清らかなる祈りの時

 巡礼をするにあたり、大神殿で行う礼拝は特別なものとなる。

 まず日が昇る前に起きて身を清めることから始まる。


 大神殿の奥に一般の信者が立ち入れない部屋があり、真ん中に水を張った部屋がある。

 純白の法衣を身につけたまま水の中に入って体を綺麗にする。


 昔は冷たい水だったようであるが今は体を壊さないようにぬるめにしてある。

 薄手の服なので水に濡れると体のラインが出る。


 ハニアスも礼拝しているので同時に水に入る。

 以前マリアベルにハニアスは脱いだら凄いなんてことを言われていたのだけど水に濡れて着衣がくっついたハニアスの体を見てテシアは驚いた。


 真面目にトレーニングしていると思っていたけれどハニアスの体はかなり鍛え上げられていた。

 普段は緩めの服装なのでただの高身長女性に見えるが、たしかに脱いだら凄かったのである。


 テシアも引き締まった体はしているがハニアスはテシアよりもよほど肉体派であった。

 そして服を着替えて体を乾かすと大聖堂で一度目のお祈りを捧げる。


 次に部屋に戻り、食事を取る。

 食事も簡素なもので、礼拝の間の食事は全て決められている。


 食事が終われば自由な時間であるが外出や人と会うことは許されずに完全に1人過ごすことになる。

 過ごし方は自由であるが礼拝中であるので清く正しく過ごすのが良いとされる。


 人によっては改めて神学の歴史を学んだり、聖書の写経を行なったりする人もいる。

 事前に持ち込んだ本を読む人や何もしないで寝ているなんて人もいる。


 テシアとハニアスは肉体派である。

 なので暇な時間にもトレーニングを行っている。


 ハニアスはその他にこれまでの巡礼で起きたことを本にまとめて書き記していた。

 テシアはビノシ商会から受け取ったこれまでの活動の記録などを読んで状況の把握などを行なっていた。


 そして昼になるとまた食事が運ばれてくる。

 今度は食事を前にしてさまざまな自然の恵みに感謝を捧げる。


 そしてお昼を食べるとまた閉じこもっての自由時間となる。

 夕方になると食事を取り、再び身を清めて大聖堂で祈りを捧げる。


 部屋に戻ると何事もなく1日を過ごせることを感謝して眠りにつくのだ。


「誰だ、こんなこと考えたの……」


 テシアは盛大にため息をついた。

 1日2日ならまだいいがこんなことを5日も続けねばならない。

 

 食事もちゃんとした人が作ってくれるけど量も少ないし贅沢なものではない。

 なんだかんだと暇な時間は多い。

 

 清く正しく過ごすことが目的なのでしょうがないのかもしれないが、その時間に教会の掃除でもした方がよほど有益な気がしている。

 しかし思えばこんなふうに何もしない時間というのも珍しいと思った。


 旅をしていればとりあえず足は動かすし、なんてこともない会話をふと交わすこともある。

 皇女時代は常に何かの仕事を抱えていた。


 お飾りの皇女として馬鹿にされるのが嫌で必死になっていた。

 だから休む暇もなく、何をしていない時でも次に何をしようか考え続けていた。


 何も考えず、何もすることがない時間。

 自由になったからこその時間なのかもしれないと思った。


 少しぐらい怠惰になっても神様は怒らないだろう。

 思い立ったようにテシアはベッドに横になった。


 目を閉じて何もしない時間に身を任せる。

 大変だけど旅は思っていたよりも楽しい。


 ハニアスも口数が多すぎず共に旅をしていて心地がいい。

 ちょっとばかり料理が下手くそであるが、そこはご愛嬌というものである。


 今はそれに加えてキリアンもいる。

 キリアンも自らの過去について話はしないし、普段からも話し上手な人ではない。


 だが特に沈黙が気になるような人じゃない。


「彼はどうするんだろうか……」


 恩返しは終えた。

 そしてテシアが女性であるということがバレてしまった。


 旅についてくる理由はないどころか、女性が苦手なキリアンにとってはテシアたちについてくるのは気分がいいことではないかもしれない。


「……まあどっちでもいいけど」


 そうは言いながらもお別れかなと思うと一抹の寂しさを感じてしまう。

 ただテシアにはどうしようもない。


 決めるのはキリアンだから。

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