東京まで!
三月のある日。名古屋にある親戚の家で用事を済ませ、俺は東京に帰ろうとしていた。車を走らせ、高速道路のインターチェンジに向かっている。道端をぼんやり眺めながら運転していると、遠くに大きな紙を掲げた若い女の子を見つけた。
なになに、「東京まで!」と書いてあるのか。ヒッチハイクかな、最近だと珍しいな。しかし、あんな若い子がヒッチハイクなんて大丈夫だろうか。悪い男に乗せられて、変なとこに連れて行かれたら……なんて、嫌な想像をしてしまうな。心配になった俺は車を路肩に寄せ、助手席側の窓を開けた。
「キミ、東京まで行きたいの?」
「はい! 乗せていただけませんか?」
その女の子は、元気な声でそう答えた。さっきは気づかなかったが、大きいキャリーケースを持っている。見た目的には大学生くらいだろうか。成人しているなら、俺が誘拐の罪でお縄ってことはなさそうだな。
「大学生?」
「そうです! 来月から社会人になります!」
卒業旅行だろうか? ヒッチハイクで済まそうだなんて、なかなか金欠なんだろうな。本当に可哀想になってきたし、乗せてあげるか。
「いいよ、荷物は後ろに載せて助手席に座りな」
「ありがとうございます!」
その子は俺の指示通りに荷物を載せ、助手席の扉を開けた。彼女がきちんとシートベルトを締めたのを確認して、俺は車を発進させた。
高速に乗り、車窓にはずっと似たような風景が流れている。暇になったので、俺は彼女にヒッチハイクの理由を尋ねることにした。
「なんでヒッチハイクなんかしたの?」
「わたし、東京の会社に就職するんです! けど、引っ越し費用だけでお金がなくなっちゃって」
「つまり初任給まで貧乏生活?」
「そうなんですよ~! 明日までに東京に行かないと、荷物だけ新しい家に届くことになっちゃうんです~!」
なるほどね。引っ越し屋に金を払ったら、自分自身が東京まで移動する金がなくなってしまったというわけか。それでヒッチハイクするって発想がすごい。なんだか元気いっぱいだし、底抜けに明るい性格なんだろうな。
何度か休憩を挟みながら、東京を目指して車を走らせていく。一人だと暇な車中だが、例の子がずっと楽しく話してくれるので退屈しなかった。たまにはヒッチハイカーを拾ってみるのもいいもんだな。
東京が近づいてきた頃には、すっかり夜になっていた。えーと、この子はどうしようかな。もう遅いし、新居まで送って行ってあげるか。
「キミ、家はどこなの? 送っていくよ」
「ありがとうございます! けど、家に行く前に寄り道してもらっていいですか?」
「え、寄り道?」
「はい!」
高速を降りたあと、彼女に導かれるままに都内の道を進んでいく。いったいどこに連れて行かれるというんだろう……? 疑問に思っていたが、最終的にとあるビルの地下駐車場に案内された。
「あのさ、こんなとこに来てどうするの?」
「ちょっと待っててください、来ますから」
来るってなんだよ、などと思っていると、いつの間にか自分の車が取り囲まれていることに気がついた。大柄な男が多数で、みんな怖い目つきをしている。……もしかして、美人局だったのか?
「キミ、この人たちは――」
「お疲れさまで~す!!」
誰なんだ、と聞こうとしたら女の子が先に車を降りた。相変わらずの快活な声で、男たちと会話をしている。時には笑い声も聞こえるし、美人局にしては様子が変だ。不思議に思っていると、女の子が何人かの男を連れて車に戻ってきた。
「あの、荷物下ろしていいですか?」
「いいけど、この方々はいったい……?」
「バイト先の人たちです! 来月までお金ないので、単発バイトしようかなって!」
「どうもすいません! ウチの新人がお世話になったみたいで」
すると、男たちのうちの一人が頭を下げた。なんだ、全然怖くないじゃないか。心配して損した。その後、女の子は男たちと談笑して、再び車に乗ってきた。
「お待たせしました!」
「あれ、もういいの?」
「はい、今日のバイトは済んだので! 引っ越しついでにちょうど良かったです!」
済んだ? 男たちと会話しただけなのに? おかしい、そんなわけはない。俺は訝しみながら、車を再び発進させる。ふと思い立ち、ミラーで後部座席の方を見ると、置いていたはずのキャリーケースがない。
「……荷物、どうしたの?」
「さっきの人たちに渡しました!」
嫌な予感がする。ひょっとして、俺は取り返しのつかない過ちを犯したのかもしれない。身を震わせながら、助手席に尋ねた。
「……荷物の中身、聞いてもいいかな?」
「『小麦粉』らしいです!!」
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