第2話 アルケンのダンジョン


 ダンジョン探索は、冒険の花形だ。



 ダンジョンとは、簡単に言えば魔物のはびこる危険な迷宮のことだ。


 自然の洞窟や、古い坑道の跡。


 遠い昔に廃棄された集落や、古城。


 そういう場所の奥に、魔物たちの湧き出す異界との穴が開くと、そこは“ダンジョン化”してしまうのだ。



 ダンジョンを放置しておけば、いずれ魔物は外にまで溢れ出して人々に危険を及ぼすことになる。


 そこで、冒険者たちは定期的にダンジョンに挑み、内部の魔物を駆除する。


 その過程で手に入る財宝や資源は、ダンジョンに挑む冒険者にとっての貴重な報酬だ。



 最深部にはダンジョンの核、すなわち異界と通じる穴がある。


 それを封じることができれば、そのダンジョンは“死んだ”ことになり、それ以降は魔物が自然発生することはない。


 だが、熟練の冒険者といえどもなかなかダンジョンを封じることは難しい。



 ダンジョンには一つ星から五つ星までの五等級がある。


 評価基準は、内部の複雑さや棲みつく魔物の危険度など、冒険者にとってそのダンジョンが手ごわいかどうかだ。


 評価しているのは、冒険者ギルドの外郭団体であるダンジョンソムリエ協会のメンバーたち。


 引退した腕利きの元冒険者が多いらしい。




 アトスたちが拠点としている、このルーマンの街周辺にあるダンジョンは、五か所。


 どれも星一つか二つの浅いダンジョンだが、アルケンのダンジョンと呼ばれる地下迷宮だけは例外的に、星三つの評価を得ていた。


 つまり、ルーマンの街の冒険者たちにとって、ここは最難関のダンジョンであることを意味していた。




 ルーマンの街からアルケンのダンジョンまでは、徒歩で二日の行程だ。


 といっても、それは旅慣れた冒険者の鍛えられた足での話だ。


 普通の旅人なら三日か四日はかかるし、ヘルートのような老人ともなればさらに数日を要するだろう。


 だがヘルートは時々腰を叩いたりしつつも、若いメンバーたちに遅れることなく、その行程を二日で踏破した。


 意外な健脚ぶりに、アトスをはじめとするメンバーたちも安心し、ヘルートと彼らはすっかり打ち解けていた。


「あそこだ」


 森を抜け、見晴らしのいい高台に立ったアトスが、腰の剣をすらりと抜いて眼下を指し示す。


 向かいの切り立った斜面に、洞窟が黒々とした口を開けていた。


「あれがアルケンのダンジョンだ」


 洞窟の入り口はもともとは石積みの柱や屋根で装飾されていたが、長い年月の経過とともに崩れ、その多くが地面に転がって無残な姿を晒していた。


 アトス自身、ギルドの魔物駆除依頼を受けて、この入り口までは来たことがある。だが、実際に足を踏み入れるのは初めてだった。


「古代の建築物のようですな」


 ヘルートが感想を口にする。


「ええ。元々は、古王国の地下墓所として作られたもののようです」


 アトスは説明した。


「アルケンというのは、ここに葬られたと言われている古代の王の名です。もっとも、まだ誰もその棺に辿り着いた者はいませんが」


「そこまで内部が複雑なわけですかな」


「ええ、盗掘を防ぐために複雑に作られているようですし、どうもところどころ崩落していて、自然の洞窟と繋がってしまった場所もあるらしく」


「ああ、なるほど」


 ヘルートは頷く。


「それではなかなか核には辿り着けませんな」


 この周辺で最難関のダンジョンだけあって、その入り口からして早くも禍々しい雰囲気を漂わせている。だが、それを眺めるヘルートの表情に変化はなかった。


「そういうことのようです」


 アトスはそう言って、ぐるりと周囲を見回す。


「まだ“栄光の盾”の連中の姿は見えないな」


“栄光の盾”は、ルーマンの街でアトスたち“燃える魂”のライバルとして競い合っている冒険者パーティの名だった。


 目下、ルーマンで一番のパーティとも言われており、アトスたちにとっては絶対に負けたくない相手だった。


 彼らも近日中にアルケンのダンジョンに挑む予定だということを冒険者ギルドで聞きつけたアトスたちは、予定を繰り上げて急いで街を発ったのだ。


「それはそうでしょ。あれだけ出発を急いだんだもの」


 イエマが言う。


「おかげで準備も大急ぎになっちゃったんだから。本当はあといくつか聖水と聖塩を作っておきたかったのに」


「まあ、準備に時間を掛けたせいでお宝を全部かっさらわれちまったらシャレにならねえからな」

 とウグレ。


「俺はアトスの判断は間違ってねえと思うぜ」


「俺もそう思う。なんたって今回はしっかり稼いで帰らなきゃならねえからな」


 エッジが言葉に力を込める。


「ここの宝は、全部俺たちのもんだ」


「ああ、その意気だ」

 とアトスが頷く。


 若いパーティのひどく気負った様子に、ヘルートは微かに眉を顰めた。



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