第46話 冒険者の役割
「魔物狩人マリウスって、聞いたことあるわ」
村長と避難についての相談を終え、屋敷を出たところでヒルダが言った。
「南の方の街で、大きな魔獣を狩ったことですごい宣伝されてた。雑誌に載ってたもの、写真付きで」
「有名人なんだ」
ファリアが目を見張る。
「すっごい嫌なやつだったけど」
「雑誌では立派なこと言ってたけどね。この命は民の安心のために捧げた、とか何とか」
ヒルダは肩をすくめる。
「軍の連中なんてそんなものよ」
「それよりも、魔獣のことだ」
ヘスが言った。
「魔獣マイトエグド、だったっけ? 聞いたことは?」
「なーい」
「ねえな」
ファリアとハボンが首を振る。
「私はある」
とヒルダ。
「さっすが知恵の神官」
「魔獣マイトエグドは、人型に近い姿をしている。分かりやすく言えば、ものすごく強いリザードマンっていうイメージかな」
「リザードマンかあ」
ファリアは細い腕を組む。
「私、あいつらを魔法で一網打尽にしたことあるよ」
「リザードマンなら、油断しなければそう怖い敵でもない」
ヘスも言った。
「集団になると厄介だが」
「あくまで、イメージだと言ったでしょ」
ヒルダは言う。
「マイトエグドはリザードマンによく似た姿をしているけど、黒い鱗なのでまず見間違えることはないわ。その身長は通常のリザードマンの二倍近く。口からは炎を吐き、手に持つ邪悪な武器はこの世のあらゆる盾を打ち砕くとも言われている」
「火を吐くって、もうドラゴンじゃん」
「そうね。鱗の耐火性も強い。火球の魔法は通用しないと思った方がいいわ。ドラゴンのつもりでかかるべきかも」
「山の中で戦うと、火に巻かれてしまう危険がありますからな」
ヘルートが口を挟んだ。
「だから彼らは、木が少ないこの村で戦おうとしているのでしょう」
「あいつらのやり方にも理があるってことか」
ハボンの言葉に、ヘルートは頷く。
「ええ。魔物狩人というだけあって、そこは的確ですな」
ですが、とヘルートは続けた。
「彼らのやり方には、理はあっても情がない」
そう言って、ヘルートは目を細めて微笑んだ。
「人は、理だけでは生きられませんからな」
一見穏やかなその表情に何とも言えない凄みを感じ取った仲間たちは、思わず顔を見合わせた。
その夜。
村に一軒しかない宿に、マリウスたちの姿はなかった。
「どっかで野宿してるんだな」
とハボン。
「まあさすがに、これから自分たちでぶっ潰す村の宿屋に堂々と泊まるほど厚顔無恥でもないってわけか」
「というよりも、自分たちの情報の秘匿のためでしょうな」
ヘルートが言った。
「彼らは現地の人間とほとんど接触を持ちません。今回の村長宅への訪問のように、本当に必要最低限の場合を除いては」
「誰の方を向いて魔物を狩っているんだか」
ヘスが吐き捨てる。
「魔獣を狩ったところで、そこの住民が村に住めなくなってしまったら意味がないじゃないか」
「彼自身も言っていましたが」
ヘルートは言った。
「より大きな被害を防ぐため。もっと大きな街が魔獣によって破壊されるくらいならば、この村一つの被害で収める方が遥かに軽微。そういう考え方をしているのでしょう」
「どっちも人の住む場所であることに違いはないのに」
ヒルダが不快そうに顔を歪める。
「傲慢だわ」
「やむを得ない犠牲というものは、存在します。小を切り捨てて大を守る判断をせねばならないことも、時にはあります」
ヘルートが言うと、ヘスが眉を吊り上げた。
「じいさん。あんた、あいつらの味方か」
「考え方は、理解ができると言ったのですよ」
ヘルートはあくまで穏やかに言った。
「人にはそれぞれの役割がある。小だからといって、唯々諾々と切り捨てられなければならない謂れはない。儂らは儂らの役割を果たしましょう」
それでもヘスがまだ何か言いたそうに腕を組んだ時だった。
突然、闇夜を切り裂くように奇妙な笑い声が聞こえてきた。
「あれだ」
ヒルダが窓際に駆ける。
「近いぞ」
「もう山の麓近くまで来ちまってるんじゃねえのか」
ハボンもヒルダの隣で顔を青ざめさせる。
「本当に、笑い声みてえだ。不気味だな」
男の笑い声のような鳴き声は、闇の中に数度響くと、唐突に消えた。
「村人たちは明日、避難の準備を始めると言っていた」
ヒルダはそう言いながら仲間たちを振り返った。
「もしかしたら、間に合わないかもしれない。私たちも明日朝一番で出発しよう。出来る限り、モウレンの数を減らして、そして」
「マイトエグドも討つ!」
ファリアが握りこぶしを振り上げた。
「でしょ? ヒルダ」
「ええ。その通りよ」
ヒルダは頷いた。
「私たちは、私たちの依頼を果たすことに全力を尽くしましょう」
翌朝、払暁すら待たずに闇の中をヒルダたちは出発した。
「どうか、お気をつけて」
そんな時刻にもかかわらず、宿の主人が妻とともに見送りに出てくれた。
「避難は進めてください。できる限りのことはします」
ヒルダは彼等にそう言い残した。
山への入り口には、案内を買って出てくれた村の青年が待っていた。
「ムルケです」
青年はぺこりと頭を下げる。
「山は、結構分かれ道が多いから……俺に付いてきてください」
ムルケは、山で魔物の鳴き声を一番はっきりと聞いた村人だった。そのため、村長が特に案内役として彼を指名したのだ。
「ムルケさん、案内はある程度のところまででいいわ」
歩き出しながら、ヒルダは先頭のムルケの背中に声を掛ける。
「昨夜の声を聞く限り、もうかなり麓近くまで下りてきていると思う。だから、途中まで行ったら後は私たちだけで行くわ」
「いやあ、行けるところまで行きますよ」
ムルケは素朴な顔に意外な意志の強さを覗かせた。
「俺には皆さんみたいに魔物と戦う力はねえけど、村を守りたいって気持ちはおんなじだから」
それに、とムルケは続けた。
「この山、かなり道が入り組んでるんです。崖になってるところがいくつかあるから、巻かなきゃならねえし。村の人間だって油断すると途中で方向を見失うことがあるんです」
「そうなのね。だけど」
「ヒルダさん」
最後尾のヘルートがヒルダの言葉を遮った。
「自分たちの手で自分たちの村を守りたい。ムルケさんのその気概は尊重すべきでしょう」
「何かやれることがあるなら、何でもやります」
ムルケも声に力を込めた。
「村を守りたいんです」
「いいよ、ヒルダ。行けるところまで一緒に行こうぜ」
ハボンが言った。
「ムルケさんよ、それでもし死んじまっても、恨みっこなしだぜ」
「はい」
ムルケは気負った顔で頷いた。
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