第2話

 今も俺を捉えようと恐竜型の魔物が歩き回っている。


 逃げ込んだ隙間は、少しだけひらけた空間ではあるが奥には行き止まりになっていて、生き残るためにはここで救助を待つか、恐竜を倒すしかない。


「ここからどうやって生き残るんだ?」


『あなたは覚醒者として目覚め、幽精霊師として、幽霊、精霊、地縛霊、妖精、妖怪、神などの人成らざる者を仲間にすることで使うことが可能です』


「そんなのどこにいるんだ?」


『これは新たなハンターとして目覚めたあなたへのプレゼントです』


 無機質な声がプレゼントだといった瞬間に、どこからともなく、赤と青の箱が現れた。


『出現した箱の中には、あなたに従う人成らざる者を用意しました。どちらか一つを選んでください。一体はあなたに従順な可愛い精霊。もう一体はあなたを惑わす恐ろしい妖精。選んだ方を差し上げます』


 赤い箱を見つめる。何故か分からないが、強い力を感じた。

 心の奥底で、恐ろしいものに対する好奇心が湧き上がる。

 今までの平凡な人生とは違う、刺激的なものを選びたくなる。


「俺は赤を選ぶ!」


『承知しました。真っ赤に燃える炎。その形は蝙蝠の形を成して、角を生やす。おいでませ鬼火蝙蝠』


 呪文を唱えるように祝詞が明記されると、空中に火の玉が生まれ、次第にどんどん大きくなっていく。


「キシャー!」


 火の玉は巨大な蝙蝠になって、こちらを威嚇してきた。


『あなたが選んだのは、あなたを惑わす恐ろしい妖精です。残念ながらあなたは選択を誤りました。どうされますか?』


 どうされるって! こんなのどうすればいいんだ?! なんだよ! 結局妖精に食われて死ねってことか? 覚醒したのにすぐに死ぬなんて嫌だ。死にたくない。


『妖精はあなたを惑わしています。弱らせることが出来れば、あなたの味方になってくれるかもしれません』


「惑わしている? 弱らせるって言われても」


 声に導かれるように辺りを見渡す。


 吹き荒れる炎、巨大な蝙蝠に向かって、落ちていた石を投げた。


 ダンジョンならもっと都合よく武器でも落ちてろよ。


「キュウ!」


 投げつけた石で鬼火蝙蝠が怯む。


 小さな火の粉が舞い散り、蝙蝠の目が一瞬閉じる。

 

 チャンスだ!!!


 もっと石を投げ続けて、鬼火蝙蝠の動きを封じる。

 心臓がバクバクと音を立て、汗が額を伝う。


「このっ!」


 投げた石が、鬼火蝙蝠に命中して悲鳴を上げて地面に落ちた。

 大きな蝙蝠のように見えていたが、実際には小さな存在だった。


「あれ?」


『鬼火蝙蝠ランクDは弱りました。あなたに庇護を求めています。仲間にしますか? それとも殺しますか?』


 先ほどまで大きな蝙蝠に見えていたのに、今は弱々しく地面に伏している。


 なるほど、本当は小さな蝙蝠だったのに惑わして大きく見せていたのか。普通の蝙蝠と違うのは、頭の部分に角が生えているぐらいだな。


 殺されるって、俺が勝手に思ってビビっていただけってことかよ。


「仲間になってくれるか?」

「キュピ?」


 ウルウルとした瞳で見つめる鬼火蝙蝠は、小さくて守ってあげたくなるほどに可愛い。先ほどまで敵意を向けていたのが嘘のようだ。


「俺が覚醒した力の幽精霊師は、君のような人成らざる者と仲良くなるために力を使うらしい。君の力が必要なんだ。力を貸してくれるか?」

「キュピ!」


『鬼火蝙蝠があなたの申し出を受け入れました。これより幽精霊師、堂本幽ドウモトユウと契約を結びます。名を授けてあげてください』


「名前? そうだな。火のように温かい蝙蝠だもんな。ヒバチなんてどうかな?」

「キュピ〜♪」


 どうやら気に入ってくれたようだな。

 無事に鬼火蝙蝠を仲間にできた。

 ダンジョンの中で、一人だけ取り残されていたから、仲間が出来たことは正直嬉しい。


「あの、あなたは誰なんだ?」


『新たな世界へ変貌を遂げた理を司る者です。堂本幽様が覚醒者として、今後も世界の理に触れる際には語りかけさせていただきます。あなたが覚醒者である以上は長いお付き合いになることでしょう。どうぞよろしくお願いします』


 世界の理、鬼火蝙蝠のヒバチ、不思議なことばかりだ。


 未だに恐竜の魔物が歩く振動が聞こえてくる。


「ヒバチ、力を貸してくれて、ありがとう」


 覚醒者になって、ヒバチを従えたが、力の使い方がわからない。

 このまま鬼火蝙蝠を恐竜の魔物にぶつけても勝てるとは思えない。


「キュピ」

 

 ヒバチに手を伸ばすと、ほんのりと生き物の温もりを感じてホッとする。

 鬼火だと言っていたので、火傷するほど熱いかもしれないと思って少しビビった。


 フワフワとした毛並みの触り心地で気持ちいい。

 ペットを飼ったことはなかったが、こんなにも安心できるとは思わなかった。


 ヒバチは可愛くて、優しく撫でると気持ち良さそうな顔をしてくれる。


「ヒバチも生きているんだな。これから相棒としてよろしくな」

「キュピ!」


 俺がヒバチの体を撫でていると、スッと体の中にヒバチが入ってきた。


 驚きはしたが、ヒバチが体の中に入ってきてくれたことで、力の使い方を理解することができた。

 

 ヒバチと俺との間に契約が結ばれている。


「俺の中はどうだい?」

「キュピ!」


 姿を見せてくれたヒバチが俺の頬に頭を擦り寄せてくれる。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


 初めて会うのに凄く好かれているのが伝わってきて、これが《幽精霊師》として目覚めた俺の力なんだと理解できた。


「はは、不思議だな。ここに来た時には死んでもいいと思っていたのに、覚醒者になって生きたいと思ってる。それにヒバチの温もりが、生きていることを実感させてくれたんだ」

「キュピ!」


 ヒバチが体内に入って温かみを感じた。

 それと同時に鬼火蝙蝠の能力が理解できた。


「ヒバチは、火の妖精で、火を起こしたり、幻覚を見せることができるんだな。凄いじゃないか」

「キュピ!」


 俺が褒めると嬉そうに頭を擦り寄せてくれる。


 だが、蝙蝠は逆さまにしていないと貧血になると聞いたことがあるが、妖精であるヒバチは大丈夫なのかな?


『鬼火蝙蝠は、妖精ですので血液は流れておりません。大丈夫です』


 世界の理さんは、なんでも知っているんだな。


「キュピ!」

「大丈夫ってことか? それに俺の考えていることが伝わるのか?」

「キュピ!」


 はは、どうやらヒバチに向けて考えていることは伝わるようだ。

 いくつか思念の交換をしてみたが、伝わる内容は限られていることは分かった。


 ヒバチのことを考えていれば意思疎通が行える。


 だが、それ以外のことを考えていると、ヒバチは首を傾げて意思が伝わっていないことが分かった。

 

 心が読まれているというのとは、別なのだろう。


「力の使い方はわかった」


『次は実践です。魔物を討伐しましょう』


 世界の理さんの言葉に、顔が真っ青になる。

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