第4話

 ゲートの外に出たところで、スマホが震える。


 上司の名前が表示されていた。


「はい」

「幽霊野郎!? 一日経っても音信不通とはいい度胸してるじゃねぇか!! 二日も無断欠勤しやがって、会社にどれだけの損害を出したのかわかってるんだろうな!!」


 スマホから聞こえてくる怒声と嫌味は、いつものことだ。

 俺は耳が痛くなるので、スマホから少し離して声だけを聞くことにした。


「ニュースを見ておられないのですか? ゲートの出現に巻き込まれまして、救出されたばかりなんです」

「ふん! そんな宝くじに当たるよりも確率が低い嘘をつくんじゃねぇ! どうせ嫌気が差して逃げようとしていたんだろう! 仕事を放り出す奴は賠償責任を問うことになると思え! いいな!」


 好き勝手に怒鳴り散らして、電話を切られた。


 先ほどまでいた非現実から現実に引き戻されたというよりも、どうしてこんなにも酷いことを言われていて、今まで平気だったのだろう。


 先ほど、会社を辞める決心をしたが、ますます嫌気が差した。


「はは、凄い上司さんですね」

「あっ! 超ハンター!」

「ごめんなさい。凄い声だったから聞こえちゃって。う〜ん、覚醒者として後輩である堂本さんに助け舟を出そうかな」

「助け舟?」

「これ、私の名刺」


 そう言って差し出された名刺には、大型クラン【桜】のマークと、ダンジョン攻略組チーフ・超美里という記入がされていた。


 俺も代わりに会社の名刺を渡して、名刺交換を行った。


「私ね、高ランクハンターとして、名前が売れているから私の名刺を見せれば、冒険者ハンターギルドから優秀な弁護士さんを雇えると思うよ。良い弁護士さんをつけて、そんな会社にはキチンと対応した方がいいよ。それじゃね」


 そう言って、超ハンターは颯爽と立ち去っていった。


 俺は救出してくれただけでなく、力添えをしてくれた超ハンターに心から感謝して、深々と頭を下げた。



 無事に家に帰り、テーブルに超ハンターの名刺を置いた。

 荷物を確認して、スマホの画面を見れば、108件の不在通知が目に入る。

 ほとんどが上司のもので、数件の取引先と同僚の名前を見つけた。


 スマホの画面には、ネットニュースに遭難者の名前が載っていて、俺の名前もあった。


 どうやら死亡者も出るほどの大規模な事件だったようだが、無事に帰ってこれたことに心から安堵する。


「千里さんにも迷惑をかけたな」


 数件の同僚の中で、唯一自分をちゃんと心配してくれそうな後輩の名前が履歴に残っていた。


 仙石千里センゴクセンリさんは、運送を担当している後輩で、五つほど下の女性社員だが、仕事で助けてくれる良い相棒だ。


「メッセージを入れておくか」


 俺は千里さんにゲートに巻き込まれたことや、覚醒者になったことを簡潔に説明して送った。


 すぐに折り返しの電話が鳴る。


「もしもし?」

「先輩! 無事なんですね!」

「ああ、心配をかけたな」

「本当に心配しました! とうとう先輩が仕事に嫌気が差して逃げたのかと思いました」

「ハハ、そうだよな」


 上司と同じことを言うので、乾いた笑いが漏れてしまう。


「もしも、仕事を辞めるなら千里に伝えてから辞めるよ」

「そうですよね! うん。やっぱり先輩だ」


 心から心配してくれている唯一の相手に、俺も気を許して話をすることができる。


「ああ、実はメッセージでも送った通り、俺はゲートに巻き込まれて覚醒者になった。だから、会社を辞めようと思う」

「!!!」


 千里から息を呑む声が聞こえる。


「……やっぱりそうなりますよね」

「ああ、もうあの会社にしがみつく理由はない」

「わかりました。今までお疲れ様でした」

「まだ、いつ辞められるのかわからないが、残りの仕事はキッチリしてから辞めるよ」

「先輩らしいですね」


 彼女の声も疲れているが、心から安堵してくれているのが伝わってくる。


 電話を切った後も、 興奮して寝付けなかった。

 疲れているはずなのに、ダンジョンの中で、相当寝入ってしまっていたのかもな。


 起きる時間である五時まで二時間ほど、俺は眠るのを諦めて、ゲートやダンジョン、そして覚醒者についてスマホで調べることにした。


 調べられる内容は記憶と大して差はなかった。


 ゲートやダンジョンは世界に溶け込んで、天災の一種として扱われ、ダンジョンの中で取れる鉱物が取引されている。


 目新しいことは……。


 覚醒条件について……。


 ゲート、魔物、ダンジョンに関わることで覚醒すると言われている。


 ・魔物と遭遇して覚醒した者

 ・ゲートの中に入って覚醒した者

 ・魔物を倒して覚醒した者

 

 覚醒方法は、人によって違い、与えられる力も異なることが伝えられていた。


 世界の国々が運営する首脳たちも、覚醒者だけにゲートのことを任せているわけではない。


 WGO(world gate organization)という新たな組織が立ち上がり、覚醒者をハンターと呼んで、ゲートへ対処する世界規模の組織が作られた。


 それが現在、国が運営するハンターギルドになった。


 当初は魔物への対処が一番に考えられていたが、覚醒者が増えるにつれて事情は変わっていく。


 覚醒者には様々な役職があり。


 魔物を討伐するのに特化した戦闘系ハンター。

 ゲートから取れるドロップ品や鉱物を加工する鍛冶系ハンター。

 戦闘を支援したり、回復を行える支援系ハンター。

 そして、それらに属していない特質系ハンター。

 

 鍛冶系ハンターが誕生したことで、ゲートとの関わりが一気に変化を遂げる。


 ドロップされた魔石をエネルギーに変えること。

 魔物やダンジョンから取れる素材を加工すること。

 ダンジョン内にある鉱物や薬草を採取すること。

 装備や魔導具と呼ばれる日常でも使える便利グッズの開発を行えること。


 ダンジョンから取れる物が現代に溶け込み始めたのだ。


 これを黙って見ていられないのが各国の企業だ。


 国の独占を許さない企業が、ハンターと協力して流通と加工を引き受けるようになった。


 材料をとってきてくれる戦闘系ハンター、支援系ハンター。

 それを加工してくれる鍛冶系ハンター。

 そして、能力によってはどっちもできる特質系ハンター。

 

 社会がゲートと共存するようになり、ハンターの需要はどんどん高くなっていった。


 覚醒をさせてくれるという詐欺なども横行するようになって、ハンターの地位向上と保護を掲げて、高ランクハンターが自らをリーダーとしたハンターギルドの真似事を始めた。


 一定の目的や保護を求めて、ハンター同士で結束したギルドは、クランと呼ばれている。


 ・国が運営するハンターギルド。

 ・企業に雇われる個人ハンター。

 ・ハンター同士で結束して、目的を持つ者が集まった者たちで作られたクラン。


 この三つの集団に分かれて、ハンターの所属は国へ登録されている。


 俺は、企業の一つである卸売業の会社に勤めていた。

 個人のハンターを雇って一定のドロップ品を納品してもらっていた。


「そう言えば、『経験値、スキルポイントをゲットしました』とか言ってたな?」


 俺は世界の理さんの言葉を思い出して、次の調べ物を始めた。



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