素晴らしい平和な日常

たたらば

今日も散歩日和だ!

 太陽が男の頭上に燦燦と輝いている。ペンキをぶちまけたような真っ青な空に幾本かの飛行機雲が山の向こう側へと流れていた。8月にはいり、暑さは増すばかりだ。遠くのアスファルトは陽炎でゆらゆらと揺らめいている。


 男は肌が灼けるのを感じながら歩いていた。男よりすこし背の高い外壁がわずかながらに陰を作っているが、男は日向を歩いた。心地の悪い暑さのはずだが気にしている様子は見受けられない。壁の向こうではテレビがバラエティ番組を放送していた。

 ゆっくりとした歩幅で俯き加減で歩いていると前から来る人影が見える。同じような歩調でだんだんと距離が近くなっていく。しかし、会釈することもなく彼らはすれちがった。もちろん振り返ることもせずに男は歩き続ける。当てもなく。



 世の中は夏休みだというのに、走り回る子供たちもおらず散歩日和だった。ミンミンと騒がしく鳴く蝉の声と頭上を往く飛行機の音が男の耳には届いていた。必死に求愛行動をする蝉は当てもなく歩く男とまるで正反対の生き様だ。人様の家の軒先から立派に成長した松が道路へと頭を垂れている。手入れの行き届いていない不格好な松が男の頭を撫でた。男は不快に感じる様子もなく歩を進めた。やはり振り返ることはしない。



 今日は平日だ。いくら夏休みと言えど、成人済みのこの男にも仕事があるはずだった。しかし、男はかれこれ2週間ほど仕事には行っていない。することもなく一日中街を歩き回っているだけだ。最初こそポケットに入っているスマートフォンが何度も鳴り響いたがいつのまにか着信は無くなっていた。そして、男には妻もおらず仕事に行っていない事実を咎める人はいなくなった。男はただ当てもなく散歩を続けている。



 昇っていた太陽がいつの間にか降り始めている。時刻は午後2時を過ぎた。日射を浴び続けている男の肌は赤くなっている。しかし男は一切変わらぬ歩調で散歩を続けている。住宅街のど真ん中をぐるぐると歩き回っている。何度目かの同じ景色に飽きることもなく男はただ歩いている。蝉の鳴き声とテレビ番組ですら出す音を変えているというのに。



 淡々と歩き続けている男の頭上にヘリコプターが飛んでいる。男は一瞥すらせずに歩き続けた。ヘリコプターは男の頭上でホバリングしている。蝉の鳴き声もかきけすほどの騒音にも関わらず男は一切その歩調を緩める気配はない。しばらくするとヘリコプターはどこかへと行ってしまった。男はヘリコプターの行く末など気にすることもなく歩き続けている。



 すっかりと陽も暮れた。真っ暗な住宅街を月明りが照らしている。澄み渡る夜空に輝く星々の美しさを見上げることもなく男は歩いていた。蝉も鳴くことをやめた静寂の中、帰路につく気配もなく延々と当てもなく男は歩いている。男を挟む壁の向こう側からテレビ番組の音が蝉の声に邪魔されずに男に届く。


「速報です。政府は8月15日に〇〇町へと突入を決めたとのことです」


 男は当てもなく散歩を続けている。

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