第42話「人の夢」

【大田区日本文化ホール舞台裏 08:26 a.m.】


海賊パインの舞台公開まであと1日。しかし、その舞台の裏側でスタッフや役者達は昨夜のメモリストによる事件によって混乱に陥っていた。


「主演のコイジちゃん、化け物に襲われたんでしょ!しかもサーベル役のエキストラさんが急遽帰国だなんて...」


「おいおい公開は明日だぞ......チケットも完売だし中止なんてしたら大損害まったなしだな。これ。」


「とりあえずイベント運営会社に連絡したほうがいいですよね!?あ!今からサーベルの登場シーンをカットするのはどうですか!?」


「は!?何言ってんだよ。1人窮地に追いやられた主人公を師匠であるサーベルが華麗に助けるシーンだぞ!?そこをカットしちまったら台本を大幅に変更しなきゃいけなくなるんだぞ!」


「そうだ!あのアクションは俺が一番力を入れたシーンだぞ!カットなんてさせるか!」


「落ち着いてください!脚本の上田先生!演出の最上さん!あーなんで普段ケンカしてるのにこんな時だけ結託するんですか!?」


様々な人の騒がしい声が厚い壁越しに廊下に響き渡ってユイアの耳に届いた。戸惑い混乱する声だ。廊下を歩いていると壁に寄りかかってスマートフォンの画面を見つめていた同じジュエリーを演じるリンと目が合った。


「おはようございます、リンさん。」


「おはよう日代さん。」


「リンさんは入らないんですか?」


「どうも騒がしいのは苦手でね。収まるまで昨夜の事件に関するネットニュースを見てたの。...コイジなら他の役者達と一緒に中にいるわよ。」


ユイアは「もしかしたらコイジがあの事件のせいで今日は現場に来られないんじゃないか」と不安に思っていたが、どうやら来ているようで安堵のため息を吐く。


「ねぇ、リンさんはこの舞台は中止になると思う?」


ユイアのその質問にリンは目線を下げて少し考えるとユイアの前に立ち、ユイアの目をゆっくりと見つめた。数秒後、リンは何かを確信したのか微笑んだ顔をユイアに見せた。リンが笑う姿を見たのは初めてだ。


「......中止にはならないと思うわ。」


「どうしてですか?」


「だって、あなたが解決してくれるんでしょう?」


「ふふっ...さすがですリンさん。」


「初めて会った時からあなたの目は決意に溢れていた。今はより一層、そう感じる。私はその目を信じて......発生練習にでも行こうかしら。終わったら呼んでちょうだい。」


リンはそう言って台本を片手にその場を立ち去った。あの人は表面上は冷たいようでその内側では演技に対する煮えたぎる情熱を持った人だ。ユイアは彼女のためにもコイジのためにもこの舞台を中止にするわけにはいかなかった。



ガチャ



ユイアはスタッフや役者達で溢れかえった一つの部屋のドアを開けた。開けた瞬間に全員の視線がユイアに集まる。もちろん、その中にはコイジもいた。


「ユイアちゃん...」


「...おはようございます!皆さん!」


ユイアはニカッと笑って全員に向かって挨拶をするとコイジの元へと駆け寄った。コイジは少し疲れたような顔をしているがどこも怪我はないようで安心した。


「明日は本番だね、コイジ。」


「......ユイアちゃん。無理だよ、サーベルの代役が今日中に見つからない限り舞台は中止。ごめんね...私がユイアちゃんを巻き込んだのに...こんなことになっちゃって。」


コイジの瞳からポツポツと大粒の涙がこぼれ落ちる。ユイアには分かっている。この舞台を誰よりも観客に見てほしいと願っているのはコイジだ。中止にしたくない、悔しいという気持ちが一粒一粒の涙から伝わってくる。


「大丈夫だよコイジ、私が絶対に中止になんてさせないから。」


「...えっ」


「私がサーベルの意志を継ぐ。」


「それって...」


「みんな!舞台に集まって!見せたいものがあるの!!」


ユイアはその場にいた全ての人にそう伝えると劇をやる予定の舞台へと誘導した。全員が何が起こるか分からない状態で渋々、舞台へと向かっていく。


「ユイアちゃん、何をするつもりなの?」


舞台に全員が到着するとユイアは観客席に座るように伝え、自分は舞台の上へと向かった。


「あの子何をするのかしら?」


「さぁ」


次の瞬間、部屋の全てが電気が消されて暗転する。そして数秒、間を置いて舞台の中央にスポットライトが当てられた。そこにはユーアドライバーを巻いたユイアの姿があり、その手には青色のメモリカセットを持っている。


観客席には約50人の人がいる。本番はこの数倍だ。全員の視線が舞台の上のユイアにいく。失敗はできない、みんなのために絶対成功させる。自分を鼓舞するようにユイアは胸を叩くと手に持っていた青色のメモリカセットをドライバーに装填した。


「わ!なにこの音楽!?」


「コイジ、見てて......変身!」


3!


2!


1!


ヒーローアップ!


波打ちオンステージ!受け継ぐ意志!パイレーツ!!You are HERO!!



ホイールを3回回転させるとユイアはその場でくるっと踊るように回った。背後の画面から出現した青色のアーマーがバラバラになり回っている間に各部位へと装着されていく。


「はぁ!!」


宙に浮かぶ2本のサーベルを両手に掴んで空を切り裂くとコートのように長いジャケットが弾けるような水しぶきと共にヒラヒラと音を立ててはためく。


「すごい...変身した...。」


「待って、ユイアちゃんのあの姿って......。」


「サーベル......」


青色の海賊帽とコートのようなジャケット、2本のサーベルを持つその姿はまさにコイジのメモリスであるサーベルの姿と酷似していた。


「コイジ!見てて!!」


ユーアは両手にサーベルを持った状態で観客席に向かって手を振ると舞台の上手に設置された4メートルほどの大きな岩のセットへと向かって走り出した。


「はぁぁあ!!」


ユーアは岩の上に設置されたポールに向かって右腕を銃のように構えると「発射!」と言って鎖で繋がったフックを放った。ポールにフックが絡みつくのを確認すると鎖がガリガリと音を立てて右腕のアーマーへとフックショットのように勢いよく戻っていき、ポールへとユーアは飛んで引き寄せられた。


「よっと......ここから演技が始まるよ!」


スポットライトは大きな岩の方へと向き、ユーアの姿が再び照らされる。


「あの岩から演技がスタートって...もしかしてユイアちゃん、サーベルのシーンを再現するつもりなの?」


ユーアは両手に持ったサーベルの剣先を先ほど自分がいた中央の位置に向けるとゆっくりと頷いた。本来なら中央には敵に囲まれたパインがおり、そこに岩場の上から現れたサーベルが駆けつけるというシーンだ。上手と下手にある大きな岩場にはそれぞれ長いポールがあり、そのポール同士が十数メートルほどの紐で結ばれている。その紐に先ほどと同じようにフックをかけてユーアはターザンロープの要領で滑空するように風を切って進んでいく。中央までくると飛び降りてバッ!と着地した。高さでいうと約5メートルほどの場所から飛び降りたことになるが、ユーアに変身したユイアには関係ない。そのまま演技を進めていく。


「すごいな、あの子。動きが完璧だ。」


「えぇ、まるでサーベル役の人の演技を見ているようだ。」


2本のサーベルをくるくると振り回しながら空を切り裂いて敵達が襲ってきた際の殺陣を続ける。その場にはユーアしかいないはずなのにたった1人の数分間の演技を見ているはずなのに、その迫力に誰もが釘付けになっていた。






コイジ...見てる?


サーベルの演技できてるかな。


メモリカセットにはそのメモリスの記憶が全て記録されているの。

......この姿に変身していると伝わってくるんだ。


サーベルがどれだけあなたの夢を応援していたのか、そのために私と出会う前からどれだけ練習をしてきたのか。


一振り一振りの動きの全てがずっと前から知っていたかのように身体が覚えているの。メモリカセットの記録から具現化されたこのアーマーに深く刻まれている。


私はサーベルの意志を受け継いであなたの夢を叶える手伝いをしたい。みんなに夢を届けたい。


みんなで頑張ってきたんだ、絶対に舞台を中止になんてさせない!

この舞台を成功させてみせる!!





「だから...舞台を諦めないで!一緒にステージに立とう!!私達の...夢のステージに!!!」


その演技からユイアとサーベル、2人の想いがコイジへと伝わった。コイジは胸を押さえながらポタポタと涙を流す。だが先ほどまで流していた涙とは違う。


「ユイアちゃん...うん、うん!......一緒に立とう、私達で!」












 







 

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