第76話 レベル10


 自分たちはふるいにかけられたのだ、とヘルートもその頃には理解していた。

 特務部隊としてやっていけるだけの実力があるかどうかを、自分たちの尊厳など一顧だにしない実験動物に対するようなやり方で、確かめられたのだ。

 ガザムも他の元同僚たちも、そうやって死んだのだろう。

 そのことに反発はあったが、軍人とはそういうものだという気持ちもあった。

 末端の兵士は命じられた通りに戦い、その意味など考えることはないのだ。


 レベル3のチームは強かった。

 ヘルートは戦士として、初めて魔法使いとともに戦うことの頼もしさを知った。

 ヘルートのチームは、ダンジョンを二つ、立て続けに封印した。


 ヘルートの戦士としての腕は、チームでは一番格下だった。

 それも当然だった。

 ヘルートは本来、特務部隊の引き抜きすら受けていないただの代替要員だ。これまで生き残ってこられたのは、彼が恐ろしく幸運だったからに過ぎない。

 それ以外のメンバーには、曲がりなりにも推薦を受けてきているだけの腕前があった。

 その上、ヘルートは目の前の戦いに生き残ることだけに必死で、自分の戦士としての腕を磨こうなどという長期的な視野はほとんど持つことができなかった。

 彼のチームは、本来の特務部隊員である戦士一人と魔法使い一人、それにヘルートら護民兵団上がりの隊員三人で構成されていたが、特務部隊員二人の実力はやはり別格だった。

 本当の優れた戦士の戦い方というものを、ヘルートはこの時初めて知った。

 チームの核となる二人以外の顔触れは頻繁に変わった。皆、二人の戦いについていけずに命を落としたからだ。

 欠員が出れば、すぐにレベル2で生き残った人間が補充される。

 ヘルートとともに配属された二人も、すぐに命を落とした。だが、ヘルートは毎回、どうにかこうにか生き残った。

「いつまでたっても剣の腕は上がらないが、しぶとさは大したものだな」

 チームリーダーの魔法使いグリモールはそう言って笑った。

 最初はヘルートのことなど相手にもしてくれなかったこの怜悧な頭脳を持つ男は、ヘルートが数度の遠征を生き残ると、ようやく態度を軟化させた。

「こんなに生き残る衛兵上がりは、お前が初めてだぜ」

「誰だって命は一つだ。俺も死にたくはないですからね」

 ヘルートは答えた。

「とにかく、生き残ることに全力を注いでます」

「面白いぜ、お前の戦い方は」

 グリモールは言った。

「見た目はかっこ悪くて仕方ねえけどな」

「生き残るためには、なりふり構ってられませんので」

 ヘルートは素直に認めた。

「それに、俺たちのこの戦いも人の役に立ってるんだと思えば、まあ頑張らざるを得ないというか」

「ん?」

 グリモールは怪訝そうな顔をした。

「人の役に?」

「え? はい」

 どうしてそんなところに引っ掛かるのか、と今度はヘルートが怪訝に思った。

「魔物が溢れて人里を襲う前に、こうやってダンジョンを封印したり魔物を駆除したりしてるじゃないですか」

「ああ、そういうことか」

 グリモールは笑った。

「まあ結果的にはな」

「結果的には……?」

 ヘルートには、グリモールの言葉の意味が分からなかった。

「どういうことですか? 特務部隊が組織を挙げて魔物と戦っているのって、今魔物がものすごい勢いで増えているからですよね。だから俺たちはその駆除をするために集められてるんじゃないですか」

「あー」

 グリモールは耳にかかる長い髪を掻き上げた。

「まあいいか。どうせお前だって長生きはしないんだから」

 そう言うと、もったいぶったように声を潜める。

「いいか。俺たちが魔物と戦ってるのは、レベル4に上がるためだ」

「レベル4……」

「レベル4の連中が戦うのは、レベル5に上がるためだ。レベル5の連中はレベル6に」

「……何なんですか、そのレベルって」

 ヘルートはたまらず口を挟んだ。

「前から疑問に思ってたんです。レベル2とか3とか。これって何なんですか」

「どれだけ強い魔物を狩ることができるかのランクみたいなもんだな」

 グリモールは言った。

「上の人間は、最終的にはレベル10のチームを作りたいんだとさ」

 グリモールの言う上の人間とは、参謀長のグルバンのことに他ならなかった。

「レベル10……」

 ヘルートは呟く。レベル3の今ですらやっとのことで生き残っている彼にとっては、気の遠くなるような話だった。

「レベル10のチームを作って、どうしようっていうんですか」

「さあな」

 グリモールは肩をすくめた。

「命じられた任務の意味など考えない。特務部隊というのは、そういう組織だ」

「じゃあ、苦しんでる人のために魔物を倒すっていうのは」

「副産物だ。結果的にはそういうことにもなるというだけの」

 グリモールは断言した。

「さっきも言っただろう。俺たちはそういう組織じゃない」

 確かに、戦いの舞台はいつも人里離れたダンジョンだった。まるで、彼らの戦いを人目から隠すかのように。

「次も生き残れよ、ヘルート。毎回メンバーが変わるんじゃやりづらくてしょうがねえからな」

 黙ってしまったヘルートに、グリモールは言った。


 それから三年が過ぎた。

 ヘルートたちのチームは実戦を繰り返し、レベル5に昇格していた。元からのメンバーで生き残っていたのはヘルートとグリモールだけだった。

 それだけ激しい戦いを生き抜いてきたのだ。

 ヘルートの戦士としての腕は、格段に上昇していた。野性的な生存本能は多くの戦いを通して磨き抜かれ、彼独特の体術へと進化を遂げていた。生き残るためには、学ぶしかない。ヘルートは何度も死にかけ、そのたびにそこから学んだ。

 レベル6から上は、それぞれのレベルに数チームずつしかいない。そして、その当時最も高いレベルにいたチームは、レベル8だった。

「チャンスだな」

 グリモールは言った。

「上が詰まっていない以上、強い魔物を狩れば、一気にレベルを上げられるぞ」

 貧民出身だというグリモールは、恐ろしいほどの上昇志向を持つ男だった。貧しくて魔法学校に通うことのできなかった少年時代、彼は独学で魔法を身につけたのだという。だから、魔法使いといっても彼は戦士の後ろには隠れない。戦士の隣で、時には戦士よりも前に出て、魔法を放つ。

 ガキの頃の自分を、ゴミを見るような目で見たやつらを、俺は絶対に許しはしない。

 グリモールは酒が入ると、口癖のようにその話をした。

 俺は、誰よりも強くなる。あらゆる人間が俺にひれ伏すまで、戦い続ける。

「ヘルート、レベル10まで駆け上がるぞ」


 だが、その頃から魔物の数は爆発的に増加し始めていた。

 連日のように、どこかの街が襲われたというニュースが流れ、騎士団や護民兵団が必死にそれに対応していた。彼らだけではとても手が回らず、民間の自警団が立ち上がったり、各地を旅しながらダンジョン攻略や魔物退治を請け負う冒険者と呼ばれる人々が現れたりもしていた。

「俺たち、こんなことしていていいんですかね」

 ある日、ヘルートは疑問をグリモールにぶつけた。

 彼らが狙う魔物はいつも、深い山奥の谷底や人里離れた洞窟の奥にいた。

「それよりももっと先に倒す魔物がいるような」

「たとえば?」

「街を襲ってる魔物ですよ。この間も、近くの街が数百単位の魔物に襲われたって話があったじゃないですか」

「ああ、そんなことか。街を襲うのなんてゴブリンだのオーガだの、そんな狩る価値もない雑魚ばかりだろう?」

 グリモールは言った。

「数だけのそんな奴らの相手は、騎士団だの冒険者だのに任せておけばいい。俺たちが狙うのは、もっと強い魔物だ」

「はあ……」

 しかし、すぐそこに苦しんでいる人たちがいるのに。

 現に、つい先日もヘルートたちは魔物に襲われている村を素通りしたばかりだった。狙っている魔物のもとにたどり着くまでに、余計な戦力を消耗したくないというのがその理由だった。

 帰路、その村は焼失していた。そこに住んでいた村人がどうなったのかは分からない。

「ヘルート。軍の鉄則はな」

 不満そうな顔のヘルートに、グリモールは言った。

「自分の意見を通したきゃ偉くなれ、だ。戦う相手を選びたいなら、さっさとレベル10に到達しな」

 そうだろうか。そういうことなのだろうか。

 釈然としないものがヘルートの中に残ったが、それでもやはり毎回の戦いは過酷で、生き残ることに必死にならざるを得なかった。それ以上、余計なことを考えている暇はなかった。



「レベル8のチームが全滅したそうだ」

 ある日、そんな情報を持って帰って来たグリモールは、満面の笑みを浮かべていた。

「上が空いた。ここを逃さず、俺たちのレベルを一気に上げるぞ」

 ついに仲間が死ぬことも喜ぶようになってしまったか、とヘルートは寂しい気持ちでリーダーを見つめた。

 このチームも、もう長くない。

 そんな予感があった。



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