涼宮ハルヒの安寧
亜未田久志
第1話 classroom of normals
何万回以上も繰り返したという夏や、その後の憂い。一年という月日の流れはとても早く、仕方ないので俺は柄にもなく教科書に目をやっていた。勿論、ちゃんと読んでなどいない。すると後ろから小突かれた。これまた勿論、ハルヒのやつである。
「キョン、あんた、教科書広げて寝てんじゃないわよ」
まあ、なんだ、こいつの人間観察能力のずば抜け方は長門、古泉、朝比奈さんの正体を見抜けない以外は目を見張るものがあり、その他の才能についても無駄遣いをしているという事を除けば、まあ人並み以上なのだ。
「だいたいね、SOS団に所属しているなら赤点なんて許されないんだからね、夏休みだって宿題落としかけたの忘れてないわよ」
ああ、俺だってあれは一生忘れられないだろうよ。
「なにそれ、いい? 勉強っていうのはね――」
そこから次の授業の間までハルヒの勉強講座が始まった。おかしいハルヒは勉強なんて普通に授業を受けていれば出来るものだと豪語していたはずなのだが、とそこで、ハルヒは近所の子供の家庭教師のような事をしていると聞いた事があるのを思い出す。なるほど、それが今に活きているわけだ。厄介な。
「なんか言った?」
いえ、なんでもありません。と答えながら俺はハルヒの言う通りにノートにペンを走らせる。なんというかまあ、こんなに真剣に勉強したのはそれこそ夏以来だろう。放課の短い時間だったが得る物はあった。ハルヒは満足気に頷くと。
「やれば出来るじゃない!」
と俺の背をバシッと叩き呵々大笑した。まったく一挙手一投足が豪快なやつだ。もう少し慎ましやかに出来ないものかね、朝比奈さんや長門を見習ってほしいものだ。
「今、なんか」
またしても伝家の宝刀なんでもありませんが炸裂しハルヒは怪訝な顔をする。こいつはシックスセンスでも持っているのか、いそうで怖い。ただでさえ神様じみた力を持っているのにそこに人の把握出来ない感覚まで持ち合わせてしまったらそれこそ古泉辺りがてんやわんやしそうな事態ではあるまいか。まあ俺の知った事ではないのだが。
そういえば最近は閉鎖空間とやらの発生の話を古泉から聞いてはいない。元から積極的にその話をするタイプでもないが、時たま、『最近は閉鎖空間が現れていません、あなたのおかげですよ』だとかなんとか気色の悪い微笑みと共に伝えてくる時があったりする。のだがそれもない。便りがないのはいい便りと言うが、それがこれだろうか?
まあ対処するのはどちらにせよ古泉なのだし、俺がとやかく言う話ではあるまい。授業が始まり、先生が教室に入って来る。後ろから「寝るんじゃないわよ」なんて呪言が飛んで来たが、俺は軽く無視して教科書を盾にしてノートに落書きを始めた。絵は得意な方ではないのだが、なんとなく筆を走らせた。神人とかいう比較的書きやすいやつを書いてみた。光の巨人。ハルヒのストレス発散方法。よくもまあそんな怪獣映画みたいな設定で、とは思う。しかし、全人類、照らし合わせてみても意外と帰結するところは同じなのかもしれない。破壊衝動。街を、世界を壊してしまいたい。鬱屈した世界から抜け出したい。そんな想いの現われ、うむ、我ながらセンチメンタルな感情に浸ってしまった。
落書きの神人を消すと、黒板の消えかけの数式を書き写して授業が終わった。これが俺とハルヒの他愛のない一部始終。この後はSOS団に集まって異世界人辺りを探すのだろう。今日のくじ引きは誰とペアになるだろな。そんな事を想いながら、俺はバッグに筆記用具をしまう。ハルヒの姿はもう既になく、文芸部の部室に向かったらしい。俺はやれやれと首を振ると谷口と国木田に「お前もすっかり変人集団の仲間入りだな」「僕達も巻き込まれてない?」なんて会話をした後に「うっせ」とだけ返して文芸部もといSOS団の部室に向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます