幸せあれ

「ご挨拶遅れて申し訳ございません。テシアと申します」


「いやいや色々大変だったから仕方ないですよ。こうして出発前に話すことができてよかったです」


 礼拝を終えてテシアとハニアスはヘゲレッタ大主教に挨拶しに来ていた。

 テシアが助け出されて来てからヘゲレッタ大主教はゲレンネルに今回のことを直訴するために動いてくれていた。


 そのために大神殿をあけていて挨拶もできないままになっていたのである。

 巡礼を終えて外出が解禁されたのでぜひご挨拶したいというとヘゲレッタの方もぜひにと会ってくれた。


「聖女様にお会いできて光栄です」


「えっ、せっ……?」


「おや……ああ、お知りではなかったのですか?」


 マリアベルは知っていたし、テシアと共に旅をするハニアスなら当然知っているとヘゲレッタは思っていた。

 しかしテシアが元皇女であるということまでは知っていても聖女であることはハニアスは知らなかったのである。


「……申し訳ありません。これはこちらの配慮が足りませんでしたね」


「いいえ、いつかは言おうと思っていたことです」


 ゲレンネルまでの旅の中で、あるいはさらわれてからの行動を見てハニアスは信頼できると思った。

 どこかでハニアスに聖女であることを打ち明けてもいいとは考えていた。


 こんな形で知られることになってしまったが、良いタイミングだったのかもしれない。


「僕、聖女なんだ」


 軽くウインクして笑顔を浮かべるテシアをハニアスは目を丸くして見ていた。

 久々に驚い顔を見れてテシアはクスクスと笑う。


「仲がよろしいようで。どうして同じ時代に2人の聖女がいるのか気になりますが神のご意志を問うようなことはいたしません」


 テシアとハニアスの関係性をヘゲレッタは微笑ましく見つめていた。


「ともかく非常にひどい事件でしたがご無事で何よりでした」


「教会も動いてくださったと聞いています。ありがとうございます」


「動いてくださったのはマリアベル大主教ですよ」


「ですがマリアベル大主教では限界はあるでしょう」


「テシア様がご聖女であらせられると伺ったので私は許可を出しただけですよ」


 ヘゲレッタは優しく微笑む。

 教会がビノシ商会のように犯罪組織を武力によって摘発することなどできない。


 マリアベルはテシアのために何ができるのかを考えた。

 そこで神官騎士を連れて派手に説教活動や貧しい人への施しを始めたのである。


 それでどうしてテシアを助けることに繋がるのか。

 基本的に犯罪組織というのは他のものに自分たちの領域に足を踏み入れられることを嫌がる。


 教会が騎士まで連れて施しをしたり説教を始めれば犯罪組織は教会の意図を疑って警戒を始める。

 バレる恐れがあるので活動を止めて教会の行動を監視する。


 テシアに何をするのかは分かっていなかったが教会が派手に表で活動している間は黒狼会は下手に動くことが出来なくなるのだ。

 もしビノシ商会がいなかったらもっと強行な手を使ったかもしれないが、ビノシ商会が動いていることは聞いていたので少しでも時間を稼ごうとしたのである。


 結果的に教会の動きを警戒してズグが部屋を出たので助かった。


「それでも助かりました」


「ふふ、聖女様をお助けできてよかったです。それで、また巡礼を続けられるのですね?」


「明日には出発しようと思います」


「そうですか。次はシュタルツハイターですか?」


「そうするつもりです」


「あんなことがあったばかりです。お気を付けてください」


 心配ではあるけれど巡礼は尊い行為。

 本人の意思を尊重すべきことで周りがとやかく口を出すことではないのである。


「私の印章を渡しておきましょう。シュタルツハイターまでも私の担当地域がいくらかありますので何かありましたらお使いください」


「感謝します、ヘゲレッタ大主教」


 ヘゲレッタが手のひらの大きさの金属で作られた札をテシアに渡した。

 印章があれば大主教としての権力の一部を使うことができる。


 悪用は禁物であるがテシアならその心配もないだろうと託してくれた。


「ですが今回の件で多くの民が救われました。黒狼会は壊滅し、違法な植物による影響の拡大はここで留められました。もしかしたら神のお導きだったのかもしれません」


「そうですね。彼らは滅びるべき悪だったのでしょう」


 全てが終わって見てみると違法な植物を使って人を堕落させていた黒狼会やニンクアは倒された。

 経緯はどうあれ悪が倒され、世は正された。


 その中心にいるのはテシアだった。


「本人は穏やかにいきたいらしいが……」


 テシアとハニアスは最後に大きく頭を下げて部屋を出て行った。

 ヘゲレッタはかつていた聖者や聖女の記録を思い出す。


 不思議なことに穏やかに暮らしていた人というのがいない。

 大なり小なり何かの問題を解決したりと活躍が記録されているのだ。

 

 聖者や聖女に選ばれるとただ平穏にはいられない。


「テシア様に神の祝福があらんことを」


 だが同時に最終的には聖者も聖女も幸せにはなっていたなとヘゲレッタは思った。

 テシアにこの先どのようなことが待ち受けているのかヘゲレッタには分からない。


 けれど今回のことも乗り越えたテシアなら全てを乗り越えて幸せを掴むだろうと穏やかに笑ったのであった。

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