第9話

 安堵すると同時に、怖がる必要も焦る必要も無かったのかと思うとお雪は何だか急に恥ずかしくなった。彼女は歩きながら顔が火照り、体中に異様な暑さを感じた。

 家に戻るとお雪は濡れた着物を脱ぎ、湯で体と髪を洗って白い寝巻に着替えた。こんな土地では燃やす物を掻き集めるのも立派な仕事になる程の手間であったが、母は浴するための湯を頻繁に沸かしてくれた。

 その後、お雪は母と共に食事をとった。芋と野菜が煮込まれた汁を飲み、お雪は体が温まった。意外にも母は娘をうるさく責めず、むしろ体は冷えていないか、足をくじいていないかと、食事中に娘の事を気に掛け続けた。

 お雪は自分が荒野で見たものについて疑問を持っていた。しかしそれを母に尋ねれば不問にされた事を蒸し返して叱られると思い、彼女は疑問を心中に封じた。

 その晩、一枚だけの布団にお雪は母と一緒に入った。真冬の特に寒い夜にはお雪は母に体を密着させて寝る。今はまだその時期ではないが、この晩は意識して彼女は母に体を寄せた。母は気にするようでもなかった。寝巻の袖越しにお雪は母の腕に抱き付いた。

 そしてお雪は朝までぐっすりと眠りに就いた。

 後日にお雪は再び荒野に出た。あの日の暗い空の下で真っ黒な三つの影法師のようにも見えた孤立した三者は、青空に浮かぶ雲の下で何かを警告しているようにも見えた。







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