第10話 小田原城ランド
裁判所から外に出ると、車道のすぐ向こうに、石垣とその上に何か古い建造物があるのが見える。
鐘?にしては本体のお寺が見当たらないような。行きのときには、すぐに裁判所に入ったから気づかなかった。
「あれ、なんだろう?」
「小田原城の大手門跡、って書いてあるね。」
「ってことは、あのお堀の外だけど、この辺一帯がお城の跡地ってことになるのかな?」
「城下町も田畑もお城の中にあったって聞いたことがあるし、もっと広いんじゃない?」
すごいな、小田原城。
「工藤君、時間ある?折角だから、お城に寄っていこうよ。」
「いいね。」
裁判所の前の道に出ると、もうそこからお城のお堀は目と鼻の先だ。お堀端にはそこここに桜が咲いていて、「小田原桜まつり」というのぼりが立っている。
「お城、お堀、桜の組み合わせって、基本にして最強だよね。」
「強いってのが何なのか謎だけど、言いたいことは分かるよ。」
母さんの名前の「櫻子」って、この桜をイメージしてつけたのかな。
「『犬神家の一族』って、なんか湖でアーティスティックスイミングしてるシーンなかった?水面から足だけ出てるシーンをCMで見た気が。」
「あれはそういうシーンじゃないよ。っていうか、もしかして、あのお堀で連想したの?あはは。」
お堀を越えて、門をくぐり、また門をくぐって城内へ。歴史資料館みたいなのがあるかと思えば、忍者のアトラクションみたいなのもあるようだ。
風魔忍者、という忍者がいたということらしいので、歴史の施設には違いないんだろうけれど、ゲームのキャラクターみたいな忍者のイラストが目に入るとやっぱりアトラクションだよなあ、とも思う。真面目な旧跡かと思いきや意外とエンターテイメント色がある。
城内に入っても、坂道を上ったり、橋を渡ったり、何かとたくさん歩かせる構造になっている。お城に攻め込んだ足軽Aになった気分だ。
天守閣の手前まで来ると、そこは広場になっていて、鎧武者のコスプレができる施設があるらしい。実際に武者姿の子供連れをみると微笑ましい。
いやいや時代に媚すぎでは?と思ったけれど、長い歴史のある動物園が城内にあるのだとか、あったんだとか、実は観覧車があった時代もあったんだとか。昔からエンターテイメント系施設だったのか、と驚かされる。
小田原城ランド&シー?動物系のキャラクターとかはいないのだろうか。ハハッ。
茶店でお団子を食べて一休み。それから、天守閣に上る。最上階の展望室から眺めると、小田原の町並みが小さく見える。
こんな立派なお城にいたら、関白だろうがなんだろうがかかってこいやっ!って気持ちになっちゃうのも分かるかな。
「大崎さん、見て、あっちの山が有名な豊臣秀吉の一夜城があったところらしいよ。」
「なるほど。」
一夜城。聞いたことがあるような気もするけど、なんだったっけ。
「意外と近いよね。あんなところに突然お城が出来たら、それはびっくりするよね。」
ああ、そういう話だった。小田原城に攻め寄せた豊臣秀吉が一晩でお城を作ってみせた、あれ?作ったように見せた、だっけか。
小田原城からの眺めは、今の景色でさえ、辺り一帯を高いところから見下ろす感覚だ。そんな、自分たちこそ唯一無二の支配者だ、って思ってたところだったのに、いきなり目の前にお城が出現して、それまでの地位や感覚が幻想なんだと突きつけられたわけか。そりゃあ、お城にこもって小田原評定したくもなるよ。
清志さんの気持ちもそんな感じなんだろうか。でも、武雄さんが豊臣秀吉ってわけでもない。猿というよりもたぬき系だし。
「いやあ、大崎さん、ありがとう。東京から近いところにこんなところがあったんだね。今回、誘ってくれなかったら、気づかなかったよ。」
工藤君は小田原城に大満足のようだ。
「いや、私こそありがとう。工藤君がいてくれて心強かったよ。私も、小田原がこんな場所だとは知らなくって。今回、来てよかった。」
ぬこ神家は二百年前から、代々、小田原で薬を作ってきたとか、そういう話だった気がする。母さんもきっとここに来たことがあるだろう。武雄さんも、清志さんも、智子さんもそうだろう。郷土愛を育む、とかって、小学校のイベントとかでも来たんじゃないかな。
小田原城がずっと昔からエンターテイメント色があったことを思うと、ぬこ神十蔵さんも子供の時からこのお城に来たりしてるだろう。
私だけが、初めて小田原城を見て、こんなところがあるのかあ、と感じたりする。それなのに、相続人だなんだって、ぬこ神家の財産をもらっていいんだろうか。なんだか不思議だ。
「大崎さん、どうしたの?難しい顔して。」
「いや、なんでもないよ。そろそろ帰ろっか。」「そうだね。駅でういろうを買って帰ろう。」
そうだよ、ういろうだよ。あれってどんな味がするのかな。
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