第8話

 都会の喧騒を離れ、購入した軽トラックに荷物を積み込み、俺は新たな生活を始めるために田舎の境界村へと向かった。


 四時間ほどの運転で到着するので意外に近い場所にあるのだが、境界村に到着すると、見渡す限りの緑が広がり、澄んだ空気が肺に心地よく染み渡った。


 東京に置いて来た全ての荷物を取りに戻って、今日で完全に都会とはさよならする。


「ふう、これで最後だな」


 山をくり抜いて作られたトンネルを抜けた先には、境界村が見渡せる丘があり、山に囲まれた村が広がっていた。


 丘から走ること三十分ほどで、村のはずれにある古風な和風建築の家が見えてくる。

 手入れが行き届いており、まるで時間が止まったかのような静寂と美しさがあった。


 車を止めるために裏に回って駐車場から敷地に入っていく。

 倉庫と作業小屋があり、屋敷近くまで車を進めていくと綺麗な中庭が見えてくる。


「ふぅ、先に花さんに挨拶をして、荷物を下ろしていこう」


 屋敷の中に入ると広々とした畳の部屋、手彫りの欄間、障子越しに差し込む柔らかな日差し。和室からは美しい日本庭園が一望でき、その庭には小川が流れている。


「ハナさん! 堂本幽、本日よりお世話になります!」


 玄関に入って、大きな声で挨拶をする。

 壁を抜けて美しい女性が現れた。


「お帰りなさい。ユウさん」


 お帰りなさい!!!! 


 久しぶりに誰かにお帰りなさいって言われて、胸の奥が熱くなる。

 バスで何度か、行ったり来たりをしていたが、ハナさんに「お帰りなさい」と言われるたびにジーンと感動してしまいます。


 そんな俺を見て、ハナさんが困ったような顔をする。


「どうかしましたか?」

「いえ! ただいま帰りました。えっと、ユウさんって?」

「一緒に住むので、お名前の方が良いかと思って、お嫌でしたか?」

「全然嫌じゃないです!!! むしろ、嬉しいです!」

「ふふ、ユウさんは相変わらず面白いですね」


 ハナさんが、笑ってくれるだけで嬉しくなる。


 引越しの片付けを始めると、ハナさんがすぐに手伝ってくれた。

 ハナさんは、この家の地縛霊として全ての管理をしてくれる。

 俺がここに住むことも歓迎してくれた。


 彼女の力でダンボールがふわりと浮き上がり、あっという間に部屋に運ばれていく。超常的な力を目の当たりにしながらも、その手際の良さに感謝せずにはいられない。


「ハナさん、凄いですねえ!」

「地縛霊ですから、荷物を運ぶのもお手のものです。中庭や畑も私が手入れしているんですよ」


 屋敷に広がる100坪ほどの中庭、そして、屋敷の前に用意された1000坪の畑を全てハナさんが手入れしてくれていると聞いて唖然としてしまう。


 ハナさんの能力


【浮遊】:幽霊として常に浮いている。空高くも飛べるが敷地内だけ。

【念動力】:物や人などを動かすことができる。

【壁抜け】:家の中は扉が無いのと同じで、壁をすり抜けられる。

【透過】:休憩する時は、自分の体を見えなくすることができる。

【家事全般】:料理、掃除、裁縫、洗濯、なんでも出来る。テレビも見ているので、最新家電の知識や、料理のレシピも豊富。

【庭の手入れ】:格式が高い日本庭園を作れるほどの凝った性格。

【畑の手入れ】:土やその時に合わせた畑の管理。

【ゲート管理】:ゲートがある長山から、畑までの範囲は、ハナさんの守護範囲に入り、そこで起きた異変を察知できる。


 他にも細かな能力があるらしいが、守護霊としてハナさんが凄い!


「ハナさん、有能過ぎです!」

「えっへんです」


 割烹着姿の美女が大きな胸を張る姿は、とても可愛い。


「これから頼りにさせていただきます」

「はい! ですが、私は魔物を倒せませんので、ユウさんも頑張ってくださいね」

「それは任せてください。ヒバチも手伝ってくれますから」

「キュピ!」


 名前を呼ぶとヒバチが嬉しそうな声をあげて屋敷の中で飛び回る。


「ふふ、ヒバチちゃんも可愛いです」


 荷物の運び入れが終わり、自分で持ってきた物は服以外だとパソコンだけだった。


 家具や電化製品は村が用意してくれていた。

 村全体で新しい住民を歓迎してくれる温かさに胸がいっぱいになる。


「ハナさんのおかげで、すぐに片付けが終わってしまいました」

「よかったです。夕食の準備をしちゃいますね。引っ越し蕎麦を作ります!」


 張り切るハナさんも可愛い。


「お世話になります!」

「はい! ユウさんのお世話をさせてもらうって言ったじゃないですか、家事の全ては任せてください!」

「本当にハイスペック過ぎです!」


 俺はハナさんに夕食をお願いして、上条さん引っ越しが完了したので挨拶に向かうことにした。


 隣の家などは遠く離れていて、ただただ広い村の道路を軽トラックで走る。


 上条さんは村役場に勤めている。

 境界村へ移住する手伝いをしてもらった。


「ようこそ、境界村へ。堂本さん、ここでの生活が気に入ってくれると嬉しいです」

「ありがとうございます。都会の喧騒から離れて、ここでの生活を楽しみにしていました」

「それは良かった。さっそくですが、紹介したい人がいます。彼らも覚醒者で、ここで一緒に働く堂本さんの仲間になってくれるでしょう」


 上条さんに村役場の裏手に連れて行ってもらうと、二人の老人がいた。


 一人は小柄なお婆さんで農作業用の服を着ていた。

 もう一人は白髪の髪から想像もできないほど筋骨隆々としたお爺さんだった。


「この二人は小田さんご夫婦で奥さんマツさんと、旦那さんのノブヒデさんだよ。二人とも覚醒者として長年この村を守ってくれているんだ」


 そう言って紹介された高齢者のお二人に、俺はただならぬ気配を感じて緊張する。


「初めまして、堂本幽です。新米ですが、冒険者として境界村のダンジョン管理を任されることになりました。どうぞよろしくお願いします」

「そうかそうかあんたが堂本さんかい。これから一緒に頑張ろうね」


 マツさんが笑顔で手を差し出してくれた。

 その手はしわくちゃではなく、綺麗な手をしていた。


「うむ。堂本幽か、ワシはノブヒデじゃ。よろしくな」


 ノブヒデさんも力強く握手をしてくれた。


「まだまだ修行が足りんな」

「えっ?」


 俺の手を握ったノブヒデさんの言葉が気になったが、握手が終わるとお二人は軽トラックに乗って去っていく。


「お二人は農家をされながら、覚醒者として働いているから管理までは行き届いていなくてね。若い堂本さんに期待してるよ」

「はい!」 頑張ります!」


 俺はお三方に挨拶を終えて、他にも引っ越しの挨拶を兼ねて、家々を回って引っ越しお土産を配って回りながら顔合わせをしていった。


 皆さん優しい人で、俺を快く出迎えてくれる。


 若い人は数名だけだったが、それでも歳が近い人もいて、これから色々と教えてもらえそうだ。


 都会では得られなかった安らぎと充実感に満ちた毎日が、ここ境界村で始まったことを実感する。


 ♢


「ユウさん、朝ですよ〜」

「ふぇ?」


 目を覚ますと割烹着姿の美人が、俺を覗き込んでいた。


「えっ! あっ」


 そうか、俺は一人暮らしから、境界村に引っ越してきたんだ。


 朝になって、ハナさんの優しい声で目を覚ます。


 贅沢すぎる。和服美人の彼女が起こしてくれるなんて、まるで夢のような生活だ。


「おはようございます、ユウさん」


 そう言って微笑んでくれるハナさん。


「おはようございます、ハナさん」

「顔を洗ってきてください。朝食の用意ができてますよ」

「はい!」


 俺は朝の用意をして、キッチンへ向かう。

 キッチンから、カウンターテーブルに朝食の和定食が並んでいた。


 炊き立てのご飯。

 わかめと豆腐のお味噌汁。

 焼き魚。

 昆布の佃煮。

 切り干し大根。


 しっかりとした朝食に、感動してしまう。

 こんな食事をするのは何年ぶりだろう。


「美味しいです!」

「ふふ、よかったです。おかわり、ありますよ」

「お願いします!」


 朝からしっかりと食事をとって庭に出ると、澄んだ空気と美しい風景が広がっている。隣接する山々からは鳥のさえずりが聞こえ、自然の音が心地よい。


 村の人々も親切で、心穏やかに過ごせている。


「これから頑張るぞ!」


 俺は気持ちを新たにゲートに挑む!


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