青天・霹靂編
第27話「消沈!何か失った夏!」
「開かない!!!!!!!」
ガチャガチャガチャガチャ!!!
ユイアは何度もドアノブを回して力を入れて引こうとするが一向に開く気配がしない。
「どうやら内側から鍵を掛けているみたいだな。」
2人が困っているとドアの向こう側から靴のコツコツという音が聞こえてくる。こちらに誰かが向かってきているようだ。音はドアの前で止まった。
「何しにきた。」
聞き覚えのある声だ。
「ルナ!」
「私の部屋までわざわざ来るんじゃねぇ。ルナならすぐ直してやるから......じゃあな。」
「待って!!」
部屋の奥へと戻ろうとする彼女をユイアはドア越しに引き止める。
「なんだよ。」
「私、あなたと会って話したい!だから部屋から出てきて!」
「嫌だ。」
そう言って足音はどんどん部屋の奥へと遠ざかってしまった。数分間、呼びかけてみたが反応は返ってこない。ユイアとユキタカは廊下を歩きエレベーターに乗った。
「彼女にはまた日を改めて会いにいこう。」
「......はい。」
落ち込むユイアにかける言葉が見つからず、2人の会話はそこで終わってしまった。ユキタカが仕事の用事で別れるまで無言だったユイアはユキタカと別れた後、レーテを出て1人ポツポツと住宅街を歩く。
ミーンミーン
季節は夏。どこからかセミの声がする。ユイアは額から汗を少し流し、腕で汗を拭った。住宅街を行く当てもなく歩いているとスカートのポケットの中に入れていたスマホがブーブーと震え始めた。スマホを取り出すとアサヒから電話がかかってきていた。
「もしもしアサヒ。」
「やっほーユイア!今ねヒビキと一緒にユイアに会いに行こうと思ってさ!レーテの近くの駅にいるんだけど~ユイア今大丈夫?」
「うん大丈夫だよ、ちょうど今日はレーテの仕事もないし。近くの公園で合流しよう。」
「駄菓子屋さんが近くにあるところ?うん分かった!また後でねー!」
電話を切って再びスカートのポケットにスマホを入れた。アサヒのいつも通りの元気で無邪気な声を聞いたユイアは少し元気を取り戻す。2人と待ち合わせをした公園に少し駆け足で向かった。数分後、ユイアは公園に到着すると2人が来ているか辺りを見渡した。
「誰もいない。ちょっと早く来すぎたかな......」
公園には子供達も誰もいない。小さな公園だがいつもなら近所に住んでいる子供達が滑り台やシーソーで楽しく遊んでいる。近くには駄菓子屋があり、ユイアは時々そこでアイスや駄菓子を買ったりしていた。ユイアは2人を待つ間、ベンチに座っていようと考えてベンチに向かう。するとそこには白いワンピースを着た黒い長髪の少女が座っていた。
(あれ?いつの間に......)
「あのーすみません。隣座ってもいいですか?」
「え、あっはい。」
彼女は話しかけられたことに驚いたが快く了承してくれた。隣に座ったユイアは彼女のことが気になってチラチラと見てしまう。綺麗な人というのが最初の印象で年はユイアの少し上くらいだろう。夏の青空と対比になるような白いワンピースと夏に吹くわずかな涼しい風にたなびく黒く長い髪にユイアはつい見入ってしまった。
「この公園好きなんですか?」
ユイアは彼女に話しかけてみることにした。
「はい、小さい頃は幼馴染とよくこの公園に来てました。」
「そうなんですね。私はこの公園のことを知ったのはつい最近なんですけどこの公園の雰囲気はすごく好きです。」
「えぇ」
優しく微笑む姿は大人びているがどこか儚げで美しい。まるで日本の夏の映画から飛び出してきたヒロインのようだ。するとそこに誰かが走ってやってきた。
「ユイアー!!」
アサヒだ。瞳をキラキラと輝かせてこちらに向かって手を振りながら走ってきている。
「アサヒ!」
「お待たせー!うわ!誰その美人な人!?」
「あれ、ヒビキは?」
「駄菓子屋さんで飲み物買ってくるって!」
楽しそうに会話をするアサヒとユイアを見て白いワンピースを着た少女が口を開く。
「あなた達ならもしかして......」
「「?」」
「1つお願いごとしてもいいですか?」
アサヒは白いワンピースの少女をユイアと挟むように座って彼女の話を聞くことにした。
「それでお願いごとってなんですか?」
「あの...その...私......」
白いワンピースの少女は恥ずかしそうにしながら言葉を詰まらせていた。
「私......好きな人がいるんです!」
顔を真っ赤にしながら白いワンピースの少女は言った。それを聞いてユイアとアサヒも顔を少し赤くする。まさか初めて喋る人に恋の相談をされるとは思っていなかった。そもそも自分達はそういう話題を一度もしたことがなかったため、どう反応すればいいのか分からない。
「すすす好きな人!?!」
「それ本当に私達していい話!?!」
「そっそれで好きな人ってどんな人なんですか!?」
「カケルくんっていう人で幼馴染なんです.......。」
「「幼馴染!!」」
それから白いワンピースの少女は幼馴染のカケルという男性についてどんどん話していった。カケルという男性は実家がお寺であること。どういうところが好きなのか。幼少期一緒に遊んだり、花火大会に行った時の話など聞いているユイアとアサヒの方が恥ずかしくなってしまうような甘い思い出話を聞かされた。先ほどまでの大人びた印象から純粋に恋をする少女という印象に変わっていく。
「でも......私、彼に本当の気持ちを伝えられないまま遠くの街に離れてしまって........それからは彼が今どこで何をしているのか分からないんです。」
「連絡先とか持ってないんですか?」
「彼のおうちはお寺で学生時代は携帯を持つことを禁止されていたんです。家も近かったですしその時は問題なかったんです。」
「実家お寺なんですよね!だったらそのままお寺で住職になっているとか!」
白いワンピースの少女は首を横に振る。
「彼、継ぐのは嫌だって......たぶんお寺はお兄さんが継いでいるはず。」
それを聞いてユイアとアサヒは困った表情を浮かべる。
「それじゃあその人は今どこにいるのか分からないのか......」
「でもそれだったら実家に行って聞いてくればいいんじゃない?」
「そっそれが......」
アサヒの質問に彼女は答えづらそうにした。
「ユイアー!アサヒー!」
2人を呼ぶ声に反応して振り返るとお茶のペットボトルを持ったヒビキがこちらに向かって走ってきた。
「「ヒビキー!」」
「2人とも何の話をしてたの?」
「恋の相談!」
「恋の相談?!?誰の?」
「ここに座ってる白いワンピースの美人のお姉さんだよ!」
そう言って2人は真ん中に座る白いワンピースの少女を紹介した。しかしヒビキは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「座ってるって2人以外誰もいないじゃん。何で1つ間空けて座ってるの?」
「「え、」」
ヒビキの瞳にはベンチに1つ間を空けて座るユイアとアサヒの姿しか映っていなかった。2人は冷や汗を流しながらワンピースの少女を見つめる。申し訳なさそうに少女は口を開いた。
「そうなんです、私......10年前にもう死んでるんです。」
「「えぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇぇぇええ!!?!?!」」
【2年前・横浜】
「いいか、うちの学校にこれ以上ふざけたマネすんじゃねぇぞ。」
路地裏の壁に金髪の不良の胸ぐらを掴んでアタシはそう言った。辺りには数人ほど倒れているやつらがいる。コイツらはアタシが通ってる横浜の学校の生徒に時々絡んできては金をたかる小根が腐った奴らだ。
「ひぃぃはっはい!!」
怯えた表情で泣きわめくソイツをそこら辺に投げて立ち去った。男のくせに情けない。夕焼け空のいつもの帰り道、アタシは1人歩いていた。両親は海外に出張中でアタシは外国語が分からないからと日本に置いて行かれた。家に帰っても1人、学校でも1人、1人には慣れっこだ。
「晩飯、なに食べようかな?」
腹の中が空っぽだ。このままだと腹の音を知らない奴らに聞かれてしまう。それはさすがに恥ずかしい。でも料理を作る体力も残っていない。いつも通り弁当を買おうとコンビニに向かおうとしたその時だ。
「邪魔だドけ!」
振り返るとギザギザした鋭い歯をカチカチと言わせながら目が何個もある魚の化物がこちらに向かって走ってきた。アタシはその場に倒れてしまう。さっきまで不良をボコボコにしてた奴とは思えない情けなさだ。当たり前だ、普通の人間に未知の化け物と戦う勇気なんてない。
「まぁイイ!お前モ噛みツイテやる!」
「うわぁぁぁ!!」
情けない声が辺りに響き渡る。恐怖のあまり目を閉じてしまったその時だ。
ドガァァァアン!!!
「え?」
アタシが次に目を開けた時に映ったのは1人の女が化物に向かって拳を振り下ろす姿だった。夕日をバックに勇敢に立ち向かうその姿は大好きなアクション映画のワンシーンのようだ。
「あらよっと!!」
「イデぇ!!」
「すっすごい......」
「そこにいると危ねぇぞ!ほら!」
アタシはその光景をただ見つめているだけで何もできないでいた。すごい間抜けな顔をしていたと思う。数分後には化物は消滅してカセットだけが残った。
「ピラニアのメモリスかぁ~もう少し手応えあるかったと思ったのに........あ、大丈夫かお前?」
彼女はニカッと笑って倒れたアタシに手を差し伸べた。アタシはその手を掴み立ち上がる。アタシはあの化物に何も出来なかった、それなのにアタシの目の前にいるこの女は1人立ち向かって倒してしまった。しかも怪我一つなしで笑ってる。
「助けてくれてありがとうございます.......なんで助けてくれたんですか?」
「はぁ?救けるのは当たり前だろ、それに救けなかったら自分らしく生きれねぇ。」
「自分らしく生きる?」
「そうだ、私は決めたんだ。人を救けるってな!人は1人じゃあ生きていけない。それは人間がマンモス食べてた時から決まっていることだ。人は誰かと支え合って繋がって生きていく。」
そう言って彼女は私と繋いだ手を強く握った。温かい。さっきまでアタシを支配していた恐怖が少しずつ薄まっていくのを感じる。
「確かに私とお前は他人だ、でもここでお前を救けなかったらお前と繋がっている人、これから出会う人はどうなる?もしかしたら未来でお前がいなかったら死んでた奴が出てくるかもしれない。」
「......アタシはそんな大した人間にはなれないよ。」
アタシは目の前にいるアンタのようにはなれない。化け物を前にしてアンタがいなかったら自分の命すら守れないような人間だ。他人の命なんて救えるわけない。
「何で言い切れる?私は今の話しているんじゃない。「未来」の話をしているんだ。私は私が救けた命が繋ぐ未来を見てみたい。」
女は再びニカッと笑うと立ち去ろうとした。手を振りながら夕焼けを背に歩く女の姿はアタシが今まで出会った人間とは比べられないほどかっこよく見えた。
「待ってください!!」
「?」
「あっあの!え~っとその!」
ぐぅ~
「!?!」
最悪のタイミングで鳴ってしまった。身体がどんどん熱くなっているのを感じる、きっと向こうから見たアタシは顔が真っ赤になっているだろう。
「そうだな、もう夕方だもんな。......よし!飯食いに行こうぜ!」
「え?」
「え?じゃねぇよ。近くに行きつけのラーメン屋があるんだよ、奢ってやるから早く行こうぜ!」
これでアタシと師匠の出会い。漫画やアニメのような感動するような胸が熱くなるような出会いでもなんでもない。
ただ変わりたいと思った。
アンタについて行けば変われると思った。
1人ぼっちじゃなくなると思った。
師匠と一緒ならどこまで強くなれると思った。
アタシは師匠を失ってまた1人に戻った。誰もいないレーテの空き部屋で1人うずくまる。エアコンもかけていない暑い8月の夏のはずなのに肌寒く感じた。
(なんでこんなところにいるんだよ!ほら、いくぞ!)
師匠の声が聞こえた気がして身体を起こす。やっぱり誰もいない。泣いている間に寝てしまっていたのかもしれない。
「こっちの方が夢だったら良かったのに......」
そう呟いた瞬間に涙が出てきた。ユイアに言ったあの時も葬式でもちゃんと分かっていたはずなのに今さらになって師匠とはもう会えないという悲しみが襲い始めてきた。乗り越えた気になっていたんだ、バカだから。
「うっ...師匠......会いたいよ.....」
鼻をすすって涙をぬぐってなんとか立ち上がる。長いテーブルの上に置かれたアタッシュケースを見つめた。パカッと開いたアタッシュケースの中からこちらを見つめている。
「アグニスドライバー......」
師匠が残してくれたアタシのためのドライバー。師匠がアタシが赤色が好きだからと赤いメッキを使ったデザインにしてくれた。ドライバーのパーツが反射して目元を真っ赤にしながら泣くアタシの姿を反射する。他の人が見たら惨めな姿だと思うだろう。自分でもそう思う。アタシは静かにアタッシュケースを閉じ、また壁に寄りかかるようにうずくまった。
「今のアタシじゃあ変身できねぇ......」
アタシはなにも変われていない。
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