古い村の因習
「どうか手紙を届けておくれ」
教会では緊急時の連絡用に伝書鳩を育てていることがある。
村の教会でも鳩を育てていた。
テシアは事の顛末を手紙に書き記して伝書鳩を飛ばした。
どのような風習があり、どんな神や対象を信仰しようとも構いはしないのであるが、望まぬ他者を巻き込む行いをすることは看過できない。
死者が出ているのでそのことを報告した。
危険な異教徒として教会が動くか、それとも領主など然るべきところに報告するかはテシアの関与することではない。
けれど思いの外被害者はいそうなのでどこかは動くことは確実である。
「それでは後は頼みますよ」
「はい、お任せください」
ただ誰かが来るまで待っているつもりはテシアにはない。
縛り付けた村人たちはメリノに任せることにした。
「ありがとうございました!」
メリノは大きく頭を下げた。
「あなた方は恩人です」
「息子さんの旅路に神の祝福があらんことを」
テシアたちも頭を下げて村を出発した。
「本当によかったのですか?」
「何が?」
「村人たちをメリノさんにお任せして」
殺してやると息巻いていた。
息子のことを祈っている間にメリノも落ち着いたが、またいつ取り乱すか分からない。
もしかしたらテシアたちが離れた後に村人たちを殺してしまうのではないかと思った。
直接手を下さなくても村人は縛りつけたままなので放置していれば死んでしまうことだってあり得る。
逆にメリノが情にほだされて村人を解放してしまったら逃げられてしまうことも考えられる。
メリノの判断一つで村人たちがどうとでもなってしまう。
「いいのさ。彼女に任せた。村人の命を奪おうと、解放しようと、誰かが来るまでちゃんとお世話をしようと彼女の判断次第さ。もし村人たちを罰する権利が誰かにあるのだとしたらそれはメリノが持ってるだろうからね」
「……まあ、もう村を離れてしまったのでどうしようもないですけど」
「ふふ、そうだね。それに多分彼女は殺さないよ」
最後に見たメリノの目は穏やかだった。
息子のために涙を流し一心に祈って冷静さを取り戻したメリノはきっと正しい判断を下してくれる。
もし仮に凄惨な事件が起こったとしたら村人が余計なことでも言った時だろう。
「改めてお二人には感謝を」
気づけば普通にテシアたちと並んで歩いているキリアン。
「二回も助けられてしまいましたね。このご恩、絶対返させてください」
「…………好きにするといい」
「本当ですか?」
ずっと恩など返さなくていいと答えていたテシアが折れた。
キリアンの顔がパァッと明るくなる。
「いいのですか?」
「恩を感じたまま返せないというのも呵責に感じてしまうだろう」
メリノの忠告のおかげとはいえキリアンを助け出したことは間違いではない。
テシアがキリアンの立場でもこのように助けて貰えば恩に感じる。
キリアンの立場になって考えた時に二回も命を救われた恩を返したいという気持ちは理解できる。
返したいという相手に返すなという方が酷である。
だから何かしらで返したいというのならもう好きにさせることにした。
「ただし僕たちに迷惑はかけるなよ?」
「もちろんだ」
「後は僕は君のママじゃないからな」
「うっ! そ、それは!」
「どうやら君は寝坊助だったらしいからね」
キリアンがテシアの治療で薬の影響から抜け出してぼんやりとしていた時にテシアのことを母親と勘違いした。
テシアの神聖力による治療が温かくて穏やかな日々のことを思い出してしまったのだが、変なことを口走ってしまったものである。
キリアンは顔を赤くした。
なんであんな風に母親のことを思い出したのかキリアンにも分からないが、深い優しさを感じたのだ。
優しく声をかけて起こしてくれた母親のような温かみがあった。
「前も言ったが、寝坊なんてしたら置いていくからね?」
「もちろんです!」
「テシア様がそれでいいのなら」
テシアの許可をもらってキリアンは嬉しそうに尻尾を振っているように見えた。
断罪された元皇女と肉体派大主教の弟子と正義感の強い子犬の不思議な旅が始まったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます