パパが彼氏を連れてきた

明音

パパが連れてきたのは…

「会って欲しい人がいるんだ」



いきなり真剣な顔で言うから、

おかずを吹き出しそうになっちゃった。



「なに、急に?」

「ずっと言おうと思ってたんだけど、

 タイミングなくて」

「今じゃなくない…?」

「じゃあ、いつ言えばいい」

「それは…」

「だろ?」

「会って欲しい人って?もしかして、彼女!?」

「やめろよ、もう」

「じゃあ何なのー」

「ご飯食べ終わったらな」

「じゃあ食べてから言えばよかったじゃん」

「それじゃすぐ自分の世界に入っちゃうだろ」

「そんな事ないもん」

「スマホ、気をつけた方がいいぞ」

「はーい」



そっかあ。

パパにもようやく、恋人ができたかぁ。


ママがいないまま10年。

私を男手ひとつで育ててくれている。



『凛ちゃんのお父さんって、

 彼女さんとかいないの?』

『…な、なに、急に』

『あーいないんだ』

『いるわけないでしょ、ママがいるもん』

『でも、ずーっとひとりなんでしょ』

『それは、そうだけど…』

『もうさすがにいるんじゃないの〜?』

『知らないっ、そんな話したことないもんっ』

『ドラマとかでよく見ない?そういうの』

『それは見るけど…』

『じゃあ凛ちゃんは

 お父さんに恋人ができたら、どう思う?』

『うーん…』



考えてみたこともなかった。

10年っていう、すごく長い時間を

パパは死んじゃったママと過ごしてたんだよね。

もう、卒業してもいいよね。

そういう話、よくあるし、ドラマでは。



「…なにニヤニヤしてんだよ」

「早く食べ終わらない?」

「ちゃんと食べな」

「もう食べたよ」

「最後の一個、食べちゃってよ」

「はーい」



────────────



「で、会って欲しい人って?」

「うん…」

「もしかして…彼女!??」

「ああ…ええっと」

「そうなんでしょー!やーっぱりね!

 良かったぁ、パパにもそういう人が出来たか〜」

「パパにもってことは、凛にも出来たのか?」

「いやいや、そういうんじゃないって

 ただ…ドラマとかでもよくあるじゃない」

「まあ、そうだな…」

「それで?いつ来るの?来週?再来週?」

「日曜日なら凛も空いてるだろう」

「うん」

「じゃあ、来週の日曜日でも大丈夫か」

「わかった!準備しとくね!」

「何を準備することがあるんだ?」

「ほら、何着るかとか心の準備とか、

 色々あるの!」

「心の準備は必要なさそうだけどな」



来週の日曜日ってことは…4日後か!

どんな人なんだろう。

ママのことをずっと大切に想ってた

パパの彼女さんなんだから、

きっとすごく優しくって、

うんと素敵な人なんだろうな。


不安に思うことは何も無かった。

パパがママを嫌いになったわけじゃなくて、

前に進むための新しい人を見つけた。

"ドラマでよくある"もんね。

私も、そろそろ生理が来るなーとか

新しく買う洋服の相談とか、

ママがいたらしたいことが沢山ある。


ママとは4歳のときの、おぼろげな記憶が最後。

でも、パパと同じくらい大好き。

パパの彼女さんを

ママと呼ぶことは無いと思うけど、

ママやパパと同じくらい好きになれたらいいな。


そんなことを考えながら、

3日間をそわそわしながら過ごした。



────────────



日曜日のお昼過ぎ。


「じゃあ、迎えに行ってくる」


いつもよりきちんとした服を着たパパは、

そう言って家を出た。


「いってらっしゃい!」

「行ってきます」



私は、わくわくして仕方が無いのに

パパはどちらかというと不安そうだった。


やっぱり、緊張しているのかな。

私は彼女さんと会えるのを

純粋に楽しみにしているのに。



もう一度、鏡の前で身なりをチェックする。

うん、大丈夫。

髪もちゃんと整えたし、

シャツのアイロンもいい感じ。


パパの娘はこんなに良い子なんだよ

って、思ってもらえるようにしないとね。

私のせいで仲良くなくなっちゃったら

それはいちばん、良くないもん。



「ただいま」


「あ!来た…!!」



玄関へ走る。

パパの顔を見たあと、目に入った人に

思わず言葉を失った。



「おかえ…り?」

「ただいま」

「はじめまして」


「えっと…?

 パパ、会わせたい人って…」

「うん、この人がパパの大切な人だよ

 孝之さんって言うんだ」



まさかの…男?

え?どういうこと?



「孝之と申します」

「あ、どうも…」

「こら凛、きちんと挨拶くらいしなさい」

「えっと…はじめまして、凛です」

「ずっとお会いしたかったです」



どうぞどうぞと、

パパは親しげにその人を家へ上げる。

孝之さんのことはタカさんと呼んでいた。


玄関で固まる私のことも、

パパはリビングへ連れて行った。



「タカさん、これ飲んでね」

「ああ、ありがとう」

「凛は?ジュースにする?」


「…凛?」

「え!あ、うん、ジュース飲む」

「うん、わかった」



パパは至っていつも通り。

いつも通りじゃないのは、私だけだ。


その人とパパは、

当たり前のように言葉を交わしている。

そりゃそうだ、きっとこの人が

本当にパパの"大切な人"なんだろうから。


パパも自分のお茶を持って席に着く。

宙を見つめる私に、ゆっくりと口を開いた。



「あの…凛

 突然のことで驚いているよな、ごめん」

「……」

「パパは、タカさ…孝之さんと、

 ずっとお付き合いしてるんだ」

「…ずっと?」

「うん…もう、何年になるかな

 どれぐらいだっけ?タカさん」

「3年くらいは、経ってるんじゃないかな…」



3年…?

ってことは、私が小五のときから?

そんなに前からパパは、

この男の人と付き合ってたの?



「てっきり彼女だと思ってましたよね

 びっくりさせてしまって、申し訳ない」



その人も、私に謝ってきた。



「やっぱり、会わせる前に

 話しておいた方が良かったのかな」

「会いたいって無理言ったのは僕だから」



なんか、2人で話してる。



「タカさんは悪くないよ

 俺がもう少し、予め伝えておけば良かった」

「それを言うなら僕だって…」



ちょっと無理だ。


おもむろに私は席を立った。



「り、凛?」

「ごめん、ちょっと向こう行ってる」

「凛さん!」



頭の整理も追いつかないのに、

2人の会話を延々と聞かされると思ったら

無理だった。


だって…男だよ?

パパは、ママと愛し合ってた。

ママは、女の人だ。


なのにどうして、今は男の人と…。

分からない。私には分からなかった。


男の人は女の人を好きになって、

女の人が男の人を好きになる。


そういうものじゃないの?

そんなことないの?


ママのことは、好きじゃなかった?

じゃあ一体、私はどうして産まれてきたの?


畳に向かって何を聞いても、答えは分からない。



「凛」



襖の向こうから、パパが私の名前を呼んだ。



「凛、ほんとうにごめん

 やっぱり先に、伝えておいたら良かったね」



どっちもどっちだと、正直思った。

でも先に言われてたら、

はなから会わなかったかも。



「凛さん、僕からも謝ります

 期待していた人では無かったですよね」



確かに、私が期待していたのは

ママみたいに優しい素敵な"彼女さん"だった。

だけど実際は、そもそも女の人ですらない。



「なあ、凛

 世の中にはな、いろんな人間関係があるし

 家族の形も千差万別なんだ」



千差万別。さまざま違うって意味でしょ。

国語の時間に習ったよ。



「みんながみんな、

 必ずしも異性を好きになるとは限らないんだよ

 パパもそうだ

 ママのことを蔑ろにしてるわけじゃない」


「…そうなの?」

「そうだよ、ママだって

 パパにとって大切な人だよ」

「でも、その人はママになれないじゃない」

「そうだね」


「そもそも、どうして男の人なの…?

 なんでパパは、男の人と付き合ってるの…?」

「パパはね、もちろんタカさんのことが好きだよ

 でも、同じように凛のことも大好きなんだ」

「私と…同じ?」

「そう、人として、家族として、

 パパは凛が大好き

 それは凛が男の子だったとしても

 変わらないだろう?」

「…うん」

「パパにとってタカさんは、

 家族になりたいと思える人なんだ」



家族…。

その人は男の人だけど、

パパにとってはママと同じくらい

素敵な人だってことだよね?


私は立ち上がり、襖を開けた。



「凛…」

「ごめんなさい

 私、パパが男の人連れてくるなんて

 思ってなくて…」

「そうだよね、凛は何も悪くないよ」


「お父さんには

 僕が会わせて欲しいってお願いしたんだ」

「どうして、私に会いたかったんですか」

「それは…」

「タカさん」



パパが、その人の言葉を一旦止めた。



「凛、いったん飲みもの飲もう」

「…うん」



促されて、再びリビングに戻った。


コップに入ったジュースを口に含む。

いつもより甘くない気がする。



「落ち着いた?」

「うん…」



その人は、パパの様子を伺っていた。

アイコンタクトを取って、

タイミングを図っているようにも見える。


その人は、さっきの続きを話したそうにしていた。



「どうして、私に会いたいって

 パパにお願いしたんですか」



気になったので、私から聞いてみた。

その人がどんな人なのか、知りたかったし。

というか、知らなきゃいけないと思った。



「驚かないで聞いて…いや、

 聞いたらきっと、すごく驚くと思います」



それって、どういうことなんだろう。

もうびっくりするのも戸惑うのも、

さっきのでお腹いっぱいなんだけど。



「これは、凛の話なんだ」

「え?」



私の話?どうして?

この人とは今、初めて会ったのに。



「凛さんのお父さんは、彰吾さんですよね」

「はい…」



何を当たり前のこと言ってるんだろう。

パパはパパだし、ママは写真にいるママだ。



「実の父親は、僕なんです」


「…は?」



その人は一瞬で、床に這いつくばっていた。

たぶん、土下座している。

パパは驚いて、その人の傍に行った。



「申し訳ない!」

「……?」



実の、父親?

いやいやだから、パパはパパでしょ?



「凛、パパと凛は、血は繋がってないんだ

 血の繋がった本当のお父さんは、

 タカさんなんだ」



パパの優しい声で改めて説明されたけど、

耳がそれを拒否しているみたいだった。



「パパは、本当のパパじゃないってこと…?」

「そうだね…

 パパは凛の育ての父親で、

 タカさんが実の父親だ」


「うそ…うそだよね…」

「嘘じゃない、

 いつ本当のことを伝えようか迷ってた」



その人は、肩を震わせながら

ずっと土下座をしたままだった。



「あなたに会いたいとお願いしたのは…

 ずっと、ずっと謝りたかったからです

 凛さんと、あなたのお母さんに」


「パパは…

 本当にこの人と付き合ってるんだよね…?」

「え…?

 うん…そうだよ、それも嘘じゃない」



ますます分からなかった。

もう、分からないことだらけだ。


何も言葉を発せない私に、その人は言う。



「本当にごめんなさい

 志保さんが亡くなっていると知ったのは

 実はつい最近なんだ…

 だからせめて凛さんにはちゃんと謝りたかったし

 これから出来ることは

 全部してあげたいと思ったんだ」



そんなのは、大人のエゴだと分かっているけれど。


そう言いながら、ずっと土下座している。


志保というのは、ママの名前だ。

どうやら、ママは本当にママらしかった。



「私のパパは、パパだけです」



これだけ言うのが精一杯だった。


今日まで大切にしてきてくれたのはパパだ。

いくらパパの大切な人でも、

その人はママと私のことを

大切にしなかったってことだよね?


そんな人に何をしてもらったって、

嬉しくないし欲しくもない。



「これには、色々な事情があるんだ、凛」



パパは私に話を聞いてもらおうとしている。

だけど今は、聞きたくなかった。



「部屋に戻ります」

「凛…!」



もう何が何だか分からなくて、

私はその場を離れた。



────────────



「タカさん、大丈夫?」

「やっぱりこうなるよな…」



ぐったりした孝之の肩を、彰吾は支えていた。



「いきなり凛に色々伝えすぎちゃったか…」

「誰だって、僕が本当の父親です

 なんて言われたらこうなるに決まってる」



彰吾は、孝之の落ち込んだ顔を見つめた。



「でもねタカさん、俺はタカさんと出逢って

 こうしてお互い特別な人になれたのは、

 きっと決められた運命なんだと今でも思うんだ」

「彰吾…」

「今じゃなくたって、いつかその日が来る

 それが俺たちの運命じゃないのか?」

「そう…だよな」

「いきなり家族になりたいとは言えないけど

 少しずつ、時間を取り戻していかなきゃ」

「受け入れてはもらえないだろう

 きっと、この先もずっと」

「それは分からない

 少なくとも俺は今日も、凛と夕飯を食べる」



もう言ってしまったんだから、

なるようにしかならないよ。

彰吾は、あっけらかんと笑って見せた。



────────────



ドアをノックする音が聞こえる。



「凛?夜ご飯はどうする?なに食べたい?」

「………」

「凛、ちょっと出ておいで」



どんな顔したらいいか分からなかった。

怒りというよりは、混乱と悲しみ。



「タカさんは、帰ったよ」



パパはいつも、決して勝手にドアは開けない。



「凛が大人になったから、

 話してみてもいいかなと思ったんだ」

「……」

「でもやっぱり、急すぎたよね

 ごめん」



パパは今、どんな顔をしているんだろう。


ゆっくり、部屋のドアを開けた。



「凛…」

「…喉渇いちゃったから」

「!…そうか、そうだよな

 何か飲もう、な、な」



パパも悲しそうな、辛そうな顔をしていた。



「お茶でいいのか?」

「お茶がいい」



異常に喉がカラカラだった。

冷やされた麦茶が、潤しながら通り過ぎていく。



「パパはね、

 タカさんと出逢ったのは運命だと思ったんだ」



大まじめな顔でそんなこと言うなんて、

パパはそんな人だったっけ。



「別にドラマとか漫画とかによくある、

 運命の糸みたいな話じゃないよ

 ただ、凛の実のお父さんだっていう人に

 偶然会えただけでも凄いことなのに

 こうやって大切な人になるって、

 とんでもないことだなって」


「凛にとっては、

 本当に大人達のエゴでしかないと思う

 だけど俺たちは、凛に出来るだけのことをする

 そういう方法でしか、

 凛とママに顔向けできないんだ

 複雑な事情があるってことは、分かって欲しい」



そう言われると、確かに凄い偶然だなと思った。

こんなことってあるんだね。



「パパは、あの人が本当のお父さんだって

 知ってて付き合いだしたの?」

「ううん、パパも知らなかったし

 孝之さんもパパの娘が凛だとは知らなかったよ」

「そうなんだ…ほんとに、奇跡だよね」

「うん、そう思ってる

 神様がそうしたんだって思うよ」


「パパは…パパは、どうしたいの?」

「どうしたいって?」

「一緒に暮らしたいとか、思ってるの?」

「うーん…」



ひと呼吸置いてから、パパは答えた。



「ゆくゆくは、そうしたいと思ってる

 2人で、凛の成長を支えたいなって

 これは、タカさんがいちばん望んでる」


「でも、すぐにそうしようとはしてないよ

 凛がいちばん大切だから、凛は嫌だろうから

 独り立ちするまで今のままっていう感じで…」



「いいよ、一緒に住んでも」



「…え?」


「パパにとっては

 ママと同じくらい大切な人なんでしょ?」

「まあ…そうだけど…」

「私も、あの人のこと知りたい

 よく知って、

 どうして本当のパパじゃないのか聞きたい」


「凛…」



私の見えないところで、これからもパパは

この人とコソコソ付き合うのかなと思ったら、

そっちのほうが嫌だった。


何を血迷ったか私は、

一緒に暮らしてみてもいいかもしれないと思った。



「無理しなくていいんだぞ…?

 それこそ…男だし…」

「理解はできない

 でも、もともと家族だったんでしょ

 私と、あの人は」


「まあ…それはそうだな…」



いちゃついてるのなんて見たくはないけど…。



「やっぱり嫌だと思ったら、嫌って言う

 そしたら、出ていってもらうから」



いつになく私は強気だった。

もうなんでもいい。

どちらにせよ2人とも、私の"パパ"なんだし。



「じゃあ…3ヶ月だけっていうのはどう?」

「3ヶ月だけ?」

「そう、お試しみたいな…」



────────────



「…本当に大丈夫なの?」

「うん、なぜか急に

 『一緒に暮らしてもいい』って言い出して…

 日を置いて何度も確認したけど、大丈夫だって」

「無理してないかな…」

「それは分からない」



とうとう1ヶ月後、あの人が我が家にやってきた。



「お邪魔します…

 ご、ご無沙汰してます」

「お久しぶりです」



この人が、私の実の父親。



「期間限定ですが、お世話になります」



なのに結構、よそよそしい。

いきなり親しげにされるよりは、いいのかな。



「いったん俺の部屋に、荷物置いちゃうね」

「ありがとう」



家は2LDKで、部屋の余りは無いため

あの人はきっと、パパの部屋で寝るんだろうな。

男の人ふたりで寝るって、すごく狭そう。



「よ、よろしく」

「…よろしくお願いします」


「(本当に大丈夫かな…)」




私とパパと、本当のパパとの

奇妙な共同生活がスタートしようとしている。

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パパが彼氏を連れてきた 明音 @xcpQ5238

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