剣と魔術と迷宮と

目玉焼き

第1話日常の終わり、あるいは物語の始まり

国際機関〇〇報告書より内容一部抜粋

西暦2040年1月某日:極東地域にて小惑星と思われる岩石帯の落下を確認

現場は当該地域の言語で〇〇県SAITAMA市の商業区域

幸いなことに被災者及び被災した建造物はほとんど確認されず(詳細は別紙『〇▽レポート』に)

同年4月1日:自らを『魔術師≪まじゅつし≫』と名乗る者たちによって当該地域の政府機関の武力制圧を確認

同国民の混乱を避けるためメディアに対する隠蔽工作を行った(詳細は別紙『オペッケペーレポート』に)


1:その日は雨が降っていた。

どこかの街のどこにでもあるような路地裏には深くフードを被った人間が三人いた。

三人は何かを話していると次の瞬間、火薬の爆ぜるような音が路地に鳴り響き三人の内の一人の体が揺れた。

その人間の頭が石畳の地面と熱烈に接吻するよりも早く残りの二人の姿がその路地から霧散した。


魔暦2040年・新興連合国:ウィリアム自治区

そこは街でも大きな屋敷だった。

屋敷の住人アラン・アイザックは今日も屋敷で家庭教師から一対一での授業を受けていた。

「坊ちゃまぁ~。私の話きちんと聞いてますかぁ~?」

そんな、どこか間の抜けた声を出したのはアランの家庭教師兼使用人のシドウ・サカキだ。

紺のショートの髪をした長身の男は机の上に顔をつけているアランの顔を見下ろすと一つため息をついた。

「しょうがありませんね。今日はここまでといたしましょう。・・・さて!気分転換に街に遊びにでも行きましょうか」

サカキの言葉を聞くと待っていましたと言わんばかりにアランは全身を跳ね飛ばした。

「待っててシドウ!すぐに準備するから!」

そう言ったアランの姿は既にシドウの目には見えなくなっていた。


2:ウィリアム自治区・露店通り

そこはウィリアム自治区の中でも、最も人通りの多い場所の一つであった。

まるで隙間という概念が親の仇とでも言うかのように屋台が立ち並び、絶えず店主の掛け声が通りを埋め尽くしていた。

そんな通りをアランはシドウと共に歩く。

しばらくあたりの店をひやかしているとだんだん気分が悪くなってきた。

どうやら人酔いしてしまったようだ。

アランは屋台同士の間の通路から通りを外れ近くの公園へと向かう。

公園のベンチで休もうとするとそこには既に先客がいた。

その人間は中肉中背の白髪で中性的な体付きを黒の長袖の衣服で全身を包んでいた。

その人間は髪と同じくらいにその顔を青白くしていた。

「大丈夫ですか?」思わずアランは声をかけた。

その人間は瞬時にこちらの方を向くと次に辺りを見回して、誰もいないことを確認すると、左手の食指を使い自分を指差した。

その人間はよく見ると左目に黒い眼帯をしていた。

「いま、わたしに、イッタ?」

人間は東洋訛りのある喋りでたどたどしくそう言った。

「はい、大丈夫ですか?」アランの再度の問いかけに人間はじっくりと考えた後にこう返した。

「はい、だいじょうぶ、ありがとう」また、たどたどしい答えが返ってきた。

人間は困ったような申し訳ないような笑みを浮かべた。

アランは隣のベンチに腰掛けた。白髪の東洋人はこちらが話しかけるとたどたどしく返したが、向こうからは何も話しかけることはなかった。

アランはしばらくそこで休むとベンチから離れた。


また、屋台を見て回っていると、突如聞いたこともないような類のサイレンが鳴り響いた。

「坊ちゃん、こちらへ」

シドウはアランが今まで感じたこともないような強い力で道の端へ引っ張った。

「え?」

その理由をアランは抗議の声を出す前に悟った。

「「「「うわぁああああああああああああ!」」」」

今まで活気を持ち、しかし確かに存在していたはずの秩序はすでにそこにはなかった。

男が女が老人が青年が

他者を押しのけ、突き飛ばし、踏みつける。

そこはもはや、少年の愛した露店通りではなかった。

「これは何?!」

少年は強い力で自分を守っているシドウに尋ねた。

「先ほどの警報の影響だと思われます。あの警報は迷宮から魔物が出てきたことを示すものでした」


幕間.ワンポイント案内

ウィリアム自治区について:

新興連合国が誕生するよりもはるか昔からアイザック一族によって統治されてきた都市、

その中でも当代当主であるウィリアム・アイザック氏によって近年発見された古代迷宮を中心に発展してきた特別行政区のこと。

ちなみに露店通りの串焼きは絶品!!

また、春には樹齢千年を優に越す一本桜が満開となり、地元民の目を楽しませている。

『八百書房刊:新興連合観光案内より』


3.ウィリアム自治区・公民館

アラン達は何とか避難所にやってきた。

そこは先ほどの混乱が嘘であったかのような落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

シドウは先ほどから、入り口にいる係員と話し込んでいた。

アランは手持無沙汰であったので、避難所の中を少し歩くことにした。

周りを見回しても、年長者になるほど緊張感はなく、中には酒を飲んでいるものまでいた。

すると、何やら声が聞こえてきた。

「アリー!アリエスト!どこなの!どこにいるの!返事をして!」

「どうかしましたか?」アランがそう、話しかけると、

先ほどまで叫んでいた女性が勢いよくアランの服の袖を掴み、鬼気迫る勢いで「アリーが!娘がどこにもいないの!」と言ってきた。

「わかりました。最後に一緒にいたのはどこですか?」

アランはそう聞くと女性は少し落ち着いた様子で、「露店通りよ、きっとそこではぐれたんだわ。あの時もっと強く手を握ってあげていたら」

そう言うと女性は声を押し殺したような声で泣き出すと、しばらくして気を失った。

アランは近くにいた男たちに女性のことを任せると、露店通りを目指した。


4.露店通り・

少女は泣いていた。

警報の音にではない。

母とはぐれたことにでもない。

日頃あれだけ優しかった大人たちが怒号を発し、我先にと逃げ出したからである。

他者ひとを押しのけ突き飛ばし、子供の悲鳴すら、無視したからである。

「たすけて、誰か助けてよう」

怖くて、寂しくて、少女はただうずくまって泣いていた。

「大丈夫?」

そんな声がして、少女は上を向いた。

「アリエストちゃん・・・だよね。一緒に行こう。お母さんが待ってるよ」

声の主はアラン・アイザックである。

「うん!!」少女は立ち上がる。

アランは手を貸す。

避難所へ向かおうとするとそこに『それ』はいた。

それは身の丈、二メートル近くあり、右手には血の付いた斧を持った。緑の肌をした怪物であった。

その姿を見た瞬間、少年は体が動かなくなった。

怪物はこちらを見ると、右手にあった斧をこちらに向けて、

次の瞬間こちらに跳んできた。

少年は一瞬で死を悟ると無意識のうちに少女を庇うように動き、恐怖のあまり目をつぶった。

次の瞬間ポンと何かが頭を触った。

目を開けるとそこには、先ほど公園であった。東洋人がいた。

その人間は怪物と自分の間に立つと、顔だけこちらに向けて言った。

「良く頑張ったな少年!良くぞ耐えた。後は大人わたしに任せな」

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