第10話

 ゲートの入り口を通り抜けると、薄暗い光の中に無数の木々と草木が生い茂るダンジョンが広がっている。


 一気に空気を吸い込むと森の香りがして、ここが自分の仕事場なんだと改めて実感する。


 不思議な気分だ。


 大勢の人の中にいて、喧騒と忙しさが生きているという実感だと思ってきた。

 だけど、田舎に来て、ハナさんやマツさん、ノブヒデさんと、何かに打ち込んでいる時間が充実して感じられる。


「キュピ!」

「ヒバチ、ありがとう」


 相棒のヒバチが魔物の到来を告げる。


 まだ、魔物と戦うことは怖いことだ。

 だけど、毎日戦っていると慣れてくるもので、鉈を振るって、ヒバチに指示を出す。


 修行の成果を実践で披露することが喜びになって、自分が強くなっているのが感じられる。


「戦いなんてしたことなかったはずなのに、覚醒者って凄い。体が自分が思っている通りに動く」


 運動が得意というわけじゃなかった。

 だけど、覚醒者として力を得てから一つ一つのことが、やろうと思って積み重ねると行えるようになっていく。


「キュピ!」


 全身を青白い光で覆われ、鋭い角を持っている。

 黒い毛並みの猪が突っ込んでくる。


「ヒバチ、火の矢!」


 ヒバチが炎の矢を作り出し、猪の魔物の突進を止めて、先制攻撃を仕掛けた。


 俺は鉈をしっかりと握りしめ、その重みを利用して、猪を一刀両断する。

 ノブヒデさんの教えを守るだけで、俺は強くなった。


「ふんっ!」


 猪の魔物の背後から体重を後ろ足に乗せ、鉈の重さを利用して振り下ろす。

 手首のスナップを効かせることで、鉈は鋭く猪の体を切り裂いた。

 力を入れるのは一瞬だけ、ナタの重さを信じてリラックスする。


 猪は一瞬で倒れ、その場に崩れ落ちた。


「やった、成功だ!」


 鉈を使って魔物を倒すことに達成感を味わい胸が高鳴る。


「次は解体だな」


 ノブヒデさんが解体していたのを思い出す。


 猪の魔物の首を刈って血抜きを行うために吊るして、その間に皮を鉈で剥いていく。


 覚醒者として目覚めたことで、力は強くなっていた。

 ここでも無駄な力は抜いて、ほんの少しの力でスーッと切れ込みを入れて、血抜きした肉を捌いていく。


 動きは一連の流れで、無駄を省く。


「やっぱりノブヒデさんはすごいな。無駄のない動きだったのに、俺はまだまだだ」


 ノブヒデさんに教えてもらった猪の解体を続けながら、肉の切り方、骨の外し方、内臓の取り出し方、全てが丁寧に教えられたことを忠実に再現するために、頭の中で思い出しながら実践する。


 ノブヒデさんの姿はまさに職人の域で、感動してしまう。


「この部分は柔らかいから、こうやって丁寧に取り出すんだったな。焦らずに、確実にいこう。最後に魔石を繰り出して、完成っと」


 三体の猪を倒して、解体を終えたところで少し休憩をすることにした。


 猪以外にも、兎の魔物やキノコに足が生えた魔物を目にした。

 鉈で仕留めながら進んでいく。ノブヒデさんの指導を守り、実践で使うことで、動きが少しずつ滑らかになってきた。


「うん? 今のはなんだ?」


 物凄いスピードで通り過ぎる影が見えた。


 強い魔物かもしれないと警戒を強めていると、巨大な魔物化した熊が現れた。

 その体は岩のように硬く、目は赤く光り、牙は鋭く尖っている。


 今まで出会った魔物よりも、動きが鋭くて強い!


「ヒバチ、火の玉!」


 ヒバチが火の玉を作り出し、熊の魔物に向かって飛ばす。

 しかし、熊の魔物はその一撃を受けても動じない! こちらに向かって突進してきた。


「ヒバチ! 避けろ!」


 ヒバチと共に横に飛び退くが、熊の魔物は再び突進の準備をしている。

 だが、その熊の魔物が動きを止めて、その額に槍のような筒が刺さっていた。


「すまんすまん。ちょっと取り逃してもうたわ」


 人の声がして、俺たちの後ろから、袈裟を纏ったお坊さんが現れた。


「えっ?」

「うん? ノブヒデさんかと思ったら、初めて見る顔やな。あんた誰や?」

「あなたこそ誰ですか?!」

「そやな。人に名前を尋ねる時は自分からやな。ワイは、境界村の神社で責任者をしてます。難波一宋ナンバイッソウ言います」


 関西弁で話すお坊さんが、冷静に挨拶をしてくれたことで、こちらも気持ちが少し落ち着いてきた。


「えっと、俺はこの度、境界村に引っ越してきて、ゲートの管理をすることになりました。堂本幽です」

「ああ〜聞いとる聞いとる。管理人さんかいな。それはえろう、すまんことをしたな。ワイは境界村の中心にあるお寺の坊主をしてます。ただ、元々冒険者やねん。だから、朝のお勤めを終えたら、魔物狩りを手伝っとってん。これからよろしゅうな。ワイのことはイッソウでええよ」

「えっと、俺もユウで」

「はは、よろしゅう!」

「はい! よろしくお願いします」


 なんだか圧倒されてしまうが、イッソウさんは悪い人ではなさそうだ。

 握手を交わして、自己紹介したことで、親しみが持てた。

 ただ、握った手は大きくて固かった。


 年齢を聞くと、俺の一つ上だったので、境界村で出会う歳の近い人だ。


「ふんで? なんで妖怪がここにおるん?」


 ギロリと雰囲気が変わるほどの圧を放って、ヒバチを睨むイッソウさん。

 俺は先ほどの悪い人ではなさそうという言葉を撤回する。


「ヒバチは俺の使い魔です!」

「ああ、そういうことかいな。これまたすまん。坊主という仕事がらな、魑魅魍魎共との戦いがあるんや。ゲートが出来てからは境目がのうなってしもうて、色々と困ってるんや。せやから、妖怪や魔物は許せへんって思うようになってな。堪忍やで。悪い子やないなら問題あらへんから」


 一瞬だけ見せたイッソウさんの威圧は、ノブヒデさんよりも遥かに強い気配がした。熊の魔物を一撃で倒したことからも相当な手練れなんだろう。


「よかったです。あの! まだ覚醒者になって三ヶ月ほどなんです。色々とわからないことが多いので、教えてもらえると嬉しいです」

「ええよ。普段はお寺におるわ。客なんてほとんど来うへんから、いつでも声かけて」

「はい! ありがとうございます!」


 全身に汗がびっしょりになり、心臓が激しく鼓動している。

 ヒバチが心配そうに俺の周りを飛び回る。


 イッソウさんと別れた後も、緊張が抜けなかった。

 だけど、物は考えようだ。

 心強い味方だと思えば、むしろイッソウさんがいてくれてありがたい。


「ありがとう、ヒバチ。もう大丈夫だよ」

「キュピ!」


 魔物を倒した後、熊の解体を見せてもらった。

 手際よく作業を進めていた。


 解体した肉と魔石をリュックに詰めて、ダンジョンを後にした。


 イッソウさんという強者に出会ったことで、自分がまだまだであることを思い知らされる。


 ただ、鉈を振って魔物を倒すことには、達成感が胸を満たしていた。


「覚醒者になったんだって実感が持てたな」


 ノブヒデさんの指導とヒバチの力があれば、これからもゲートを管理する生活を乗り越えていける気がする。


 熊の魔物と戦った時のように、まだまだ経験不足で慌てることもあるから、それは今後の課題だな。


 家に戻ると、ハナさんが迎えてくれた。

 彼女の笑顔と温かいご飯が、俺の疲れを癒してくれる。


「お帰りなさい、ユウさん。今日はたくさん収穫できましたか?」

「はい、おかげさまで。今日は鉈で十匹ほど魔物を倒したんです」

「それは凄いですね。お疲れ様です。さあ、温かい夕食をどうぞ」

「はい!」


 ハナさんが用意してくれる夕食を取りながら、一歩一歩成長していく自分を実感できた。

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