第41話 【閑話】魔物狩人サークスの回想
「魔物狩人の俺が来たからには、もう大丈夫だ」
サークスが自信満々にそう言いきると、今まで絶望の淵に沈んでいた人々の顔がぱあっと輝く。
みんなが希望を取り戻し、縋るような目でサークスを見つめてくる。
自分には生きている価値がある、あの日生き残った意味があるとサークスが実感する瞬間だった。
最初から魔物狩人という称号を目指していたわけではない。ただひたすらに、一心不乱に魔物を狩り続けていたら、気が付いたらその称号がくっ付いていた、というのが彼の感覚だった。
別に、魔物を狩るのに称号は要らない。
ただ、これがあった方が人々の自分への信頼が格段に増す。みんなが自分の言葉に耳を傾けてくれる。
だからサークスは魔物狩人という名を最大限に利用することにしていた。時にはその称号を鼻にかけていると誤解や嫉妬の対象にされることもあったが、別に気にしてはいない。
魔物狩人サークスは、魔物を狩ることで自分の価値を証明するからだ。
昔は大変だったな、とサークスは苦笑交じりに思い出す。
***
「冒険者のサークスだ。俺が来たからにはもう大丈夫だ」
魔物の群れに迫られて離散の危機に瀕していた集落の人々は、サークスがそう呼びかけても誰も声を上げなかった。
それどころか、ますます絶望が深まった顔をした。
「あんた一人かね」
集会所の隅に身体を埋めるように座っていた一番年長の老人が、そう言った。
「たった一人で、おいでなすったのか」
「ああ。俺一人だ」
サークスは即答する。
仲間はいない。昔はいた。だが、皆サークスの常軌を逸した魔物狩りへの情熱について来られなかった。
冒険者を志す若者たちの動機は様々だ。
冒険者として活躍し、有名になりたい。
ダンジョン探索で一獲千金、大金持ちになりたい。
そういった分かりやすい現実的な動機も多いが、中には、何ものにも縛られず、気の合う仲間たちと世界を放浪したい、というような冒険者というよりも旅人フィーリングな動機の者もいた。
そういう冒険者と、サークスはともに戦えなかった。
もちろん、自分の力を世の中の役に立てたい、とか、困っている人を助けたい、みんなの笑顔が見たい、なんていう動機を持つ者もいる。
けれどサークスほど明確に、自分が生きている間に一匹でも多くの魔物を狩りたい、という動機、というよりも具体的な目標を掲げている人間はいなかった。
だから、サークスは一人で戦うことを選んだ。
将来の大きな目標のために、今は目の前の魔物を看過する、というような「賢い」選択が彼にはできなかった。
「ここで一匹の魔物を倒すために死ぬのは犬死にだ。将来、もっとたくさんの魔物を倒すためには退くことも重要なんだ」
そう諭されたこともあるが、サークスの胸にはまるで響かなかった。
将来? その将来とやらは、本当に来るのか?
幼い頃、魔物の襲撃で昨日まで平和だった故郷を突然失ったサークスには、そんな来るのかどうかも分からないあやふやな「将来」よりも、今目の前に確かにいる一匹の魔物を倒すことの方がよほど重要だった。
結果、「あいつには何もビジョンがない」「ただの死にたがりだ」「あんなことをしていたら、近いうちに必ず死ぬ」「巻き込まれるのはごめんだ。一人で勝手にやれ」などと言われ、誰にも相手にされなくなった。
それでも、サークスは生き残ってきた。多分に幸運のおかげでもあったが、それをサークスは、自分にまだ役目があるから生き残ったのだと考えた。
その幸運を授けてくれたのが光神ケルムであろうと戦神ウノスであろうと構わなかった。彼は自分の満足のために戦っているのであって、神に命じられて戦っているわけではないからだ。
彼の心にいるのは神ではなく、あの日自分を救ってくれた温かい手の持ち主。伝説の冒険者パーティ“光の剣”だけだった。
「たった一人で、何ができなさる」
老人の言葉には、明らかな非難が込められていた。
「冒険者のパーティが来てくれると思っておったのに、戦士がたった一人だけとは。もう終わりじゃ、この集落は」
他の人々も、口にこそ出さないが皆この長老と同じ気持ちであることはサークスにも分かった。深い絶望が彼らを包み込んでいた。
「この剣を見てくれ」
サークスは自分の背負っていた長剣を、集会所の床に置いた。柄と鍔のひどく長い、一種異様な形の剣だった。
「魔剣ラヴァノール」
サークスはその名を口にした。
「じいさん、あんたは今、たった一人で何ができると言ったな。なるほど、俺は確かに人間の数という意味では一人だ。だが俺には人間なんかよりももっと信頼できる相棒が一緒にいる。それがこいつだ。ただの剣を相棒だなんておかしいんじゃないのかと思うかもしれないが、俺は今までこいつと一緒にどんな魔物にも打ち勝ってきた。時には腕が千切れかけたり内臓が飛び出しそうになったりもしたが、それでもこいつは決して俺を裏切らなかった。人間の仲間だったら、そんな極限の戦いで一緒に戦っちゃくれない。自分の身が可愛くてとっくに逃げ出しちまってるだろう。でもこいつはそうじゃない。どこまでだって俺に付き合ってくれる。俺と一緒に魔物を狩ってくれる最高の相棒なんだ」
いきなりの演説に、人々はぽかんとした。
「だから大丈夫だ。前回の戦いでも、前々回も、前々々回も、みんな最初はあんたたちと同じ顔をしてたよ。だけど俺は今、ここでこうして生きてる。それがどういうことか分かるだろ? 俺は魔物を倒し、みんなは笑顔になった。大丈夫、戦士サークスは魔物を討ち取るまでは決して死なない。それが、俺がこの世に生きる理由だからな」
サークスの口数が多いのは、元々の性格もあるが、やはりずっと一人で戦い続けているせいでもあった。
仲間がいなければ、自分を鼓舞する者は自分しかいない。だから、彼は喋り続ける。
サークスの長い独白にもかかわらず、人々の目から懐疑の色は消えなかった。
サークスは、彼らに語りかけるのは彼らの不安を取り除くためではないと割り切っていた。
自分を鼓舞するため。これだけのことを言ったのだから、おめおめと死ぬわけにはいかないぞと己の退路を断つため。
翌日の払暁から日没までただ一人休むことなく戦い続けたサークスは、ついにすべての魔物の息の根を止めた。
血に塗れたままの姿で帰還すると、出迎えた長老は彼の前で地面に額をこすりつけるようにひれ伏した。
「お許しくだされ、戦士様。あなたの力を疑ったことを。あなたはその命を懸けてこの集落を救ってくだすった」
「いいんだ」
サークスは朗らかに笑った。
「ありがとうな、俺を呼んでくれて」
***
それが今はどうだ、とサークスは思う。
自分が魔物狩人であると名乗っただけで、みんなが救われたという顔をする。仲間も連れずたった一人であることにすら、むしろ勝手にある種の神秘性を感じ取ってくれる。
俺のやってることは、変わってねえけどな。
自分が魔物狩人であろうとそうでなかろうと、サークス自身は変わっていない。人々の命を背負って魔物と戦うということの重圧が変わることもない。それが、俺にとっての生きるということだ。
「じゃあ、行ってくるからよ。そうだな、帰ったときにそのまま飛び込めるように新しいシーツのベッドだけ用意しておいてもらえれば、それ以上言うことはねえな」
サークスは人々に見送られ、その希望を背負って出発した。
さあ、ラヴァノール。
魔物狩人は背中の相棒に呼びかける。
今日も俺に力を貸してくれ。
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