第6話 隠し部屋

 高難度ダンジョンの隠し部屋。


 それは全ての冒険者たちが発見を夢見る、一獲千金の財宝が眠る場所だ。


 わざわざ巧妙に隠されている以上、そこには何か貴重なものがあるに違いなかった。


「……なるほど。ここの仕掛けを、こう」


 右目に拡大鏡を嵌めたウグレが、ピックやピンセットを駆使して壁のくぼみに隠された仕掛けをいじる。


 その後ろではエッジが「待て」と言われた飼い犬のようにそわそわとしていたが、解除に苦戦しているウグレに邪険に追い払われた。


「気が散るから向こうに行ってろ」


「頼むぜ、ウグレ」


 それでもエッジは祈るように言った。


「絶対、そこに財宝がある。そこに入れさえすりゃあオリビアのところに胸張って帰れるんだ」


 やがて。


 四人の仲間の見守る中で、ウグレが汗にまみれた顔を上げた。口元に誇らしげな笑みが浮かんでいた。


「勝った」


 その言葉とともに、壁が揺れた。


 地響きのような音を立てて、壁全体がわずかに右にずれた。


 そこに、人ひとり通れるくらいの細い隙間が生まれていた。


「やった!」


 エッジがウグレに抱き着く。


「すげえ。さすがウグレだぜ」


「喜ぶのはまだ早えよ」


 ウグレはエッジを引き剥がすと、その暗闇にランタンを差し込んだ。


「だいぶ奥まで延びてるな。小部屋ってわけじゃなさそうだ」


「隠し通路か」


 アトスが胸に溜めていた息を吐く。


「お楽しみはいったんお預けということだな」


「でも、間違いないと思う」


 イエマが弾んだ声を上げる。


「こんなに厳重に隠されてるんだもの」


「時間が経つと勝手に閉まるかもしれねえ」


 ウグレは盗賊道具を手早く腰の道具袋にしまう。


「急ごうぜ」


「そうだな。よし、みんな行くぞ」


「リーダー殿」


 アトスの号令にかぶせるように、他の仲間の後ろからヘルートが声を上げた。


「どうしました、ヘルートさん」


「一応お知らせしておきますが」


 大金持ちになれるかもしれない千載一遇の機会を前にしても、この老人の態度はまるで変わらなかった。興奮している様子が全くない。


「そこに、またありますな」


「え?」


 ヘルートは隠し通路の床を指差していた。


 そこを見たアトスは、少し顔を曇らせる。


「……ああ。本当ですね」


 それは、このダンジョンの入り口や途中の階段でも見かけた、正体の分からないぬめりだった。


「こんなところにまで、魔物が通った跡が」


「ここはさっきまであれだけ厳重に閉じられてた隠し通路だぜ。魔物が通るわけがねえ」


 ウグレがリーダーの言葉を否定する。


「地下から樹液みたいなものが滲み出してきてるんじゃねえのか」


「ふうむ」


 アトスはそれを剣の先でつついてみる。


「臭いもない。剣が錆びることもない。何なのかは分からないな」


「じゃあ、そんなもん気にしたってしょうがねえよ」


 エッジが焦れた声を上げる。


「行こうぜ。この奥に宝があるんだ。それとも、そのぬめりがあるから行かねえのか」


 エッジの言う通りだった。


 何があろうが、ここまで来てこの先に進まないという選択肢などあるはずがない。


 ヘルートがまだ思わしげな顔をしていたが、アトスは自ら先頭を切って隠し通路へと足を踏み入れた。


 しばらくは両側の壁に肩をこするほどの狭い道が続いていたが、不意に開けた場所に出た。


「お……」


 大きいだけの、殺風景な部屋だった。


 だが、中央に石積みの祭壇があった。


 祭壇の上に安置されているのは、大きな石の棺。


「……棺、か」


 アトスは、ごくり、と唾を飲んだ。


 このアルケンのダンジョンが、元は古代の王の墳墓であったことを思い出したのだ。


 棺があるということは、ここが今まで訪れた冒険者たちの誰一人として発見することのできなかったアルケン王の眠る墓所なのか。


 もしもこれが本物の王の棺であれば、その中には王の遺骸とともに膨大な副葬品が収められていることは間違いない。


 アトスは先頭を盗賊のウグレに譲り、慎重に祭壇に近付いた。


「……待て」


 ウグレが後ろの仲間を手振りで止める。


「この石畳を踏み抜くと罠が作動する。絶対に踏むなよ。次の石畳の罠を先に解除するから、それから踏み越えろ」


「罠、たくさんあるの?」


 イエマが不安そうな声を上げる。


「ああ」


 ウグレは緊張した顔で舌なめずりする。


「山ほど仕掛けられてやがる」


 彼の言葉通り、床には無数の罠が張り巡らされていた。


 しかし、ウグレの表情は生気に満ち溢れていた。


 罠が多いということは、守られているものもそれだけ貴重だということだからだ。


 ウグレは慎重に罠を解除して、通り道を切り開いていく。目の前に棺が見えているというのに、五人の歩みは亀のように遅かった。


 やがて、ウグレの努力が報われる時が来た。


「これで最後だ」


 ウグレは祭壇への石段に仕掛けられた細い糸をぱちりと切ると、そのまま駆け上がった。


 棺をぐるりと眺め、


「もう罠はない」


 と叫ぶ。


 そのまま、蓋代わりの石に手をかけて力を込めたが、びくともしなかった。


「くそ、重いな。アトス、エッジ、力を貸せ」


「よし」


「任せろ」


 力自慢の戦士二人が加わると、重い石が鈍い音を立てて動く。


「やったあ」


 イエマが歓声を上げる。


 だが。


「これは王の棺ではないですぞ」


 蓋がずれたことで、石棺の縁に彫られた紋様が露わになっていた。それを見たヘルートが、一人冷静な声を上げた。


「この棺は、ダミーだ。これ以上開けん方がいい」


 しかし宝を目の前にした若者たちは老人の警告を無視した。


 ダミーだったから何だというのだ。冒険者は古代王国の歴史を研究する学者ではないのだ。


 葬られているのが何であっても、中の副葬品さえ残っていればそれでいい。


「うるせえ、じいさんは黙ってろ!」


 ウグレの乱暴な言葉を誰も咎めなかった。


 ごりごりと石臼のような音を立てて、蓋が開く。


 中に収められていたのは、一体の骸骨だった。


「当たりだ!」


 エッジが喜びの叫びを上げた。


 だが、アトスにも分かった。この遺骸が纏っている服は、王族というよりは、魔法使いのそれだった。


 しかし遺骸を取り囲むように、きらびやかな宝石や装身具が並べられているのを目にすると、その懸念も吹き飛んだ。


 王でなくてもいい。これだけの財宝があれば。


「よっしゃ」


 ウグレが一番大ぶりの宝石に手を伸ばしたときだった。


 完全に朽ち果てていたはずの骸骨が、かぱりと口を大きく開いた。


 まるで何かを叫ぶように。


 遥かなる歳月を越えてきたがために、その声はすでに音を伴っていなかった。だが、空気が震えた。


 唱えられたのは、太古の呪文。


 強力な魔法が発動し、次の瞬間、五人は天地の感覚を失っていた。


「転移の魔法か……!」


 ヘルートの呻くような声とともに、五人の身体は見知らぬ洞穴の中に放り出された。



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