第42話 【閑話】“青き龍眼”の臨時メンバー
「こっちだ」
暗いダンジョンの奥。
ニドックが右へと曲がる通路を指差す。それに合わせたように、背中の羽根飾りもぴこんと右を向いた。
「こっちに行こうぜ」
「いや」
ナシオンは首を振った。
「こっちだ」
そう言って指差したのは反対の左へと曲がる通路。
「ニドック、ここに入る前に話したことをもう忘れたのか? このダンジョンには魔物部屋があると言っただろう」
魔物部屋というのは冒険者たちの使う業界用語で、ダンジョンの中でなぜかその部屋にはいつでも大量の魔物が湧いているという部屋のことだ。
魔物部屋は、場所を把握している冒険者たちにとっては恰好の修練の場だが、知らずにそこに踏み込んでしまった者にとっては恐ろしく危険だ。大量の魔物に囲まれて悲惨な末路になることも多い。
「魔物部屋に入るメリットはない。左の通路を進んでもっと奥まで足を伸ばす」
「何を言ってやがる」
ニドックは譲らなかった。右の通路を何度も指差す。
「こっちだ! 魔物部屋に行くんだよ」
さすがにナシオンも苛立った顔を見せた。
「……何のためにだ」
「何のためもクソもねえだろうが!」
ニドックは早くもヒートアップしていた。
「今回の探索は戦闘訓練も兼ねてるって言ったのはおめえだろうが!」
「あくまでも、兼ねている、だ!」
ナシオンも顔を赤くして叫び返した。
「俺の言葉が分かるか! 兼、ね、て、い、る、だ! 戦闘だけをしに来たわけじゃないんだ! そっちの魔物部屋に出てくる魔物はもうとっくに把握している。分かっている敵と戦ったところで大した訓練にはならない。だったら未知の敵を求めてもう少し奥へ」
「俺は把握してねえよ、自分が分かってるからって勝手な判断するんじゃねえよ!」
「なんだと!?」
二人のやり取りに、魔法使いと神官の女性メンバー二人は、また始まったとばかりに呆れ顔を見合わせた。
ツェリルマンドの街を震撼させた魔物襲撃事件。
その際に、タイガリグラとの戦いによって冒険者パーティ“青き龍眼”はメンバーの戦士を、“最強団”はニドック以外の二人を失っていた。
ニドックが次のパーティを結成するまでの暫定的な措置として、ナシオンが彼を欠員補充の臨時メンバーとして受け入れたのだが、二人の相性はすこぶる悪かった。
何をするにも意見が対立し、時と場所を選ばず言い合いを始めてしまう。
ニドックには自分は受け入れてもらっている身だ、などという遠慮は一切なかったし、ナシオンの方も同情から来る遠慮などなかった。
元からガラの悪いニドックはそういう態度であってもまあ不思議ではなかったが、意外だったのはナシオンの方だ。本来はかなり冷静で我慢強い性格のはずのリーダーの変貌に、神官と魔法使いは戸惑っていた。
「ニドックが相手だと、ナシオンもまるで子供に戻っちゃったみたいになるのよね」
と魔法使いは神官に囁く。
「ほんと、子供のとき以来よ。こんなにわあわあ喚くナシオンを見るのなんて」
「私が加入してからも、こんなナシオンさんを見るのは初めてです」
神官は答えた。
タイガリグラ事件の少し前にパーティに加わった神官はもちろんのこと、ナシオンと同じツェリルマンド出身で彼とは幼馴染同士の魔法使いまでが、ニドックと言い合う彼に驚いていた。
「もうしばらくかかりそうね」
言い合いを続ける二人を見て、魔法使いは壁に寄りかかった。
「いいよ。休んでましょ」
「そうですね」
神官も床にしゃがみこむ。それからしばらくして、ようやく結論が出たようで、魔法使いと神官はまだ興奮したままのナシオンに名前を呼ばれた。
「あ、終わったの?」
欠伸まじりに魔法使いが尋ねると、
「不本意ながらな」
とナシオンが答える。
「これから魔物部屋に行って、魔物を一掃する」
「ニドックの案が通ったのね」
「今回は俺が譲ったが、次はこうはいかない」
ナシオンは憤然としていた。
「大丈夫ですか? 魔物と戦うのなら少し冷静になった方がいいですよ」
神官が心配そうに口を挟むと、ナシオンはようやく少し我に返ったように口調を和らげた。
「ああ、もちろん戦いということになれば、私情は挟まない。大丈夫だ、心配してくれてありがとう」
「おら、何してんだよ」
ニドックはといえば、もう歩き出しながら剣を振り回している。背中の羽根飾りもそれに合わせてナシオンを手招きするようにぴこぴこと動いた。
「置いてくぞ、さっさとしろ」
「まったくあいつは」
ナシオンは再び苦々しい顔になって、ニドックを追う。
「待て! お前ひとりで支援もなしに突っ込めば生きては帰れないぞ」
「だったら早く来いって言ってんだよ!」
言い合いをしながら通路を進んでいく二人を見て、魔法使いが神官にまた囁く。
「早くパーティに盗賊を入れないとね。あの調子で未把握の通路を歩かれたら、たちまち罠にかかってあの世行きだわ」
「そうですね」
そう答えてから、神官はくすりと笑う。
「でも、何だかナシオンさん少し楽しそうですよね」
「そうかなあ」
魔法使いは首をひねった。
魔物部屋には、普段以上にたくさんの魔物がはびこっていた。のこのこと侵入してきた人間たちを見ると、たちまち殺気立った魔物が彼らに殺到してきた。
「最近、あまり冒険者がこの部屋に入っていなかったせいだろうな」
ナシオンは言った。
「行くぞ、ニドック」
「分かってるよ、指図すんな」
二人が剣を持って前に出る。後方から魔法使いの散炎弾の魔法が飛び、魔物の動きを牽制している間に、神官の防御の魔法が二人を包んだ。
戦士二人は、部屋の戸口にうまく並んで、囲まれないよう魔物を相手にする。ナシオンの剣が魔物を切り裂き、それに対抗するようにニドックも剣を振りまわす。
「あ」
と魔法使いが声を上げる。
「ニドック、ちょっと上達してる」
「宿の裏手でよく訓練してますよ、ニドックさん」
と神官。
「だからきっと、その成果をナシオンさんに見せたかったんでしょうね」
「それで魔物部屋に行こうって言ったの? 素直じゃないなあ」
「いいじゃないか、ニドック!」
ナシオンが言った。
「今日は剣が鋭い、その調子だ」
「言われなくても分かってるよ!」
ニドックが叫び返す。
「よそ見してねえで、自分の敵に集中しろ!」
そんなことを言いながらも、その顔が嬉しそうににやけていた。
「あ。ニドック喜んでる」
魔法使いの言葉に神官も頷く。
「喜んでますね。ナシオンさんに褒められましたからね」
そう見えたのも束の間、二人はまた互いの動きに文句を言い始めた。魔法使いはため息をつく。
「あーあ。また罵り合ってる」
「剣さえ止まらなければ、まあ何を言っていてもいいですけれど」
「そういえば思い出したけど」
二人の討ち漏らした魔物を火球でしとめてから、魔法使いは言った。
「ナシオンって子供の頃、あんな感じでよく叫んでる子だった。でっかい声で」
「そうなんですか」
「だから、今のナシオンって結構自然体でやれてるのかも」
「それじゃこのまま正規メンバーになるかもしれませんね、ニドックさん」
「あー……そうだねえ……」
魔法使いと神官は、しばらく二人の戦いを見つめ、それからどちらからともなく言った。
「大人の盗賊、入れようね」
「そうですね」
※明日から、本編再開です! 書籍発売記念の毎日更新がスタートします! どうぞお楽しみに!
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