第13話
念動力マッサージは週末になると、ハナさんが「やりましょう」と声をかけてくれるようになったので、我が家の恒例行事になり、専属マッサージ師を手に入れてしまった。
守護霊のハナさんが一家に一人いてくれるだけでなく、家事や畑仕事、癒しまで提供してくれる。
もう、俺の体はハナさん無しでは生きていけない気がしてきた。
何よりも、ハナさんの癒しによって、相乗効果なのか仕事にもやる気が湧いてくるようになった。
ずっと思い出したくもないと思っていたサラリーマン時代。だけど、現在のゲートを管理するようになって、ダンジョンで取れた物を取引していた卸売業の実績を使わない手はないんじゃないかと思ったのだ。
ゲートから帰ってきて、収穫した肉や素材を整理して、村役場へ持っていく。そこで上条さんに定期報告をしている。
村役場で、臨時買取所をしてくれているからだ。ただ、俺が来てからダンジョンで取れる物を持っていくたびに、上条さんは書類仕事に追われていた。
「上条さん、こんにちは。今日は少しお話ししたいことがありまして」
「おお、堂本さん。こんにちは。どうぞ、入ってください」
俺は部屋に入り、机の前に座った。上条さんは書類を一旦脇に置き、お茶を出してくれる。
「今日も買取ですか? 最近のダンジョン活動は順調ですね」
「はい、おかげさまで順調です。ただ、今日は少し相談がありまして…」
俺が話を切り出そうとすると、上条さんがため息をついた。
「実は私も堂本さんに話があったんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。村役場で臨時買取所をやっているじゃないですか?」
「ええ」
「最近はそれが辛くなってきていましてね。元々、私は市役所の職員として働いていて、ここが地元なので、帰ってきて手伝っていたんですが、堂本さんが来てからは収穫物の管理や販売が多くなって、処理が追いつかなくて困っているんですよ」
「それはすみません!」
迷惑をかけているということだろうか?
「あっ、いやいや、悪いことではないんだよ。ただ、私は商売人ではないからね。相手とのやりとりが上手くいかないこともあって、言われるがままに販売するしかできなくてね。堂本さんに申し訳ないと思ってしまうんだ」
「そうなんですか? そんなこと気にしなくても」
俺は元々卸売業で働いていた経験がある。だからこそ、上条さんが話してくれたことは理解できた。
あのクソ上司が無理難題を言って、覚醒者さんに迷惑をかけることがあったからだ。
「実は、私は元々卸売業で仕事をしていました。もしかしたら、ダンジョンから取れる物を商売にする手助けができるかもしれません」
上条さんは興味深そうに俺を見つめる。
「ほう、それは心強い。具体的にどういう風に考えているんだい?」
「実は、俺の話でもあるんですが、ダンジョンから取れる肉や素材、さらには魔石などの貴重なアイテムを、私が管理して、適切な価格で販売するシステムを作りたいと思っています」
村役場に任せっきりで村に貢献できているなら、よかった。だけど、上条さんの反応から、そうは見えない。
「村内外に需要がある物をリサーチして、効率的に販売できるようにするんです。ただ、個人で商売をするためには、ハンターギルドで会社の登録が必要です。俺はこの村で会社を作りたいと考えています」
そうする事で、村に税金を多く納めるつもりだ。上条さんは少し驚いた様子で、しかし真剣な表情で俺の話を聞いていた。
「会社を作るとなると、結構な手続きと資金が必要になるよね? 大丈夫なのかい?」
「はい、承知しています。幸いにも、ダンジョンでの収穫物を売ることで、初期資金は十分に確保できています。境界村に来てから、お金を使う機会が極端に減ったので」
毎日、日々の業務に追われて、お金を使う暇もない。それなのに前の会社と違って、癒しや美味しいご飯がついてくる幸せ付きだ。
こんな良い環境を提供してくれた境界村に恩返しがしたい。
「それに元々卸売業で培ったネットワークも活かせると思います」
「なるほど、しっかりと考えているんだね。具体的にはどのように進めるつもりですか?」
どうやら反対されることなく受け入れてくれる姿勢なので、俺は計画を話すことにした。
「まずは、村外の取引先を確保するために、俺が以前働いていた卸売業のネットワークを使って取引を開始します。また、オンラインでの販売も視野に入れています。こうすることで、ダンジョンからの収穫物を最大限に活用し、村全体の収入を増やすことができると思います。肉などは新鮮で外に出すよりも、村内で取引した方が良いかと思うので、おいおいそれも考えるつもりです」
上条さんは少し考え込んだ後、頷いてくれた。
「堂本さんに任せることにするよ。村役場としても協力を惜しまない。正式に会社を設立する手続きなどを困りそうなことは手伝うよ」
「ありがとうございます。早速準備を始めますね。そこで早速お聞きしたいことがあるんですが?」
「なんだい?」
「余っている家ってありますか? それを無償で頂ければ」
「いくらでもあるよ! もしかして、移住者さん? それは嬉しいね」
「人手は多い方が良いので!」
上条さんは嬉しそうに握手を交わしてくれた。
村役場を後にして、俺は新たなビジネスプランの実行に向けて動き出した。まずは、人材の確保が大切だ。俺は昔馴染みの番号に電話をかけた。
♢
《side仙石千里》
会社に入った頃の私は本当にノロマで、学生時代も体力だけが取り柄だったから、運送業なら働けると思って入ったのに全然ダメだった。
人付き合いもあまり得意じゃなくて、おじさんばかりの会社で浮いていた。そんな時に声をかけてくれた人がいた。
「お疲れ様です」
そう言って声をかけてきたのは、おじさんたちの中ではまだ若い人だった。新卒の私には、その人が凄く大人で紳士的な男性に見えた。
「営業をしている堂本幽です」
「あっ! はい。新人の
おじさんたちが声をかけてくる時は、私の失敗を怒鳴るか、セクハラ紛いの冗談を言うためだった。
直接触れてのセクハラがないだけマシだったけど、正直勤めて半年でほとほと嫌気がさしていた。辞めてしまおうかと悩んでいたほどだ。
「はい。これ、お疲れ様です」
「えっ?」
そう言って差し出されたのは、最近発売されたダンジョンで取れる回復薬を薄めて入れた飲み物だった。ダンジョンで取れる物はどれも高くて、安い給料しかもらえない私は買えるはずもなくて、疲れていても我慢するしかなかった。
周りのおじさん達は「若いから行ける」とか言ってくるけど、私だって疲れるんだ。
「いつも無理な注文ばかりしてしまってすみません。色々とご迷惑をかけていますが、今後も会社の一員として一緒に頑張れるようにしますので、もし困ったことがあれば私に一声かけてくださいね」
それは本当に当たり前の挨拶で、気遣いをしてくれるのが普通だと思えなくなっていた私の心には沁みる言葉だった。
この職場で初めて味わう優しい言葉は、とても新鮮に思えた。
堂本先輩からもらったポーションは、すごく体が楽になって、自分の体がすごく疲れていたことを知ることになった。
だから、私は辞めようなんて気持ちになっていたんだ。
「あっ! 千里さん、お疲れ様です!」
「堂本先輩!」
それから堂本先輩は、私を見かけるたびに声をかけてくれた。
だけど、三年ほど前から、堂本先輩の上司が変わって日に日にやつれていく姿を見ていた。
堂本先輩の方がしんどそうな顔をするようになっているのを見るのは、私も辛かった。それでも私は声をかけることができなくて……。
「やぁ、千里さん。お疲れ様。はい、これ」
そう言って、いつも通り優しい先輩は私に甘い物をくれた。優しくて、変なことを言わないで、普通に挨拶をしてくれる人。
「堂本先輩!」
「うん? どうかした?」
振り返って、久しぶりに見た堂本先輩の顔は頬が痩けて、目の下にクマができて、数年前よりも痩せ細ったボロボロの姿だった。
「いえ、お互い頑張りましょうね」
「おう。ありがとう」
堂本先輩の助けになろうと頑張っていたのに、私は大きなミスをしてしまった。運ぶ商品を壊してしまったのだ。
それを電話で伝えると、堂本先輩の上司からひどく罵られた。それは人格否定されるほどに酷い言いようで、この問題が終わったら辞めると決心をした。
だけど、電話を切ってすぐに折り返しが鳴った。
電話にビクッと肩を振るわせた私は、着信相手が堂本先輩だと知って……。
「……はい」
「ごめんね。今帰ってきて、課長に事情を聞いたよ。大丈夫だよ。こちらで代わりを手配したから」
「えっ、だけど私のミスで」
「いいのいいの。普段から頑張ってくれているんだから、たまにはこちらでフォローさせてよ。いつもフォローしてもらってるのはこちらだからね。気にしなくていいからね。お疲れ様」
後で聞いた話だが、堂本先輩の上司は最悪のパワハラ野郎で、実際は大量の発注をミスっていた。それを堂本先輩がフォローをして、運転手さんたちに負担をかけていた。
それなのに、自分のミスを棚に上げて、大勢の運転手を罵っていたそうだ。
そんな一人一人に堂本先輩は頭を下げて、頼んで回っていた。
私はその時に思ったのだ。
この人なら信頼できる。この人についていこうと。
そんな先輩が会社を辞めた日、私は絶望した。
だけど、そんな堂本先輩から一緒に働かないかと連絡が来た。
飛び上がるほど嬉しい申し出に、私は心はすぐに決まった。
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