第11話 それから三ヶ月後

 その書類が届いたのは、検認の日から三ヶ月ほどが経ったころだった。


 検認の日、私は家に帰って、一人で白いういろうを食べた。甘くて、モチモチしていて、とても美味しかったので、次は抹茶っぽい緑色のを買おうと思った。のだけれど、実際のところ、小田原に行く用事などないし、4月からの新学期の忙しさもあって、気づけばすっかり忘れていた。

 相続の話についても、清志さんたちからは何の連絡も来なかった。

 かといって、こちらから清志さんたちに連絡するのもはばかられた。法律上は確かに相続人なのだとしても、一度しか会ったことのない人に対して「相続の件どうなりました?」だの「私の分のお金ちょうだい」だのというのは、ハードルが高すぎる。

 なにより、武雄さんと清志さんのあの揉めようを見た後だと、とても言い出せるものではない。

 私の知らないところで上手い具合に兄弟で話がまとまり、仲直りしてくれてたりしないかなあ……。そして、お盆のお墓参りに一緒に行かないか、とかそんな形で連絡してきてくれないかなあ……。

 なんて、都合のいいことを思ってたところにその書類は届いたのだった。


 大きな封筒にぎっしりと詰まったその書類の一枚目のタイトルは「第一回口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状」。長い。横浜地方裁判所小田原支部からの書類だと書いてある。

 検認のときと似たような封筒に似たようなA4サイズのわら半紙、フォントサイズやレイアウトも同じような感じで、これは裁判所の書類ですよ、とアピールしてくる。

 書類をパラパラとめくっていくと、「訴状」という書類に出くわした。こっちは白い上質な紙だ。「訴状」というタイトルの下には住所と名前が並んでいて、その中の一つに私の住所が書いてあり、その下に「被告 大崎あかり」と書いてある。

 ……。え、被告?

 ちょっと待て、私はこれまで真っ当に生きてきたつもりだ。何の犯罪もやらかしていないはず。冤罪だ。多分。でも、日本の司法の有罪率は99.9パーセントだとか、なんかのドラマで言ってた気がする。大人しく罪を認めて自白した方が刑罰が軽くなるのだろうか?って、何の罪だろう?この書類を読んだら分かるのだろうか。しかし、結構な厚さだ。これを読め、って時点で既になんかの罰ゲームなんじゃないかと。誰か代わりに読んでおくれよ……。

 そうだ!こんなときは法学部の工藤君だ。

 助けてよ、工藤えもん!

 さっそく連絡を取ってみると、米軍の兵士みたいな格好のアニメキャラクターが敬礼をしているスタンプで「了解」と返ってきた。

 

 翌日、私と工藤君は、大学の近くのファミレスで向き合っていた。ベージュのパンツに白い半袖のシャツ。真面目な工藤君らしい普通の服装だ。

「では、工藤君、作戦会議を始めよう!」

「え、あ、はい。なんで、そんなノリなの?」

「では、まず、この書類を読んでくれたまえ!」

 どさっ。本当にそんな音がする紙の束だ。

「ふむふむ。」

 工藤君は嫌がる素振りも見せず、一枚目から読み始めた。これは結構時間がかかりそう。

 私は夏限定の白桃のパフェと二人分のドリンクバーを注文し、自分のためのアイスティーと、工藤君のアイスコーヒーを注ぐ。

 私がパフェを食べて、二人の飲み物のおかわりを持ってきた頃、工藤君は書類に一通り目を通し終わったようだった。

「どう?工藤君、私はいったい何の罪で被告になってるの?」

「いや、大崎さん、これは刑事事件じゃなくて、民事の訴状だから、罪とかそういう話じゃないよ。」

「でも、被告って書いてあるよ?」

「被告っていうのは単に訴えられた側の人ってくらいの意味だよ。刑事事件の場合は被告じゃなくて被告人。」

「そうなんだ。安心したよ。」

 被告と被告人、人が一文字加わるだけでそんなに違うのか。人というのは罪深い存在なのだね。

 って、あれ?ちょっと待って、 

「刑事事件じゃないのは分かったけど、やっぱり私って訴えられてるの?何も訴えられるような悪いことした心当たりがないんだけど。」

「そうだね、大崎さんは、別に悪いことをしたから訴えられたわけじゃないよ。」

 どういうことなんだろう。悪いことをしなくても訴えられるなんて世も末だ。

「じゃ、なんで訴えられてるの?」

「こないだの検認の遺言書について、清志さんが無効だ、って主張して他の相続人三人を相手にして訴えを起こしたって書いてある。」

「武雄さんだけじゃなくて、私と智子さんも?」

「うん。そうなっているね。相続絡みの訴訟では相続人全員で裁判やるのは普通のことらしいよ。」

 訴訟っていうのが既に普通じゃないんですけど。

 なんとなく、清志さんと武雄さんが話し合って仲直りして、なんてことを想像していた時期が私にもありました。兄弟なんだから、喧嘩しても仲直りできるよね、なんて。所詮は兄弟も姉妹もいない人間の妄想なのかなあ。

 でも、兄弟喧嘩で裁判はやり過ぎなんじゃないかなあ。そうでもなくて、これが普通なのかな。終わった後に仲直りできるのかな。

 一緒に訴えられている私が心配するようなことでもないのだろうけれど。

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