第5話 それが一番心配なんです


「————妙だな」

「妙に決まってるでしょう!? 口から血を吐いてる幽霊なんですから!!」


 合点を慧臣一人の力では運ぶことはできず、なんとか他の宦官の人の手を借りて、合点を医官のところまで運んできた。

 もちちろん、王弟殿下であらせられる令月はそんな力仕事に協力するわけもなく、ただ運ばれていくのを見ていただけだったが……


「そうじゃない。私の幽霊探知達磨が反応しなかった。本当に、お前の言うような女の霊がいたのか?」

「本当ですよ!!」


 医官の診療が終わって、まだ目覚めていない合点の寝顔を見ながら、終始令月は神妙な面持ちをしている。


「令月様は見えも聞こえもしなかったから怖くはなかったでしょうけど、本当にあの部屋には幽霊がいたんです!! めちゃくちゃ怖かったんですからね!!」


(まったく、合点様にだって聞こえていたのに、なんでこの人には何も聞こえてないんだよ!!)


 はっ倒してやろうかとも思ったが、慧臣はぐっとこらえる。

 いくら霊の声も聞こえてない、見えてない……いいのは顔だけの馬鹿だとはいえ、王族。

 それも、王弟殿下。

 命の恩人だ。


「だから、それが妙だと言っている。合点の話では、あの部屋で死んだのは首を吊った女官のはずだ。だが、お前が見た女は、口から血を吐いていたんだ?」

「え? ええ、そうですけど……幽霊であることには変わりないじゃないですか。女の人でしたし」

「首に縄や紐の痕はあったか?」

「へ……? 縄や紐の痕……?」

「いいか、慧臣。私は確かに、幽霊そのものをこの美しすぎる瞳で見ることはできない。形の良いこの耳も、幽霊の声が聞き取れない。だが、そういう知識だけはあるのだ」

「は、はぁ……?」


(その割には、他国の商人に偽物をつかまされていたけど……)


「首を吊って死んだ霊ならば、首にその痕あるはずだ」

「へ?」

「これはお前と同じように霊が見える藍蘭も同じことを言っていたから、確証のある話だ。例えば、腹を斬られて死んだ者の霊は切られた腹にその痕が残っている。首を斬られて死んだ者は、首から上がなかったり、あったとしても小脇に自分の首を抱えているものらしい……」


(そ、そうなんだ……)


 想像しただけで気味が悪くて、慧臣は嫌な汗をかいた。

 背筋がぞくぞくする。


「首を吊って死んだなら、その痕が首に残っているはずだ。さらに言えば、その縄が首に巻きついたままだというのも聞いたことがあるぞ? 死んだその場所にぶら下がっているように見えるという話も聞いたことがある」


 慧臣は考えた。

 あの女の霊の姿を思い返してみるが、確かに首に縄の痕などは残っていたようには思えない。

 じっくり見たわけではないので、正確ではないが……


(もし首に痕があったとしても、それよりも口から垂れ流していた血の方が気になるな)


「血を吐いている霊なら、死因は首吊りではないんじゃないだろうか? おい、そこの医官、どう思う?」

「へっ!? ぼ、僕ですか!?」


 急に話を振られた気の弱そうな医官・りゅう空言くうげんは、驚いて肩をびくりと揺らした。

 相手は変人で有名とはいえ、王弟殿下だ。

 下手なことを言って、機嫌でも損ねたらどうしようかと恐れつつ、自分の考えを口にする。


「口から血を流して死んでいるとすれば、どこか体の内側に病気があったんでしょう。胃ですとか、肺を患っていたとか……あとは、考えられるとすれば……————毒とか?」

「毒……?」

「え、ええ。他にも色々考えられますので、一概にこれとは言えませんが————その幽霊とやらが後宮の女官であるなら、可能性はなくはないです。後宮にはその、色々と陰謀が渦巻いているという噂もありますし……」

「ふむ、やはりそうか……」


 令月は合点を空言に預け、再び後宮の方へ歩き出した。


「ちょっと、令月様、どちらへ!?」

「あの後宮の事故物件に決まっているだろう。何してる、慧臣、早くついてこい」

「でも、もう夕方ですよ? すぐに陽が落ちます」

「それがどうした。本来、幽霊というものは、夜の方が私のように見えない人間にも見えやすいものなんだ」

「でも……!!」

「何、恐れることは何もないさ。私にはこの清風扇子があるからな!! いざとなれば、これでひと扇ぎだ! はっはっは」


(いや、それが一番心配なんですけど……!?)


 慧臣は正直行きたくなかったが、この状況で高笑いしている令月を放っては置けなかった。

 もし、令月に何かあったら、また働き口を失ってしまう。

 そうしたら今度こそ、宦官にされてあそこをちょん切られるか、そういう趣味があるどこぞのじじいの慰み者にされるかもしれない。


「————わ、わかりました!! でも、その前に、一度、月宮殿に寄ってからでもよろしいでしょうか!?」


 月宮殿には、あんな偽物の扇子なんかより、よっぽど役に立ちそうな代物は山ほどある。

 霊的なものと戦ったことも、そもそも生きている人間と戦ったこともないが、このままでは何が起こるかわからない。

 自分の身を守るためにも、慧臣にはそれが必要だった。


(俺がなんとかしなければ……っ!!)


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