3 転生2
「転生……」
赤木は、その言葉になんとなく聞き覚えがあった。
"はい。あなた方はこれから、あなた方がこれまで生きてきた世界とは別の世界に生まれ変わることになります"
生まれ変わる……と赤木は顔を上げオウムのように繰り返した。次にハッとすると周りに目をやり、声の主の姿が見えないことを再確認すると興奮して口を開いた。
「いや……いやいやいや、いきなり何を言ってるんだ!? そもそもあんたは誰なんだよ!?」
”私は女神です。あなた方の魂を導く存在です”
女神。その言葉を聞いて赤木は眩暈を感じた。おいおい嘘だろ。何の冗談だ。隣にいる若者の存在を思い出し、喉元まで出かかった言葉を飲み込むと春日部の方を見た。春日部の表情に変化はない。ただ左手を右の手首から顎へと移動させ、熟考するようにその眼は何も見ていない。
もしかしてこの若者にはあの女の声が聞こえてないのでは?
そう思い、赤木は声をかけようと春日部を注視する。
「おい、兄ちゃん。あの女の言ってること、どう思う?」
「僕にはどうでもいいです」
春日部は淡々と答える。なんだ、ちゃんと聞こえていたのか。
自分の気が狂ったわけではないことを知って赤木は安堵し、この心地良さは未知なるものの独占と、それによる特権的な意識によるものかもしれないなと心の片隅で思った。
”あなた方は前世において不遇な立場にありました。これからあなた方が転生するのはこれまでの世界とは多少異なります。しかし、あなた方は今のあなた方として転生することになります”
「……」
赤木は女の声にじっと耳を澄ませ続けた。これは夢ではないかという疑念を未だ抱きながら。対して春日部は女神の声を聞きながら、心の中で言葉を紡いでいた。それは現状に対する不安や女神の言葉に呼応するものではなく、純粋に彼が今感じていることを言葉という枠組みへと移行させる行為だった。春日部はそれを義務や執着から行うのではなく、ただ彼にとっては日常の所作であり春日部にとっての呼吸であった。
”あなた方は今の記憶を保持したまま、次の世界で生まれることになります。だから、何も心配することはありません”
そうか。ならいいけど。というか本当のことなのか? 死んだという実感があまりにも沸かないし、そもそも異世界転生なんてことが本当に――
赤木は皺の寄った目尻を滲ませるように閉じると女神の言葉を検証しようと試みた。いくつもの疑念が頭の中を過ぎり、止まっている心拍が躍動するような感覚に見舞われた。これが現実にしろ夢にしろ、とりあえずは受け入れるしかないだろう。そういう結論に到達すると赤木はゆっくり瞼を上げた。すると目の前が突然かすみはじめた。度の合わないコンタクトを入れられたように視界は急激にぼやけていく。
……えっ? え? え? え?
赤木は動揺し、過呼吸のような悲鳴を漏らす。瞬く間に意識が遠のき、ようやく死というものを本格的に意識する。
俺は死ぬのか? いや、死んだのか? 本当に死んだのか?
恐怖に抗う暇を設けず、赤木は完全に意識を失った。その隣で春日部も意識を失い、彼は直前まで言葉を探し続けていた。その時の感情に恐怖という言葉は浮かばず、彼にとってはどうでも良いことであった。
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