第8話「Wに乗せて/名探偵ユイア」

【東京都内にあるユイアが通う高校の教室】


ユイアが通う高校のチャイムの音が校舎中に鳴り響く。日直の「起立」という声と共に生徒達は少しだるそうにしながら立ち上がり「礼」の一言で一斉にお辞儀をすると各々自由に動き始めた。授業が終わるとすぐに2人の女子生徒が窓側の一番後ろ、掃除道具入れの近くにあるユイアの席に向かった。


「やっとお昼休憩だね~」


「そういえば購買にコーヒー牛乳パンっていうのができるらしいよ、アサヒ一緒に食べない?」


「コーヒーとか苦いのは私NG!」


「だよねー、コーヒー牛乳パン買いに購買に行くんだけどさユイアも一緒に.......ってユイア?」


2人が話すなかユイアはずっと顔を伏せていた。ヒビキが背中をポンポンと叩くと顔をゆっくりと上げ2人の方を向くが普段の元気いっぱいな顔ではなく今にも死にそうなプルプル震える子犬のような顔をしている。


「うわ!どうしたのユイア!?」


「だっ大丈夫?」


「だ.....だいじょ....ばな....い.........しっ死ぬ......」


バタン!!


「「ゆっユイアーーーーーーーーー!!!!!」」


ユイアは昨日の日曜日に1日中レーテの本部で体力測定、基礎訓練、よく分からない書類業務的な作業、その他諸々の疲れる事をたくさんしてきた。そして何より彼女の心が疲労している原因、それは日曜朝の楽しみであるニチアサが別番組の「てやんでぇ~!ゴルフ天下一!」によって無かったからだ。定期的に訪れるニチアサの敵その1がユイアから日曜の楽しみを奪ったのだ。


「おのれゴルフ......」


「ゴルフに......一体何を奪われたんだ。」


「うっうぅ....」


「はぁ~しょうがないな、今日は購買で好きな物奢ってあげるよ。」


「本当!?」


ヒビキがそう言うとユイアを瞳を輝かせながら席から立ち上がる。アサヒも思い出したかのようにカバンからチョコのお菓子を取り出してユイアに手渡した。


「じゃあ私からもこれあげる!」


「期間限定のいちごチーズケーキ味!でっでも入荷数が少なくてどこのコンビニも売り切れで......」


「昨日部活帰りに行ったことなかったコンビニ寄ってみたら1つだけ残ってたんだ~♪ユイアが食べたがってたの思い出してさ!」


「ありがと~!!よーーしテンション上がってきたーー!!完全復活だぜ!2人とも購買行こ!!」


((ユイアが元に戻った!))


ユイアは鼻歌を楽しそうに歌いながら教室から出て購買がある1階に向かう。その後についていく2人は微笑ましそうにしていた。


「そういえばこの間テレビで報道されてたメモリスはユイアが倒したの?」


「あ~グエぐえ~のカメレオンでしょ?」


アサヒがカメレオンのメモリスの鳴き真似をふざけながらやってみせた。それを見てヒビキは少し笑いながら頭の中で考えていた。


(あれカメレオンなんだ)


「うん!そうだよ!それにね土曜日もサメのメモリス倒したんだー!」


「へー」


「ルナに頼んでサメのメモリカセットで変身できるようにしてもらうんだ~♪楽しみ~!」


「じゃあユーアは水中でも戦えるようになるってこと?」


ユイアはサメのメモリカセットで変身したユーアがどんな姿になるのか想像を膨らませ2人に相談しながら階段を降りる。


「たぶんそう!それにそのサメのメモリスの宿主がこの学校の3年生で......確か名前が.........」


階段を降りると購買のすぐそばにある体育館に繋がっている廊下で人だかりができていた。生徒達がザワザワと集まっている。購買のおばちゃんもなんだか心配そうに少し離れた所から眺めていた。


「何かあったんですか?」


「いや~それがね3年生の子達が揉めてるらしいのよ。」


すると人だかりから1人の緑髪の真面目そうな男子生徒が出てきた。その後を追うように黒髪の男子生徒が飛び出し生徒達の視線は彼らに向けられた。


「ちょっと待て祐星!話を聞いてくれ!」


「もういい、君の話なんて聞きたくない!翔太.......君とはペア解消だ!」


そう言って緑髪の男子生徒は階段を上がって行ってしまった。黒髪の男子生徒はその場で立ち尽くし、生徒による人だかりは少しずつなくなっていった。


「あの2人って確か..........」


アサヒが何か言おうとしたタイミングでユイアが何かを思い出したのか「あ!!」と言うと黒髪の男子生徒を見つめた。


「あの人だよ!サメのメモリスの宿主の人!」


「えぇ!?佐々木先輩なの!?!」


「知ってるの?」


アサヒは急いでスマホを取り出し何かを調べるとスマホの画面をユイアとヒビキに見せた。ラケットを持った先ほどの2人がトロフィーの間に立った写真だ。


「3年生の佐々木翔太(ササキ ショウタ)先輩と園崎祐星(ソノザキ ユウセイ)先輩!知らないの!?」


「「知らなーい」」


「2年生の時に関東大会で優勝したテニス部の最強ダブルス!運動神経抜群の佐々木先輩と頭脳明晰天才の園崎先輩!小学生の時からペアを組んでいて、あの伝説の関東大会決勝は全てのテニスファンに感動を与えた事で有名なんだよ!!そのせいで今年は陸上部よりテニス部の方が入部希望が多くて........うぅう」


ヒビキはアサヒの肩を叩く。ユイアは立ち尽くす佐々木に近づき声をかけた。


「あの......大丈夫ですか?」


「あっ.....君は確か、土曜日の........あの時は助けてくれてありがとう。」


佐々木がユイアにお辞儀をするとアサヒ達も佐々木のもとにやってきた。


「一体何があったんですか?2人が揉めるなんて........」


「あぁ、実はな部室に置いてあった祐星のラケットが誰かに壊されていたんだ。あいつ、家族に買ってもらった自分のラケットでしか絶対やらないから。」


「大事なもの、ですよね。」


「それで部室の前の防犯カメラを調べたら深夜にフード姿の俺が部室に向かう姿が映ってて.......でも俺がやったわけじゃない。どうにかしないと......このままじゃ......こんな話、後輩にしてもしょうがないよな。俺そろそろ自分のクラスに戻るよ。」


3人に礼をするとそのまま佐々木は階段を駆け上がっていってしまった。


「行っちゃった........」


「ユイア~購買行くよ」


「うっうん!」


3人は購買でパンやジュースを購入して自分達の教室に戻り、いつも通りの昼休憩を終え数時間が経ち放課後になってしまった。


「今日はヒビキ、部活はないの?」


「うん、顧問の先生が今日お休みだったからね。アサヒも今日は部活は6時までには終わるって。」


「じゃあHolidayに行こ!アサヒにも部活が終わったら集合だって伝えたから!」






 

【喫茶Holidayにて】


2人は学校を出るとユイアがバイトしているHolidayのドアを開けると店長の千秋がカウンターの奥で食器を洗っていた。


「あらユイアどうしたの?今日はお手伝いしてくれる日じゃないでしょ?」


「うん!ちょっと千秋さんHoliday使わせて!」


「今日はお客さん少ないし使っていいわよ♪」


ユイアは「ありがとう!!」と言うと千秋さんの横を通り、奥の部屋に行ってしまった。ヒビキは千秋と2人きりで少しだけ気まずそうにしながらカウンター席に座る。千秋は棚からコーヒー豆が入ったビンを取り出すとコーヒー豆をエスプレッソマシンに入れ始めた。


「大丈夫なんですか?貸し切りみたいな感じにして.......経営とかそういうの....」


「大丈夫よ♪趣味で経営してるから........」


「はぁ.....(趣味で経営ってできるものなんだ)」


「それにユイアは私のいとこだしあの子は小さかった頃に家族を亡くしているから....もう辛い想いはしてほしくないな~って........あの子、あぁ見えてなんでも1人で抱え込んじゃうから.......だからあの子のこと......」


バタン!!!


奥の部屋のドアが開きユイアが瞳を輝かせながらオフィスや塾でしか見ないようなホワイトボードを持ってやってきた。ヒビキはポカーンとした顔でそれを見つめる。


「できた!」


「ホワイトボード!なんでそんなものが喫茶店に!?」


ユイアはホワイトボードの板面を回転させる。ホワイトボードには写真が数枚と関係性などがペンで書かれていた。


「なにこれ.......」


「私達で佐々木先輩達の事件を解決しちゃおう!」


「いやいやいやいや!部外者の私達のすることじゃないって!それに深夜に部室に向かう先輩の防犯カメラの映像があるんでしょ?決定的な証拠があるし佐々木先輩が犯人じゃ..........」


「違う!!」


ユイアがヒビキの声を遮り強く否定する。


「佐々木先輩はそんな事する人じゃないと思う!だって2人は小学生の時からの付き合いでずっと一緒にテニスをしてたんだよ?自分の「相棒」の大切なラケットを壊しちゃう人のようには見えなかった!それに余計なお節介は!」


「ヒーローの本質....でしょ?」


「そう!」


ヒビキは少しため息をつくと千秋さんからもらったアイスコーヒーを口にする。


「何年一緒にいると思ってるの......こうなったユイアは誰にも止められないって事くらい知ってるよ?それにとことん付き合った方が絶対楽しいし。」


「ヒビキ.......うん!ありがとう!」


(出会った時から変わらない。ユイアのそう言うところ、困った人を見つけたらすぐに手を差し伸べちゃって時々無茶しちゃう。でもそういう本物のヒーローみたいなところがかっこよく見えて一緒にいて楽しくて......だから私とアサヒはユイアについていく。)


カランコロン!


Holidayのドアが勢いよく開き少し息切れしながらアサヒがやってきた。カバンをテーブルにドン!と置くとフラフラしながら席に着いた。


「はぁ....はぁ.....お待たせ!ユイアに頼まれたもの持ってきたよ.....」


「アサヒ!?」


「よし......この私!名探偵ユイアがこの事件を解決してみせる!!」


「よっ!名探偵!」


「まったくもぉ~」


楽しそうにはしゃぐユイアとアサヒ、慣れたような表情でため息を吐き少し微笑むヒビキ、千秋さんは3人の様子を見てユイアが楽しそうで何よりだと思いアサヒの分のココアを作ってカップに注いでいた。

















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