第45話 魔物狩人マリウス

「軍の魔物狩人?」

 村長がうろたえた顔をする。

「どうして軍が。誰か軍に連絡したのか」

「いや、軍なんて、あっしらじゃどう連絡していいかも分かりませんし。誰もしてないと思いますが……」

「ならば何の用だ」

「さあ……」

 たちまち騒然とする村人たち。

「軍の魔物狩人」

 ヒルダが呟く。その言葉は、冒険者たちにとっては大きな威圧感を伴って響く。

 軍の特務部隊に所属する魔物狩人たちの活躍は、近年とみに宣伝されていた。

 並の冒険者では束になっても太刀打ちできない魔物を専門に駆逐する、“魔物狩人”。

 魔獣シンラバルラと戦ったときに出会ったサークスのような、冒険者ギルドに属する魔物狩人ももちろんいるが、現在、多くの魔物狩人は軍に属している。

 国の根幹を揺るがすような魔物に素早く対処するには、軍に所属している方が都合がいいからだ。

 本当に困ったときは、冒険者よりも軍の特務部隊を頼れ。などという話もよく耳にするようになった。

 軍も彼らの宣伝には協力的で、冒険者雑誌に当の冒険者たちを差し置いて特集ページが組まれることも多い。

 といっても、一般市民は彼らに魔物退治を依頼することはできない。彼らは独自の情報に基づいて、依頼ではなく軍上層部の命令で動くからだ。

 ヒルダたちが席を外す暇もなく、四人の男女が屋敷の応接室に乗り込んできた。

「軍所属の魔物狩人、マリウスだ」

 先頭のリーダー格の男が言った。深草色の厚手のジャケットを着ているが、その上からでも分かる鍛え上げられた体躯。短く刈り上げられた髪。鋭い眼光。まさに百戦錬磨といった雰囲気の男だった。

 その胸には、彼が本当に軍の魔物狩人であることを示す、仰向けに倒れたドラゴンに突き刺さる剣を図案化した銀色のバッジが付いている。

「ミドバル村長のムスロです」

 村長は答える。

「本日は、どのような御用件で……」

「魔獣マイトエグドを討つために来た」

 マリウスは言った。

「念のため、知らせておこうと思ってな」

「マイト、エグド……?」

 村長は困惑した表情でマリウスを見上げた。

「それはどのような」

「知らんのか」

 マリウスはヘルートたちを一瞥して、鼻を鳴らす。

「お前たちは、マイトエグドを討つためにこの素人どもを雇ったのではないのか」

「素人どもぉ?」

 ファリアがむっとした顔をする。

「なによ、突然乗り込んできて偉そうに!」

「よせ、ファリア」

 ヘスが慌てて止めた。

「相手は魔物狩人だぞ」

「私たちだってこれから魔物を狩るんだから、魔物狩人でしょうが!」

 ファリアは頬を膨らませて腕を振り回す。

「いや、魔物狩人ってのはそういうことじゃなくてだな」

「じゃあどういうことよ!」

 マリウスはヘスに押さえられたファリアを呆れたように一瞥し、首を振った。

「悪いことは言わん、やめておけ。ガキや年寄りを連れて討てるような魔物ではない」

「なんだとー!」

 ファリアは腕を振り上げる。

「聞いた、ヘス! 私のことガキだってー!」

「なんでちょっと嬉しそうなんだ、お前」

「ヘルートは完全無欠のおじいちゃんだけど、私もガキだって!」

「いや、ヘルートは本物の年寄りだけどお前はガキじゃないだろう。怒れよ、そこは」

「おかしな鳴き声が、この山の奥から聞こえてくるだろう」

 ファリアに一切構うことなく、マリウスは村長に言った。

「は、はい」

 気圧されたように村長は頷く。

「男の笑い声のような」

「それは、モウレンどもの声だ」

「……モウレン?」

「マイトエグドの先触れのような連中だ。大した魔物でもないが、そいつらが出た後でしばらくして、マイトエグドが現れる。そうなれば手遅れだ。こんな村は一夜で滅びる」

 淡々としたマリウスの説明に、村長はごくりと唾を呑み込む。

「そ、それでは、マリウス様たちがこの村を守ってくださるのでしょうか」

「話を聞いていなかったのか」

 マリウスは眉をひそめた。

「我々は魔獣を討ちに来たと言ったはずだ。この村は、その戦場になる可能性が高い。だから一応はそれを伝えに来たのだ」

「は……」

 マリウスの言うことを良く飲み込めずに村長が目を瞬かせると、マリウスはため息をついた。

「逃げるなりなんなり、対応はお前らに任せる。いずれにせよ、ここがマイトエグドとの戦いの場になったときに、まだ残っていて巻き添えを食っても知らんぞ、ということだ」

 マリウスはそう言うと、自分たちの入ってきたドアの方を振り返った。

「来る前に実査をしてきたが、山の中で戦うよりは開けた場所の方が都合がいい。ここにマイトエグドを誘い込めればしめたものだ」

「魔獣を村に誘い込むですって」

 村長は悲鳴のような声を上げる。

「それでは村はどうなるのです」

「それは戦ってみなければ分からん。まあしばらく住めなくなるのは間違いないだろうが」

 マリウスは言った。

「だから言っただろう。対応は任せると」

 言葉を失った村長は、陸に上げられた魚のように口をパクパクと動かしたが、言葉は出てこない。

「我々は我々の仕事をする。お前らもお前らのすべきことをするがいい」

「ひ、避難はさせますが」

 村長はようやく、そう声を絞り出す。

「その、村を戦場にするのは避けてもらえませんでしょうか」

「ここでやつを討たねば、もっと大きな被害が出る」

 マリウスは、冷淡な口調で言った。

「我々が、ここで戦うことが最善と判断したのだ」

「そ、そんな」

「ちょっと」

 声を上げたのは、ファリアだった。

「黙って聞いてればずいぶん一方的じゃない。あなた魔物狩人だからって、そんなに偉いわけ?」

「魔物狩人だからではない」

 マリウスは即答した。

「我らは軍の特務部隊に所属している。軍の判断は国の判断。国の判断は王のご判断だ。一介の冒険者見習いの小娘ごときが口を出すことではない」

「小娘ですってぇ!?」

 押さえきれない笑みをこぼしながらもいきり立つファリアを、ヘスが制止する。

「ファリア。あんた、怒るのか喜ぶのかどっちかにしなよ」

「ちょうどいいではないか」

 感情の動きの全く見られない顔を、マリウスは再び村長に向けた。

「村人の避難誘導はこの冒険者どもに任せればいい。素人とはいえ、モウレンの一匹や二匹ならまあ、相手にできないこともあるまい」

「私たちは素人ではありません」

 きっぱりとそう言い切ったのはリーダーのヒルダだった。

「私たちも魔物を討つためにこの村に来ました。あなたたちがここを戦場に選ぶというのなら、私たちは村を守るために、あなたたちよりも先に魔物を探し出して倒します」

「なに」

 マリウスは不快そうに眉をひそめた。彼の背後に立つ二人の女性がヒルダをバカにしたように見た後で、顔を見合わせて声を出さずに笑う。

 マリウスに従うこの二人の女性ともう一人の男の胸には、魔物狩人のバッジはない。

 彼らは魔物狩人マリウスをリーダーとするチームなのだ。

「おい、ヒルダ。やめとけよ」

 焦った表情のハボンがヒルダの肩を掴む。

「軍の魔物狩人と張り合ったって、いいことなんか何もねえぞ」

「別に張り合うわけじゃない。冒険者は受けた依頼を果たす。それだけのことでしょ」

 ヒルダはマリウスから目をそらすことなく、言った。

「このパーティの前のリーダーだったハイザルはバカでスケベだったけど、そこだけはちゃんと守る男だった。だから私は彼の仲間になったんだ。ハイザルの名を冠するこのパーティだからこそ、そこだけは譲れない」

「おい、じいさん」

 ハボンがヘルートを肘でつつく。

「ヒルダのやつ、頭に血が上ってやがる。あんたからも何か言ってくれ」

「儂は志の尊い方を支持します」

 ヘルートは言った。

 その声に、マリウスが片眉を上げて彼を見る。

「そしてそれはこの場合、間違いなくヒルダさん、あなたの方です」

「ありがとう、ヘルートさん」

 ヒルダが微笑む。

「ヘルート……」

 マリウスが口の中で呟いた。

「その名、どこかで」

「さっすがヒルダ!」

 ファリアが歓声を上げてヒルダに抱き着く。

「そういうわけで」

 ヒルダは挑戦的にマリウスを見た。

「私たちはこれから村長さんとの相談がありますので、どうぞお引き取りを」



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