善きことをする男1

 旅を続けてきて森の中にある村にたどり着いた。

 そこにも教会はなかったのでいつものように宿に部屋を取り、店主に困り事はないかと聞いたら店主は困ったような顔をした。


「盗賊ですか?」


「そうなんだ。最近どこからか流れてきたようで近くの村を荒らしているんだ」


「どこかに助けは?」


「どこが助けてくれるっていうんだ。領主か? 国か? 動いてくれたってきっとその頃には俺たちの懐はすっからかん。盗賊はどこかに行ってしまっているだろうさ」


 この地を管轄する領主や国に助けを求めればいいとハニアスは考えたが店主は大きく首を振った。

 現実はそう甘くもない。


 領主も国も暇ではない。

 すぐに兵士なりを動かすような余裕はなく、襲われた村の規模を考えると兵士を動かす方が負担が大きいことだってありうる。


 人を殺しもせず脅してお金を奪い取るだけならば動く理由としても弱いのである。

 となると村人はただ耐えるしかない。


 変にどこかに助けを求めに行って盗賊を怒らせても怖いのだ。


「でもあんたたちにどうにかしてくれっていうんじゃない」


 話はしたけれど2人でどうにかできるとは店主も思っていない。


「では何かあるのですか?」


「ああ、この話を聞いて先ほど若い男性が盗賊を倒すと向かってしまってな。とてもじゃないが1人じゃ厳しいだろう。今から行って間に合うかは分からないけれど止めてくれないか?」


 テシアたちの前に宿に部屋を取った男性がいた。

 悩みがありそうな店主に話を聞いた男性は自分が盗賊を退治するのだと宿を飛び出してしまった。


 盗賊も1人2人ではない。

 男性が強くとも厳しいのではないかと店主は思っていた。


 怖気付いたり、まだ様子を見ていたりして戦っていないかもしれない。

 もしそうなら声でもかけて連れ戻してほしいというのが店主のお願いだった。


 ここで店主が追いかけても変に意地を張ってしまうかもしれない。


「分かりました。こちらで探してみます」


「ああ、ありがとね。危ないと思ったらすぐに逃げるんだよ」


 店主のお願いを受けてテシアとハニアスは盗賊がいるという森の中に入る。


「もし戦いになっていたらどうなさいますか?」


 もし仮に死んでいたり、あるいは怖気付いたりしていたのなら話は早い。

 死んでいたのなら諦めるし、怖気付いたりしたらその男性の顔を立てつつ村に連れ戻せばいい。


 ただし勢いのままに盗賊と戦い始めて、倒しもせず倒されもせずに戦闘中だった場合は面倒なことになる。

 戦いの最中に連れていきますねとはいかないが、死ぬのを黙ってみているのも後味はかなり悪い。


「そうなったら有利な方につく」


「えっ……」


「勝てそうなら戦うし、無理なら逃げる。店主には遅かったと伝えればいい」


「ほ、本当にそうするおつもりですか?」


「助けたいというのなら止めはしないよ。大主教にはハニアスは勇敢に戦ったと伝えるから」


 間違ってはいない。

 正しい判断なのであるが少しその判断を受け入れきれないハニアスだった。


「囲め!」


 静かな森を進んでいくと似つかわしくない怒号が響いてきた。

 ハニアスと顔を見合わせたテシアは慎重に声の方に走り出した。


「くそっ!」


 人影が見えたのでテシアは速度を落とし、体勢を低くして近づく。

 鎧を着た若い男性が小汚い身なりの男たちに囲まれている。


 黒い髪に黒い瞳は事前に宿の店主から聞いていた特徴と一致している。

 どうやら鎧の若い男性が店主の言っていた男のようである。

 

 剣を構えて威嚇するように盗賊を睨みつけているけれど、相手の盗賊は6人もいて男を逃すまいと囲んだままジリジリと距離を詰めている。


「ど、どうしますか?」


 動揺したようにハニアスがテシアに判断を仰いだ。

 ハニアスの目には男が圧倒的に不利でとても勝てそうな状況には見えなかった。


 さっきの話に照らし合わせてみると見捨てて逃げることになる。


「こちらに気づいていない今がチャンス。助けるよ」


「えっ……」


「なに? 怖い? ならここにいてもいいよ」


 テシアは剣を抜いた。

 ハニアスはこの状況が怖くてたまらないというのにテシアの声にはいっぺんの恐怖も感じられず冷静であった。


「わ、私もいきます」


「そう、じゃあいくよ」


 テシアが飛び出していった。

 1番近い盗賊を後ろから斜めに切り裂いた。


「なんだ!」


「こいつどこから……」


 返す刀で隣にいた盗賊の首を切り落とす。

 ためらいもなく、鋭い攻撃だった。


「うわっ!」


 テシアに注目が集まったおかげで遅れて現れたハニアスも奇襲に成功した。

 護身用のメイスで思い切り頭を殴りつけると盗賊は激しく地面を転がってぶっ飛んでいった。


 最初はテシアとハニアスを含めても倍の数がいた盗賊があっという間に同じ数になった。


「こいつ!」


「危ない!」


 盗賊がテシアに切りかかり、ハニアスは思わず叫んだ。


「安物の剣だな」


 けれどテシアは盗賊の剣を軽々と受け止めると反撃で剣ごと盗賊を切り裂いた。


「あちらは……大丈夫なようかな」


 見ると男は残る2人の盗賊を1人で倒してしまっていた。


「ハァ……助かり……ました」


 なんだか男の息が荒い。

 顔色が悪く、マントの下を手で押さえているようだった。


「失礼」


 テシアがマントを手で退けると脇腹が血で濡れていた。

 逃げる時にでもやられたようだ。


「う、すいませ……ん」


「おっと……」


 男はそのまま気を失ってふらりと倒れ、テシアはそれを受け止めた。


「ふう、宿に連れていこう」


 テシアは大きくため息をつくとハニアスと協力して男を引きずるように宿へと連れて戻った。


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