第40話 【閑話】“燃える魂”の臨時メンバー 後編

「臨時メンバーは、絶対に男な」


「は?」


 エッジの言葉にアトスたちは顔を見合わせた。


「オリビアに言われたんだ。あたしが抜けた後の臨時メンバーは絶対に男じゃなきゃだめよって」


「えー、どうして?」


 イエマが不満の声を上げる。


「そしたら女が私一人になっちゃうじゃん」


「何か理由があるのか」


 アトスが訊くと、エッジは手に持っていた雑誌を突き出した。


「これだ」


「週刊アドベンチャラー……?」


 それはエッジがいつも愛読している冒険者雑誌だった。


「これがどうかしたか」


「見ろよ、この記事」


 エッジが開いたそのページを、覗き込んだイエマが読み上げる。


「えーと……ベテランから新人まで、冒険者百人徹底大調査、冒険者夫婦の浮気原因特集! 第三位は、旅の途中で見つけたきれいな池で仲間同士で水浴びをしているうちにそんな雰囲気になってしまって! 第二位は、冒険帰りの祝勝会で飲み過ぎた後、勢い余って宿で! そして第一位は、妻が産休中に新加入した女性メンバーに優しくしているうちにだんだん距離が縮まって! ……何これ、くだらない」


「一位なんだよ! 浮気原因の!」


 エッジが頭を抱える。


「女性新メンバーが!」


「何が一位だ。お前が浮気しなければいいだけだろう」


 アトスが言うが、エッジは首を振る。


「そうじゃねえんだよ。俺じゃなくて、オリビアがこの記事を読んじまったんだよ。それで、あたしがいない間の臨時メンバーは絶対に男じゃなきゃだめだって言い出したんだ」


「何だ、それは」


 アトスは呆れてため息をつく。


「くだらない雑誌をその辺に置いておくからだ」


「そうだぞ、読むなら『冒険実話時代』にしろっていつも言ってるだろうが」


 ウグレが自分の愛読している盗賊御用達のゴシップ雑誌の名前を挙げるが、エッジは嫌な顔をする。


「やだよ。あの雑誌、ギャンブルと犯罪の話しか載ってないじゃんかよ」


「それがいいんだろうが」


「ウグレ以外の人があの雑誌読んでるの見たことないよ」


 イエマの言葉にウグレは肩をすくめる。


「お子様が行くようなところには置いてねえよ。髑髏通りの床屋に行ってみろ。バックナンバーまで全部置いてあるから」


「とにかく!」


 エッジが真剣な顔で拳を握りしめた。


「オリビアが、あんたには前科があるって言うんだよ。ほら、前にやたらときれいな女神官が怪我したイエマの代わりに入って来たときがあっただろ。あの時、俺がいやらしい目で彼女のお尻ばっかり見てたって、オリビアは言うんだよ。そんなわけないのに!」


「そんなわけあっただろ。お前、ずっとガン見してただろうが」


「とにかく!」


 ウグレの言葉に構わず、エッジはもう一度拳を握りしめた。


「臨時メンバーは、男じゃなきゃだめだ。少なくとも、オリビアのほとぼりが冷めるまでは」


「なにがほとぼりだよ」


 ウグレが笑う。


「嫁が思ってるほど、旦那はモテやしねえのにな」


「とにかく!」


 ウグレの言葉をかき消すようにエッジは拳を握りしめようとしたが、もう握りしめていたので、一度律儀に手を開いてからもう一度握り直した。


「とにかく今回は男にしてくれ! 頼む、アトス!」


「実にしょうもない理由だが」


 アトスはため息をつく。


「お前たち夫婦の間にわざと波風を立てるつもりもない。イエマさえよければ」


「まあ、仕方ないよね。本加入ならちょっと考えちゃうけど臨時メンバーだし。オリビアだって出産を控えて不安なんだろうし」


 イエマは頷いた。


「その代わり、新メンバーが私に色目を使ってきたら助けてよね」


「それこそお前」


「分かった、任せろ」


 ニヤニヤしながら余計なことを言おうとしたウグレを遮って、アトスは自分の胸を叩く。


「俺が絶対にそんなことはさせない」


「だったらいいよ。オリビアが落ち着いた頃に、女の子を入れてくれれば」


「検討しよう」


 アトスが頷くと、

「ありがとよ、さすがリーダーだぜ」

 と言いながらエッジがアトスの肩に縋りついてきた。


 こんな時だけリーダーと呼びやがって、と思うのだが、まあアトスもそれほど悪い気はしない。


「よし、それなら決まりだ。冒険者ギルドに行って男性メンバーを紹介してもらうぞ」





 どこの街の冒険者ギルドにも、酒場が併設されているというのは冒険者の常識だ。


 もちろん、ここルーマンの街の冒険者ギルドにも食堂兼酒場があるのだが、あまり評判はよろしくない。


 値段が安い代わりに味の方もちゃんとそれに比例してまずいので、ちょっとでも成功した冒険者ならまずここで食事はしない。


 ここで食事をしているような冒険者は、まだこの街に来たばかりの何も知らないニューカマーか、全然稼げていない底辺パーティがほとんどだった。


 食堂を抜けてギルドのカウンターに向かう途中、ウグレが、

「うへ」

 と声を上げた。


「どうした?」


 先頭のアトスが尋ねると、ウグレは苦虫を嚙み潰したような顔で、


「あそこの席で、見たことのないじいさんが一人でジャイアントリザードの肝焼きを三皿も食ってやがった」


 と答える。


「三皿? あんなまずいものを?」


 ジャイアントリザードの肝焼きは、見た目も味も、このまずい食堂を代表するヤバい料理で、興味本位で頼んだら必ず後悔する代物だ。


 酔っ払った若手冒険者の罰ゲームくらいにしか使われているのを見たことがない。


「あ、ほんとだー。すごい、初めて見た」


 振り向いたイエマがはしゃいだ声を上げるが、アトスはそちらを見る気にもなれず、前を向いたままで言う。


「あれを一人で三皿も食えるじいさんがいるなら、よほどの変人だな」


「それか、よほどの達人か」


 エッジの言葉に、アトスは笑って首を振った。


「いいか、ウグレ。よほどの達人は、こんな店で飯は食わない」



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