第四章 王弟殿下と赤鬼の冥婚

第31話 赤い封筒


 その年の秋、珍しく現国王を含む七人の兄弟と、五人の姉妹が一同に集まった。

 三番目の兄・芳白ほうはくの娘の葬儀のためだ。


「ずっと長い事患っていたし、ここまでよく持ち堪えた方だろう」

「そうね、十年以上も……看病していた義姉様も大変だったでしょうに」


 娘の名前は信子しんす

 生まれつき体が弱く、医官に診せても中々治らず、他の王族の子供達は元気に遊んでいる中、ついには歩くことも困難で、母親が毎日健気に看病をしていた。

 しかし、十三歳になったこの秋、ついに亡くなってしまった。


「このまま苦しみ続ける人生よりは、よかったんじゃないか」

「そうかもしれないけど……本当に、残念ね」


 実は姪の葬儀のためとはいえ、国王の兄弟たちが全員集まるのは、異例のことである。

 その理由は、信子が残した絵だ。

 他の王族の子供達とどこかへ出かけたり、遊んだりできなかったが、その代わり絵の才能があった。

 一度見たものは忘れない————それほど精巧に描かれているその絵は、国王の兄弟たちの家に必ずと言っていいほど飾ってある。

 隣国の王子も彼女の作品を気に入って、親睦の証として贈呈されたこともあり、体調がすぐれない信子のために、医学の発達が進んでいる西洋の国が自国の王族との婚姻の話まで出ているほどであった。


「あの子には、特別な才があったのに……」


 もちろん令月れいげつも信子の描く絵は気に入っており、信子自身も、令月が話してくれる怪奇話が好きだった。

 大勢いる姪の中で、もっとも令月が気に入っていたのが、この信子だ。

 信子は令月が初めて赤ん坊の頃に抱かせてもらった姪で、大勢いる姪っ子たちの中でも唯一、話の合う不思議な子。

 最近は信子の体調がすぐれず、顔を見せることは難しいからと見舞いに行くことも断られていたぐらいだった。


(見事に……女の子しかいないな)


 令月が他の兄弟たちと深刻な表情で話している間、慧臣えじんは部屋の隅に一人座っていた。

 王女たちは来ていなかったが、噂に聞いた通り子供は女の子しかいない。

 令月はまだ結婚していないが、他の兄弟、姉妹のどの夫婦の間にも男児はいなかった。

 国王には側室との間に何人か男児は生まれはしたが、皆、二歳になる前には亡くなってしまっている。

 世継ぎ問題の深刻さが一目瞭然だった。


 だからこそ、若い男————それもまだ少年の存在が不思議なのか、姪っ子たちは慧臣に興味津々である。


「ねぇ、慧臣。あなた令月叔父様の従者なんでしょう? 宦官なの?」

「いえ、僕は宦官ではありませんよ。ただの従者です」

「じゃぁ、切ってないのに、女子みたいな顔をしているのね」

「まぁ……そうですね」

「なーんだ。私てっきり、切られていないから男らしくないのかと思ったわ」

「きっと目が大きいのよ。あと、まつ毛も長いわ」


 従姉妹が亡くなったというのに、少しも悲しんでいる様子がない姪っ子たちに質問攻めにあっていた慧臣は、困り果てる。

 頭のてっぺんからつま先までジロジロと見られ、時に触られたり……

 大人の女性と接する機会はあっても、同年代や自分より歳が下の女の子と関わるなんてことは滅多にない。

 侍女の藍蘭らんらんも、見た目こそ少女であるが、どうやら自分より年は上らしいし、年相応のこの好奇心旺盛な子供達にどう対応していいのかさっぱりわからなかった。

 しかも、相手は王族。下手なことを言って、機嫌を損ねるわけにも行かないし、邪険にするわけにもいかない。


「それじゃぁ、令月叔父様が男色だって噂は本当なの?」

「あらやだ、姉様ったら。そんなお下品なこと聞いちゃダメよ」

「だって、令月叔父様はあのお顔で浮いた話一つないって、母上が……」

「私の母上も言っていたわ。あのお顔ですもの、普通の女じゃ満足できないっでしょうて」

「満足? きゃーっ何それ、なんだかイヤらしい言い方ね」


 きゃっきゃと盛り上がっている姪っ子たちに、慧臣は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 そこへ、まるで助け舟のように大人しい女の子が一人やってきて、慧臣の袖を引っ張る。


「何かご用ですか?」

「…………」


 その子は頷くだけで、言葉を一言も話さない。

 ただ、ぐいぐいとこっちへ来いとでも言うように慧臣の袖を引く。


(なんだ……? 話せないのかな?)


 この女の子の名前は梔子しす

 信子の三つ下の妹だ。


 わけがわからないまま、とりあえずついていくと、屋敷の東側にある離れにたどり着いた。

 誰も人がいない、静かなその離れは子供部屋のようで、玩具や絵の道具が乱雑に並んでいる。

 梔子は机の前に座ると、筆と紙を取って、さらさらと文字を書く。



『私は梔子。姉上の妹』

「姉上?」

『信子。死んじゃった姉上』

「あ、あぁ、信子様の……」


(そういえば、信子様の妹は言葉が話せないって、藍蘭さんが言っていたな……)


 この屋敷に来る前、ざっくりではあるが、姪っ子たちの人となりは聞いている。

 あまりに人数が多いので、一人一人の名前までは覚えていなかった。


「どうして、俺をここに連れてきたんですか?」

『見て欲しいものがあるの』


 梔子はそう書いて立ち上がると、部屋の奥にある御簾をあげる。

 信子が使っていたであろう寝台の上に、赤い封筒が置いてあった。


「これは……?」


 その封筒に触れた瞬間、寝台の中から出た黒い手が慧臣の手首を掴んだ。


「えっ!?」


 その黒い手に引っ張られ、慧臣は寝台の中へ沈んでゆく。

 体は確かに寝台の上にあるのに、魂だけを引きずり出されたのだ。


(なん……だ、これ……)


 以前捕まった変態如意棒爺————きん持参じさんが得意とした幽体離脱を、無理やりさせられたのだ。


 寝台の下には、それをやってのけた黒い手の主がいた。

 後宮で見た幽霊や宦官である合点ごうてんに取り憑いていたものと同じ、生きた人間ではない別の何かが、口角をあげて笑っている。


「あはははっ! すごい、さすが令月叔父様の従者ね!」


 青白く、目元はくぼんで、黒い何かで覆われているという見た目の恐ろしさとは別に、思ったよりも可愛らしい少女の声が慧臣の頭に響いた。


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