第28話 月の石と天主様


「この村で起きた奇病のことは知っているか?」

「ああ、知っている。夜間奇行病だろう? 夜になると、徘徊して……」


 来紅はあの方のところへ慧臣たちを連れていく道すがら、この村で起きた出来事を語り始めた。


「そうだ。昔から、その奇病はこの村では数年に数人発症していた病で、村の年寄りたちの間では、呪いだとか、祟りだとも言われていた————」



 *


 数年に一度、その奇病にかかる者がいた。

 日光に当たると体が燃えるように熱くなり、夜になると村中を徘徊し、決まって村で一番高い場所を目指して歩き出す。

 そして、落ちて死ぬ。

 いつ発症して、何が原因かはわかっていなかった。

 何度か国司に頼んで、原因の調査を頼んだことがあったが、答えは不明。

 それどころか、当時の国司は中央にも報告せず、まともな医官すらよこさず、対応がずさんだった。

 そんな時、あの方がこの村に現れた。


 あの方の手にかかれば、どんな病をたちまち治る。

 村では国司よりあの方の方が大事だった。

 あの方の方が、村の困り事を次々と解決へ導いてくれた。

 奇跡の人と呼ばれ、この村ではあの方を天主てんしゅ様として崇めることにしたのだ。

 天主様さえいれば、儂ら村の者たちは無敵だった。

 だが、当時の国司はそれが気に入らなかったのだろう。

 急に税を上げられたのだ。

 石を切り出すのが村の仕事だったが、働き手の数は年々減る一方だった。

 どういうわけか、この村では女がなかなか生まれない。

 男ばかりが増えて、少ない女は子供を産んでもすぐに死んでしまう。

 人口の減少が始まった。


 他の村から嫁に来てもらって、それでもやっぱり、男ばかりが生まれる。

 これも何が原因かはわからない。

 食い物が悪いのか、何かの病気なのか……それは天主様でもわからなかった。

 仕方なく国司に現状を訴えたが、やはりあいつらは儂らから金だけ奪って、大して村のために仕事もしてはくれなかった。

 そんな時、大雨で山の形が変わって、道が途絶えてしまった。

 いつものように仕事をしても、道がなければ、切り出した石を村の外へ運ぶことができない。


 そこで天主様が言ったのだ。

 このままでは、この村は女が生まれず、人が途絶える。

 国司はこの村を助けてはくれない。

 ならば、天主様の持つ月の石の力で、死者を蘇らせ、命をつなぐしかないと……


 そこで、俺たちは村人たちはみんな病で死んだことにして、地下に新しく村を作った。

 石切で培った技術を使って、この村を作った。

 誰にも知られていない村から、税は取れないからな。


 天主様は死者を蘇らせるために、月の石の力を使って、多くの村人の命を救った。

 月の石の力は本当に素晴らしく、肉体さえ残っていれば、死者は蘇ることができる。

 だが、今年の春に代替わりをした。

 天主様も神ではない。

 寿命がある。

 今の天主様は初代の孫だ。

 村の男との間に生まれた人の子だ。

 まだ力が安定しておらず、こともある。


 失敗した死体は、なぜかその場で一番若い者を襲うようになった。

 夜になるとあの奇病のように徘徊して、子供を殺すんだ。

 そのせいで、せっかく生まれた命が失われ、ついにこの村では、女は天主様しかいなくなってしまった。


 仕方がなく男でも天主様の練習台として死者を蘇らせるようになった。

 お前たちも上で見ただろうが、失敗した者たちは夜に地上に出した。

 あいつらは月明かりが好きなのか、勝手により高い場所へ行こうとする。

 獣と同じだから、扉を開けたりはできない。

 日光を嫌うくせに、朝が来るということをが理解できていない。


 朝になると日光を浴びてその体は朽ちる。

 ちりになって消える。

 そういう生き物になってしまった。

 最近はほとんど失敗作ばかりだ。


 理由はわからないが、昔から天主様の奇跡を見ていた者の話によれば、月の石にも寿命があるそうだ。

 きっとそのせいだろうと思っていた、つい数日前————新しい月の石が空から降って来たらしい。

 天主様の側仕えをしている声類せいるいがそれを手に戻って来た。


 天主様は今、その新しい月の石を持って、寝所に篭っている。

 儂は儀式のことは詳しくないからよくわからないが、とにかくその新しい月の石があれば、また死者を蘇らせることができるらしい。

 そのためにはしばらく、その月の石と自身の力を同調させる必要があるのだそうだ。



 *



「————新しい月の石は無理だが、古いものであれば、お前に売ってもいいだろう。もちろん、天主様の許可が必要だがな……」


 大きな屋敷のさらに奥。

 人一人が通れるほどの細い通路のその奥に、御簾で囲われた部屋があった。

 この村の中では比較的若い、まだ幼さの残っている側仕えの青年がその前に座っている。


「声類、天主様と話したいのだが……」

「……なんのご用でしょう。天主様はまだ外へ出ることはできませんので、僕が先にお伺いします」

「お顔が見えなくてもかまわない。会話だけでも、難しいのか?」

「……少々お待ちを」


 声類は、御簾の向こうに何か話しかけた。

 暗くて中の様子はまるで見えないが、人はいるようだ。

 何かが動いた気配はする。


 そして、慧臣の目には声類の手がキラキラと光っているように見える。


(星屎……この人が持って入ったんだな)


 声類は御簾に耳を当て、天主とやらの言葉に耳を傾ける。

 天主の声はあまりに小さく、か細い声で、まるでひっくり返った裏声のようで、何を言っているかまでは聞き取れない。


「天主様は、『直接お話できません。年寄りと話すと神通力が削がれるのは、ご存知でしょう?』と仰せです」

「……ならば、伝えてくれ。この者が……————月の石を欲しがっている。金はいくらでも払うそうだ」

「月の石を……?」

「新しい方ではない。古い方だ。役目を終えた石の方なら、金に変えても問題ないだろう? この村の維持には、天主様のお力が必要なのはもちろんだが、金も必要だ」


 来紅は村長としてこの村を存続させるために、売れるのなら売るべきだと主張した。

 声類は再び、御簾に耳を当て、天主の声を聞く。

 やはり、その声もあまりに小さくて、何を言っているか誰も聞き取れない。

 何度か声類を通してやり取りをしたが、令月が我慢できなかった。


「ええい、まどろこしいな! いいから、寄越せ。お前の星屑————!!」


 令月は声類を押しのけて勝手に御簾を上げてしまう。


「ちょっと、令月様、いくらなんでも失礼ですよ!! そんな言い方!」


 慧臣は令月を止めようとして手を伸ばしたが————


「な、何を!! やめてください!! 勝手に入らないで!!」


 声類が裏声で叫んだ。


(え……!? 今の声って……?)


「おい、声類、天主様……は、どこ、だ……?」

「あ……その……————」


 御簾の向こうに、人なんていない。

 中にあったのは、鮮やかな赤色の長袍チャンパオ

 その上に、キラキラと光る不思議な石が一つと、なんの輝きもないただの黒い石が二つ転がっているだけだった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 天主の側使え・りょう声類は、泣きながら頭を地面に擦り付ける。



「天主様は、僕が殺しました————」




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