な空気が俺の横を通り抜けていく。
部室は意外にも綺麗で、顧問の先生が定期的に掃除してくれていたようだ。
心の中で先生に感謝しながら中に入ると、後ろから声が聞こえてきた。
「あ、水無月先輩……いや、如月先生。ここが部室なんですね」
「そこは言い直さなくてもいいだろ」
「まあまあ、二人きりですし……」
とりあえず俺たちは椅子に座り、本題を話し始めた。
「それで?ここに来て何がしたいんだ?」
「先輩が執筆しているところを見学したいんです」
「俺が執筆してるところ?別にいいけど……」
今日は偶然にも普段の作業で使っている軽量ノートパソコンを持ってきているため問題ないが……
「そんなことでいいのか?」
「いいんです。勉強になりますし」
「勉強?もしかして、芽衣さんも小説を?」
「はい、そうです。それと、さん付けするのはやめてください。先輩のほうが年上なんですから」
まあ、年上からさん付けされるのは違和感があるという人は多いだろう。
とりあえず、芽衣の希望通り小説を書くことにした。
部室の扉を閉め、机の上にノートパソコンとノート、スマホを広げる。
芽衣はその様子を後ろからじっと見つめていた。
「芽衣、そこの椅子使ってもいいよ」
「ありがとうございます」
誰も喋らない部屋の中、パソコンのキーボードを打つカタカタという音だけが響いていた。
普段、俺は学校の間に思いついたネタをノートやスマホに書きあげ、それを時間が空いた時に小説に落とし込んでいる。
芽衣はそれを一心不乱に見ながら、気付いたことをスマホのメモ帳に書き込んでいた。
1時間ほど経った頃、俺が一回休憩を挟もうと背もたれにもたれかかると、芽衣が話しかけてきた。
「先輩、凄いですね。集中力も、思いつく速度も、流石プロって感じでした」
「それほどでもないよ。今はたまたま筆が進んだけど、スランプにハマれば1、2日全く思いつかないしね」
俺はそう言いながら鞄の中から緑茶のペットボトルを取り出し、喉を潤す。
「そういえばだけど、芽衣は小説を書こうとしてるんだよな?」
「はい、そうですけど……」
「何か書いたものはある?ちょっと読んでみたいんだけど……」
「あ、いや、実は書いてみたことはあるんですけど、本当に酷くて消しちゃいました」
「そっか……あ、そうだ。芽衣が良ければだけど、俺から課題みたいなのを出してもいいか?」
「!いいんですか?!」
「もちろん、いいよ。うーんと、そうだな……」
俺は鞄の中からファイルを取り出し、目当ての物を探す。
「お、あったあった。はい、この短編を自分なりにアレンジしてみてくれ」
「え?これって……まさか、今度出すってネットで言ってた、短編集に載せる一つとかじゃないですよね?」
「その通りだ。期限は……来週までにしようか」
「えっ……本当にいいんですか?」
「あぁ、いいとも。やれる?」
「はい!やれます!」
芽衣は元気よく返事し、俺の手から短編小説の原稿を受け取った。
ちなみにこの原稿は既に編集社のほうに送ってあるため問題ない。
芽衣と最初会った時は殆ど表情が動かなく、クールなイメージがあったが、意外と表情がコロコロと変わる。
そのギャップに少しドキッとしてしまった。
今日は書いて完成した小説をネットに投稿し、部室を後にした。
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