第五章 軍の魔物狩人と老魔法使い

第43話 ハーレムパーティ


 この国で冒険者ギルドが存在するのは、比較的大きな街に限られる。

 だから、小さな街や村で冒険者を雇わなければならない事態が起きたときは、大きな街のギルドに人をやって依頼を出す。

 相場をよく知らない村人たちの出す依頼には、とんでもないハズレも多いが、中には目を剥くほどの掘り出し物もある。

 冒険者ギルドの受付脇の掲示板には、そうした小さな街や村からの依頼がたくさん貼り出されているものだ。

 ここ、ホムックの街の冒険者ギルドの掲示板にも、そんないくつもの貼り紙がされていた。


「ま、行程からいって、これかこれだな」

 中堅冒険者パーティ“ハイザル幻想楽団”のメンバー、盗賊のハボンは冒険者らしからぬ長く細い指で、掲示板の貼り紙をぺんぺん、と二つ指差す。

「どっちもここから一日半の距離の村だ」

「ちょうどいい距離だな。あんまり遠いと旅費だけで足が出るからな」

 リーダーの女神官ヒルダがそう言って、女魔法使いのファリアを振り向く。

「ファリア、どっちがいい?」

「うーん……」

 あどけない少女のような容姿のファリアは、その外見通りの幼い仕草で唇に指を当てる。

「どっちもどっちだね。私、決められない」

「それにしても、最近は魔物が増えたよね」

 女戦士のヘスがぼやくように言った。

「まあ、仕事がなくならないのはいいことだけどさ」

 ハイザル幻想楽団は、ハボンが唯一の男性で、残りの三人は女性のパーティだ。

 かつての大魔物期と違い、冒険者時代と呼ばれる昨今は女性冒険者など珍しくもないが、複数の女性の中に男性が一人だけ入る編成は避けられることが多い。

 男性メンバーしかいない他の冒険者パーティから、やっかみ半分にハーレムパーティなどと陰口を叩かれることが多いからだ。

 ハイザル幻想楽団はそのいわゆるハーレム状態のパーティだが、別にハボンがそれを望んだわけではない。

 ハーレムパーティを作ろうと目論んだのは、パーティにその名を残すハイザルという男だ。

 彼が付けたパーティ名からも窺えるとおり、ハイザルは気障でナルシスティックな剣士だったが、比較的高い能力を持つ女冒険者を口説き落としてかき集めたまではよかったものの、結成して二度目の冒険であっさりと命を落としてしまった。

 パーティはいきなりリーダーを失ったわけだが、解散したところですぐに次のパーティが見つかるわけもない。

 女盗賊が見つからずにやむなく臨時のメンバーとなっていたハボンを正規のメンバーに加え、一番しっかり者のヒルダが臨時のリーダーを引き受けることになった。

 ハーレムの夢半ばに散ったハイザルはさぞかし無念だったろうとハボンが言うので、パーティ名には彼の名前をそのまま残してある。

 とはいっても女性メンバーたちは皆、ハイザルに特別な好意を持ってはいなかったので、彼が存命だったとしてもハーレムへの道は極めて険しかったことだろう。

 とにかくそういうわけで、ハイザル幻想楽団はいずれそれぞれが新しい仲間を作るまでの期間限定で活動している、よくある過渡期のパーティであった。

「どっちかに決めてよ、ヒルダ」

 ファリアが甘えた声で言った。

「リーダーなんだから」

「うーん。それじゃあ……」

 ヒルダが眉を寄せたその時。

「儂は、こっちがいいですな」

 突然、女性メンバーたちの後ろから、枯れ木のような腕がにょきりと伸びて貼り紙を指差した。

「じいさん」

 ハボンが顔をしかめる。

「入ったばっかで、生意気言うんじゃねえよ」

「これは失礼」

 全く気にしていなそうな顔ながら、老人は素直に手を引っ込める。

「いいよ、ヘルートさん」

 ヒルダが言った。

「あなたの意見、聞かせて」

 ヘルートと呼ばれた老人は、「では」とあご髭をしごいて、遠慮なく喋り出した。

「こちらの村の依頼は、山に出る魔物退治ですが、山奥から不気味な鳴き声が聞こえるという程度の曖昧な内容ですので、首尾よくその魔物がすぐに見付かればいいですが、見付からなければ村に長逗留することになります。それは経費を考えるとなかなか大変でしょう」

「確かにそうね」

 ヒルダは頷いて、ヘルートが最初にこちらがいいと言った方の貼り紙を指す。

「じゃあ、こっちは?」

「こっちは魔物の種類がもう明確ですからな」

 ヘルートは答えた。

「村人の目撃談まで書いてくれております。これを見れば、魔物は二種類くらいにまで絞れるでしょう。この街で準備と対策をしっかりしてから行けます」

「おじいちゃん、すごい」

 ファリアが老人に尊敬のまなざしを向ける。

「ああ。論旨が明快だな」

 ヒルダも頷いた。知恵の神官であるヒルダは、こういう言い方を好む。その癖、彼女は戦闘ではハンマーを振り回して戦士のヘスよりも先に突っ込んでいくという武闘派っぷりを発揮するのだが。

「それでいいか、ハボン」

 ヒルダに訊かれ、ハボンは肩をすくめる。

「ああ、別にいいぜ。どっちにしても俺が選んだ二つのうちの一つだしな」

「よし。じゃあ決まりね」

 ヒルダが頷いたとき、また彼女たちの後ろからにょきりと腕が伸びた。

 今度はギルドの受付の初老の男だった。

「ちょっと失礼」

 男はヒルダたちが見ていたその紙に『成約』のシールをぺたりと貼った。

「あ!」

「ん?」

 ヒルダたちの視線に気づいた男は、「ああ」と頷く。

「この依頼ならさっき別のパーティが受けたよ。他の依頼を当たってくれ」

「……そんな」

 がっくりと肩を落とすヒルダ。

「まあ、無いなら仕方ねえよ」

 とヘスが慰める。

「こっちの、山の魔物の依頼にしようぜ。ハボンもじいさんもそれでいいだろ?」

「だから俺は最初から、その二つって言ってただろ」

 ハボンが答え、ヘルートも笑顔で頷く。

「何が起きるか分からないからこその冒険ですからな。じじいになるとついつい保守的になってしまっていけませんな。冒険者たる者、安定ばかり取ろうとするなという神からのお叱りなのかもしれません」



 英雄パーティ“光の剣”の魔法使いトリアから太陽の石の情報を得たヘルートは、カテナとともにクインクのいる光の大神殿を目指していた。

 その途中立ち寄ったホムックの街で、これからの路銀を稼ぐためにカテナは街の広場へ大道芸を披露しに行き、ヘルートは冒険者ギルドで臨時メンバーの募集はないかと問い合わせた。

 そこで、ちょうどメンバーを募集していたのがこのハイザル幻想楽団だった。

「まあ、ハイザルが生きてても、おじいちゃんなら入れてくれたと思うよ」

 ファリアが言った。

「お年寄りはハーレムの邪魔にならないからね」

「なるほど。勉強になります」

 ヘルートは殊勝な顔で頷く。

「それでは皆さん、そのハイザルさんのことが好きだったんですかな」

「やだぁ、もう! おじいちゃんが好きとか言ってるぅ!」

 ファリアに背中をばしばしと叩かれ、ヘルートは軽く咳き込んだ。

「ファリア。お年寄りは大事にしな」

 ヘスにたしなめられ、ファリアは舌を出す。

「はあい。ごめんなさい」

 それから、ファリアは笑顔で言った。

「ハイザルはスケベだけど悪いやつじゃなかったから、まあ嫌いじゃなかったけど。でも私が好きなのはお金持ち。貧乏くさい冒険者なんてお断りだよ」

 まだカテナと同年齢くらいに見えるファリアのあけすけな言葉に、ヘルートは口を挟む。

「失礼ですが、ファリアさんはおいくつ……ごほっ」

「やだもう、おじいちゃん! 年齢なんて聞いて!」

 またファリアに背中を叩かれてヘルートはむせた。

「私、こう見えてももう二十二だよ」

「二十二ですか」

 それでは“燃える魂”の治癒の神官イエマよりも年上だ。彼女よりもはるかに幼く見えるというのに。

「さばを読むな、ファリア」

 ヘスが呆れた顔をした。

「じいさん、こいつはもう二十八だ」

「なんと」

「あー、ヘスちゃんどうしてばらすのよぅ」

 ヘスは、ファリアの抗議にも慣れっこなのか耳を貸さない。

「私とヒルダが二十五。ハボンは二十六だったかな。だからファリアがこのパーティで最年長だ」

「やめてー、言わないでぇ」

 耳を塞ぐファリアに、ヘルートは優しく言った。

「大丈夫ですよ、ファリアさん。儂から見れば皆さんの年の差など、全部誤差の範囲ですから」

「おじいちゃん」

 ファリアはヘルートを妙に迫力ある目で見上げた。

「女はね、その誤差で生きてるの。だからそんなこと二度と言っちゃだめよ」

「これは失礼」

 ヘルートはまた神妙な顔で頷いた。



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