第7話

 会社から得られた退職金や、示談金は思っていたよりも多くもらうことができた。

 佐々木弁護士には感謝しかないな。


 早速、冒険者としての防具を揃えて、俺は田舎へ移住する。


 田舎への移住を決意した俺は、境界村に向かうバスに乗っていた。


 車窓から見える景色が、徐々に都会から田舎へと変わっていくのがわかる。

 バスは山道を上り、トンネルを抜けると、一面に広がる美しい風景が目に飛び込んできた。


 緑豊かな山々、大きな湖、そして広がる田畑。澄んだ空気が胸に心地よい。少し大きめの村が広がり、静かな環境が心を癒してくれる。


「ヒバチ、どうだ? ここが俺たちの新しい生活の場所だよ」

「キュピ!」


 ヒバチも興奮している様子で、窓から見える風景に目を輝かせている。


 バスは村の中心にあるバス停に到着した。降り立った瞬間、村の静けさと自然の香りが全身を包み込む。


 村の中心には古いけれど手入れの行き届いた神社があり、その周囲には木造の家々が点在している。

 

 湖畔には釣りを楽しむ人々や、小さなボートが浮かび、田畑では農作業をする人たちの姿が見える。


 道端には四季折々の花が咲き誇り、鳥のさえずりが心地よいBGMとなっていた。


 バスを降りると、目の前には村役場があり、ここで移住手続きを行う予定だ。


「ここが境界村か…想像以上に素晴らしい場所だな」

「キュピ!」


 ヒバチも興奮しているようで、バスから降りた途端に飛び回り始めた。

 村の空気を胸いっぱいに吸い込み、これから始まる新しい生活に思いを馳せる。


 確かに都会に比べれば、商店や娯楽は少ないかもしれない。

 だけど、都会で見えていた黒いモヤは存在しない。


「まずは役場で手続きを済ませないとな」


 大きな木製の扉を開けて中に入ると、温かい雰囲気の職員たちが迎えてくれた。


「ようこそ境界村へ。堂本さん、これからよろしくね」

「はい! これからお世話になります」


 受付で手続きを進める間、ヒバチは興奮して周囲を飛び回っている。

 窓から見える風景や、役場の中に飾られた地元の写真などが新鮮に映る。


「ヒバチ、ここでの生活が楽しみだな」

「キュピ!」


 役場の職員から移住の手続きや必要な情報を受け取り、村での生活を始める準備が整った。


「さあ、これからが本番だ」


 新しい環境に身を置きながら、俺は新しい生活への期待と希望で胸を膨らませた。


 ふと、目を閉じると移住する際に見た広告が浮かぶ。


 ♢


「田舎に移住しませんか? 過疎化した土地はあなたの移住を待っている! 移住を考えてくれる人には、家、土地、庭、畑、ダンジョンをお付けします(但し条件あり)」


 田舎移住計画の宣伝広告に書かれていた通り、境界村に広告が事実なのか問い合わせると、家、土地、庭、畑、ダンジョンを本当に無料でもらうことが出来た。


 黒塗りの屋根に立派な土の壁。


 木製の門から敷地内に入ると、五百坪の土地と百坪を使って建てられた立派なお屋敷。さらに美しい日本庭園と、作業が行える小屋と倉庫。車は十台は停められそうな駐車場。


 全て田舎移住計画でもらえるものだ。


 自分の好きな物を作る畑が家の前に広がっていて。


 裏には、二つの大小の山があり、大きな山はゲートが開いていて、ダンジョンになっている。


 俺は専属覚醒者として、ゲートの管理人になる代わりに権利をハンターギルドから承認された。


「これが全てプレゼント?」


 村役場に挨拶にいった後、屋敷を見せられて唖然としてしまった。

 

「ああ、そうだよ。これが全て堂本さんの所有物になる。ただ、移住計画を行うための条件と資格のことは覚えているかい?」


 村役場の職員である上条さんに問いかけられて、俺は屋敷の中へ足を踏み入れた。


 全てを手に入れるための資格と条件……。


「はい! 覚えています! 私は覚醒者として、能力に目覚めています」


 そう、ハンターとしての資格を持っていることだ。


 そして、家の裏にある山にゲートがある。


 最低ランクのブルーゲートではあるが、魔物が溢れないように管理をすることだった。


 そして、もう一つ。


「いらっしゃいませ。あっ、上条さん」


 屋敷の玄関を開けると、割烹着姿の美しい女性が出迎えてくれた。彼女は白髪で白目、白い肌を持つ、その美しさは目を引くものだった。


「どうも、ハナさん。今日はこちらの方をお連れしました」

「はっ、初めまして! 堂本幽と申します」


 上条さんに紹介されて、緊張から自己紹介をしてしまった。


「あっ、見えているんだね。まずは資格があるようだ。それで? どうだい?」

「えっ?」

「いや、ハナさんだよ。怖くないかい?」


 何を問われているのか、最初はわからなかった。

 

 向こう側が見えてしまうほどに透き通った白い肌。

 美しいお顔に、割烹着姿でもわかる二つのお山。


 さらに下に視線を向けていくと、足がない。


「あ〜、幽霊さんなんですか?」

「幽霊とは少し違うのですが……」


 少し困った顔をしたハナさんが上条さんを見た。


 後で聞いた話だが、上条さんは見えてはいるが、ぼんやりと揺らめいていて完全にハナさんの姿が見えなくて不気味なのだそうだ。


 これも幽精霊師の力があるからなのか?


「どうやら恐怖は感じていないようだね。こちらはハナさんだ。この屋敷を管理している地縛霊で、彼女が見えていることが資格の一つだ。彼女と同居することがこの家を差し上げる条件でもある。どうだい?」


 どうだいと言われても美しい地縛霊さんだとしか思わない。むしろ、地縛霊を見るのは初めてだが、俺の幽精霊師との相性は最高だ。


 こんな綺麗な人と同居して、俺の方がいいのだろうか?


 もしかしたら共に歩む道もあるんじゃないか?


「あっ、あの。堂本幽って言います。年齢は三十歳です。血液型はAB型で、身長は百七十四センチです。体重は五十〜五十五キロの間を行ったりきたりしています! こちらに引っ越して来たいのでどうぞよろしくお願いします! 仕事はこちらでハンターとして狩りと管理をしながら頑張ろうと思います」


 俺の言葉にハナさんが驚いた顔をしていた。


 引かれたかと思ったが、ハナさんは笑顔になってくれた。


「ふふ、これはこれはご丁寧に自己紹介ありがとうございます。改めまして、私は地縛霊のハナと申します。この堂本さんに譲歩される敷地内でしか動くことができないのです。ですから、お屋敷で暮らす堂本さんのお世話をさせていただきたいのです」

「俺のお世話ですか? どういう?」


 ちょっとドキドキしてしまうのは、男の性というやつだな。幽霊だから触れ合えないのはわかっているが、それでもハナさんを見ているだけで幸せだ。


「そうですね。家事全般とお庭、それに畑の手入れですね。あとはゲートから魔物が出てきた時にはお知らせできます! 多少なら戦うこともできるでしょうね。ですから、監視などもお手伝いさせていただきます」


 家に憑いた最高に美人な家事をやってくれる地縛霊付きの一軒家!!! 


 夢のマイホームじゃないか?!


「どうぞよろしくお願いします!!!」

「ふふ、はい。こちらこそです」


 マジかっ?! 幸せすぎる?! 田舎に引っ越しできるだけじゃなく、美人で優しい雰囲気のお手伝いさんが着いてくるとか?! 最高過ぎる!!!


「堂本さん、あんた怖くはないのかい?」

「えっ? 何がですか?」

「いや、ハナさんの見た目はぼんやりとしていてだな」


 こんなにも美しい人を見れないなんて人生の半分を損していると思う。


「ハァ〜まぁいいや。それで? 移住先の家はここで大丈夫かい?」

「もちろんです! 今日にでも引っ越したいぐらいです」


 ちょっと食い気味に上条さんに返事をしてしまった。

 それぐらい素晴らしい家だ。

 ハナさんと暮らす共同生活が楽しみで仕方ない。


「こっちの方は構わないが、あんたはいいのかい?」

「仕事は辞めるつもりですが、もう少しだけ時間がかかるので、徐々にですが、拠点をこちらに移させてください」

「わかったよ」


 上条さんは俺の意向を聞いて、ハナさんが受け入れたことで手続きをしてくれた。


 田舎移住計画の下見に来た日、境界村への移住を即決した。


 三十歳の独身男で縛られるものはもうない。

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