第1話
一年前のあの日、俺の頭に響いた声、それが始まりだった。
『新たな覚醒者を確認しました。あなたは幽精霊師に覚醒しました』
聞こえてきた声によって、意識を覚醒させた。
ゴツゴツとした岩の地面に俺は寝ていた。
「どこだここ! 俺は確か物流倉庫からの帰り道だったはずだ!」
状況がわからない。残業続きでろくに寝てない頭が何故かスッキリしているように感じる。ただ、岩の上で寝たせいで体の節々が痛い。
「都心の高速道路に入って、サービスエリアで仮眠を取ろうとして休憩をしていたはずだよな?」
記憶を呼び覚ますが、あれ? そういえば…地震が起きて……。
「地震は?! それに車!」
そうだ。俺は車の中で寝ていたはずなのに、どうして岩場で寝ているんだ? 辺りを見ても車はない。
床も壁も、天井も岩に囲まれた洞窟のような場所だった。
そして、光を放っているのは、目の前に浮かんでいる透明な表記で、機械で作られたような無機質な女性の声が俺の意識に語りかけていた。
意味がわからなくて、戸惑いが落ち着いてきた。
「すみません。ここはどこですか? 幽精霊師ってなんですか?」
『幽精霊師は、人成らざる存在、幽霊、精霊、地縛霊、妖精、妖怪、神などと呼ばれる人外たちから好かれる素質を与えられたジョブです』
連日の働き詰めで疲れているのだろう。
何日も睡眠時間が二、三時間しか寝ていない日々が続いていた。
自分の頭がおかしくなったんだ。
『あなたの脳波は正常です。そして、あなたはゲートに取り込まれ、十時間ほど睡眠を取られました』
「なっ! 十時間!」
スマホを取り出して確認すれば、確かに物流倉庫を出てから十時間以上の時間が経っている。
しかも、都心にいるはずなのに圏外になっていることから、ここがトンネルか、地下であることは理解できた。
「どうなっているんだよ!」
『あなたはゲートの発生に巻き込まれ、覚醒者として目覚めました』
無機質な声は同じことを繰り返し告げてくる。
冷静さを失いそうになるが、頭はクリアになっていて、今までの自分のことを整理することができた。
俺の名前は堂本幽、今年三十歳になる社畜クソ野郎だ。
両親は幼い頃に死んで、育ててくれた祖母も二年前に他界した。
家族はもう誰もいない。
毎日毎日、顔も見たくない上司に罵られて、業務に追われる日々。
記憶を探れば、自分の境遇の闇が浮き彫りになり、精神的に疲れてしまう。
少し前から情緒不安定だと自覚はしていた。
このままでは遅かれ早かれ俺は過労で死ぬか自殺を選ぶはずだった。
ストレスで胃を痛め、吐血を繰り返す日々に嫌気が差していた。
楽になりたいと思い始めて……、久しぶりに自分のことを考えて少し落ち着くことができた。
『あなたは新たな力に目覚め、あなたがいた世界とは異なる空間にやってきました』
「異空間?」
『あなたは新たなゲートの誕生に巻き込まれたのです。ここはあなたが住む世界と、ゲートの中に存在するダンジョンと呼ばれる狭間の世界。この先に別の異世界が広がっています』
先ほどから同じことを繰り返していたのは、俺と会話をするのを待っていてくれていたのかな? それなら案外無機質に聞こえていた声が優しいやつに思えてくる。
「ダンジョンって、あの魔物が出てくる場所だよな?」
『そうです』
頭の中が混乱している。状況は完全には飲み込めていない。
ただ、俺の問いかけに対して答えてくれる相手がいることに安堵できた。
『詳細は後で説明しますが、今は生き残ることに集中してください』
「生き残れって、一体どういう――」
その時、地面が揺れ、洞窟の奥から恐ろしい咆哮が響き渡った。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』
俺の全身が緊張で凍りつく。
「なんだ、今の……?」
奥から現れたのは、巨大なトカゲというか恐竜!!!
その鱗は鋭く光り、目は赤く輝いている。
間違いなく、俺を獲物と見なしている。
「こ、こいつが魔物か!」
恐怖で全身の血が冷たくなっていくのを感じる。
俺は無我夢中で立ち上がり、反対方向に走り出した。
足元の岩場で何度かつまずきながらも、必死に逃げる。
『そのまま進んでください。安全な場所に導きます』
無機質な声が指示を出してくれるが、俺はただ必死で走り続けた。
後ろからは魔物の足音が近づいてくる。
「くそ、こんなところで死にたくない!」
『もうすぐ魔物が入れない隙間が見えます。そこへ飛び込んでください!』
洞窟の中を全力で駆け抜けていくと、やがて狭い隙間が見えてきた。
俺はその隙間に向かって飛び込んだ。
「うわっ……!」
狭い隙間に入り込み、体を縮めて息を潜めた。
『GRUUU』
唸り声を上げながら、こちらに瞳を向けてくるが、どうやらデカい図体のせいで入っては来れないようだ。
恐竜のような魔物は隙間の前で一瞬立ち止まり、鋭い爪を振りかざして壁を引っ掻いている。
俺のことを諦めていない様子で、唸り声を上げている。
「……助かった……のか?」
全身が汗でびっしょりになり、心臓が激しく鼓動している。
『これで、あなたは生き残ることができました。続いて、あなたの力について説明します』
俺は息を整えながら、再び無機質な声に耳を傾けた。
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