第9話

 家の外に出れば、初夏の暑さと、山間にあることで空気が澄んでいて暑さの中に涼しい空気が通り抜けていく。


 覚醒者として、初心者である俺は退職金を使って装備を整えた。と言っても、いきなりどんな装備を揃えればいいのかわからなかったので、軽くて丈夫な革の防具一色を身につけ、丈夫なアーミーナイフを購入した。


 アーミーナイフなんて、使ったことはないので戦い方は全くわからない。

 魔物が出てきたら、ヒバチの力を頼りにするしかない。


 ブルーゲートは屋敷の裏にそびえる双子山の内、大きい方の山が全てダンジョン化している。


 この山は、村の生活にとって重要な資源でもあり、同時に危険な場所にもなっている。もしもダンジョンブレイクが起きて、ゲートから魔物が溢れ出せば、村人が襲われてしまうからだ。


 ゲート内には、魔物化した動植物が数多く生息しており、村の人たちはこのダンジョンと向き合いながら生活しているというわけだ。


 俺は、定期的にダンジョンに入って魔物を狩りながら、ダンジョンブレイクが起きないように魔物数を減らす間引きをすることが、管理人として仕事の一つになる。


 さらに、ゲートの中で採れた物は全て俺の所有物で、ハンターギルドや会社に販売することが可能だ。


 つまりは、ダンジョン産の商品売買権を持っていることになる。


「うーん! 山っていうだけで野生に帰った気分になるのは、短絡的だと思うが、それでも嬉しいと思う自分がいるな。ヒバチ、今日は初めてだから魔物を見つけて狩れるよう頑張ろう!」

「キュピ!」


 ヒバチの力を借りて、俺は魔物狩りを始めた。

 最初に出会ったのは、魔物化した猪だった。

 全身を黒い毛で覆われ、目は赤く光り、鋭い牙を持っている。


《おはようございます、堂本幽》


「世界の理さん。今日もよろしくお願いします。あの魔物はなんですか?」


《ブラックボアですね。ランクはDです》


 魔物の情報は世界の理さんが教えてくれるから助かるな。


「ヒバチ、火の球だ!」


 ヒバチはランクDの魔物で、戦い方は火を使う。

 森で火事を起こすことを心配していたのだが。


《この森は異空間ですので、現実世界に影響はありません》


 ということで、火の魔法も使い放題で安心した。


 ヒバチが体を炎に変えて、猪の魔物に火の玉を飛ばす。

 怯んだ猪の魔物に攻撃を加えようとするが、俺はアーミーナイフをどう扱っていいのかわからず、ただ近づいて突き刺した。


「これで一匹目だな」


 アーミーナイフはハンターギルドで買ったこともあり丈夫だった。


 猪の魔物を一突きしても、刃が欠けることはない。


 ただ、狩ることには成功したが、次に待っているのは解体だ。

 どうやって猪の肉を捌けばいいのかわからない。

 ナイフを手に取り、試行錯誤してみたが、全くうまくいかない。


「どうしたものか……」


 その時、遠くから足音が聞こえ、小田ノブヒデさんが現れた。


「小田さん!」

「むっ! 堂本君だったか? どうしたんだ?」

「実は、初めて猪の魔物を狩ったのですが、解体の仕方がわからなくて、これならNew Tubeで勉強してくればよかったです」

「初めてか、なら解体を見て覚えなさい」

「えっ? いいですか?」

「初めてでは難しいだろう。それにそのナイフじゃ、こいつの太い体を捌くのに苦労するぞ。見てるんじゃ」


 小田さんはナタを手に取り、猪の肉を見事に捌き始めた。

 その手際の良さに、俺はただ感心するばかりだった。


「こんな感じで捌くんだ。どうじゃ?」

「凄いです、小田さん! どうか、俺に鉈の使い方を教えてください!」

「うん? 弟子入りしたいということか?」

「はい! 俺には使役している魔物がいるんですけど、やっぱり自分でもちゃんと戦えるようになりたいんです!」


 アーミーナイフよりも大きな鉈を軽々振り回すノブヒデさんは、年齢を感じさせないほどカッコよかった。


 職人とか、狩人というような言葉が似合う姿に憧れる。


「よし、いいだろう。これから毎日、ワシと一緒に修行するんじゃ。余っている鉈も分けてやる」

「ありがとうございます!」


 俺は小田さんに弟子入りした。


 見事なナタの使い方や、肉の捌き方を学ぶことになった。



 俺は小田さんご夫婦と仲良くなり、マツさん、ノブヒデさんと呼ぶようになった。


 ノブヒデさんの指導を受けるようになり、鉈という武器について学ぶことになる。


 鉈の基本的な使い方は、木に対し刃を斜めに当てて繊維方向にくい込ませて切るという感じで使う。


 右利きの場合、右上から左下に振り下ろして使うのが基本になる。

 

  振り下ろすとき左足は後ろに引いて、 左足を前に出しているとスパッと木を切ったとき勢いあまって自分の足を切る可能性があるからだ。

 

 この基本的な動きをイメージすることで、鉈は重さを活かして敵を切り裂くことに応用できるとノブヒデさんが教えてくれた。


「ユウくん、鉈の基本を教えるぞ。まずは構えじゃ。鉈は刀のように振るのではなく、その重さを利用して切るんじゃ。重心をしっかりと保ち、無駄な動きをしないことが重要じゃな」


 ノブヒデさんの筋骨隆々な体は鉈を振り回すことで鍛えられたことが窺える。


 最初に持った際に、鉈の重みに驚いた。

 アーミーナイフよりも遥に重くて、これを使って戦えるのかと疑ってしまったほどだ。


 鉈の構えから、見本の動きをしてくれるが、ノブヒデさんの動きは滑らかで、力強く、無駄が一切なかった。


「まずは基本の構えじゃ。鉈を持った手は前に出し、体重を後ろ足に乗せる。こうすることで、振り下ろす際に力を効率よく伝えることができるのじゃ」


 ノブヒデさんの真似をして、鉈を構える。


「次に、振り下ろし方じゃ。鉈の重さを利用するために、手首のスナップを使う。力を入れるのは振り下ろす瞬間だけじゃ。それ以外の動きはリラックスして力を抜くのじゃ」


 ノブヒデさんが鉈を軽く持ち上げ、手首のスナップを使って素早く振り下ろす。

 その動きは一瞬で、目にも留まらないほど速かった。


「やってみろ、ユウくん」


 同じように鉈を持ち上げ、手首のスナップを意識しながら振り下ろした。

 しかし、鉈の重さに振り回されてしまい、上手くいかなかった。


「まだ力が入りすぎているな。鉈の重さを信じて、もっとリラックスするんじゃ。力を入れるのは一瞬だけでいい」


 ノブヒデさんが俺の手を取り、正しい動きを教えてくれる。

 その指導は的確で、俺は少しずつコツを掴んでいった。


「次は、連続して振る練習だ。一回だけでなく、連続で鉈を振ることで、体に重さを慣らしていく」


 ノブヒデさんが連続で鉈を振り下ろす見本を見せてくれる。

 途切れることなく鉈が振り回す姿は、付け入る隙がないほどに強そうに見えた。


 年齢を聞いた時は驚いたが、七十歳を超えているとは思えない若々しい姿は、まるで舞を踊っているかのようだった。


「やってみろ、ユウくん」


 同じように連続して鉈を振る練習を始めた。

 最初は重さに振り回されて、全然ダメだった。

 

 単純に、筋力が足りていない。


 それでも、毎日続けてノブヒデさんの指導を受けたおかげで、徐々に動きが滑らかになっていく。


「いいぞ、その調子だ。次は、鉈を使って防御する方法じゃ」


 鉈を持った手で敵の攻撃を受け流し、そのまま反撃に転じる。

 その動きは一連の流れで、無駄が一切なかった。


「防御も攻撃も、鉈の重さを活かして行うんじゃ。力を入れるのは一瞬だけじゃ。鉈の重さと体の動きを連動させるんだじゃ」


 俺はノブヒデさんの見本を忠実に再現するように、防御と攻撃の練習を始めた。

 

 これまでの人生で、鉈の使い方など練習することがなかった。

 初めて使う、武器という存在を体に馴染ませていく。


 それはとても新鮮なことで、覚醒者として成長している実感が持てた。


「いいぞ、ユウくん。その調子で続けるんじゃ」


 ノブヒデさんは褒めて伸ばす指導をしてくれるので、その言葉に励まされながら、俺は鉈の修行に励むことができた。


 小田家では、薪を使った窯もあるので、斧ではなく、鉈で薪を切る練習もさせてもらった。


 毎日の修行を通じて、少しずつ鉈の使い方を身につけていく。


 ヒバチの力と、ノブヒデさんの指導を受けながら、俺はゲートに入って実践を繰り返す。そんな生活に少しずつ慣れていった。


 毎日が新しい発見と学びの連続で、都会では得られなかった充実感がここにはある。


「ヒバチ、お疲れ様。今日もありがとう」

「キュピ!」


 ダンジョンに入って魔物を倒し、ノブヒデさんと修行をして汗を流す。

 家に戻ると、ハナさんが迎えてくれて、彼女の笑顔と温かいご飯が、俺の疲れを癒してくれる。


「お帰りなさい、ユウさん。今日はたくさん収穫できましたか?」

「はい、おかげさまで。これからも頑張ります」

「ふふ、それは良かったです。さあ、温かい夕食をどうぞ」


 俺の新しい生活は都会では得られなかった安らぎと、充実感に満ちた毎日で、心から楽しんでいる自分がいた。

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