のんびり行こうよ、歩き旅
朝早くテシアたちは教会を出発した。
真面目なハニアスは教会でも好意的に思う人は多く、テシアも持ち前のコミュニケーション能力で協会の人たちの仲良くなっていた。
マリアベルだけでなくみんなで見送ってくれた。
馬に乗って移動するということも考えていたのであるがハニアスが馬に乗れないということで歩きでの旅になった。
急ぐ旅ではないので徒歩でも全く構わない。
まず目指すのはゲレンネルという国にあるヤギダシエナ大教会である。
「重たくはないのですか?」
テシアはヘルムも被っている。
ヘルムが浮かないように胴から手足にも鎧を身につけている。
ガチガチの重装備のフルアーマーよりは軽量化されたものであるが、それでも決して軽いものでないだろうとハニアスは思った。
「多少重みはありますがそれほど重たくはないですよ。なんていっても軽量化の魔法もかけてありますから」
「軽量化の魔法ですか? それってお高いのでは?」
「安くはありませんね。ですがその価値に見合うだけの効果はあります」
この世界には魔法というものがある。
便利なものなのであるが、かなり貴重な技術で魔法で何かをしてもらおうと思えば一般人には手が出せないほどのお金が必要となる。
ビノシ商会の持ち主という話を疑ったことはないけれど改めて財力の強さを見ると本当にそうなのだなと思い知る。
鎧の軽量化もハニアスが一生頑張ったところでヘルムに施してもらうのがせいぜいである。
それに魔法使いと繋がりがなきゃお金があっても引き受けてくれないこともある。
テシアが持っている人脈の広さにもただ驚くのみである。
しかし表情は変えない。
「それに僕も肉体派だからね」
「……僕?」
急に飛び出してきた聞きなれない一人称にハニアスが首を傾げる。
テシアはこれまで私という一人称を使ってきた。
なのに僕だなんて初めて聞いた。
「ああ、そうだよ。僕は僕さ」
「どうして急に?」
別に僕という一人称を使ったって構いはしないのだが一人称を変えた理由については気になった。
「今僕はどっちに見える? 男か、女か」
足を速めてハニアスの前に出たテシアはクルリと振り返って手を広げてみせた。
それは女性だろうと一瞬思ったハニアスだったがよく見ると答えにくいことに気がついた。
一人称だけではない。
話し方や声のトーンもやや男性に寄せている。
ヘルムのせいでこもったような響きでは高めの男性の声にも聞こえている。
体を見てみると女性らしい体のラインが出ないような鎧を身につけたテシアは身長が低めではあるが、それだけで女性だとは断定できない。
ハニアスはテシアが女性だと知っているから女性に見えるけれど知らない人がテシアに会った時に男性か女性かは判別しにくいだろう。
「そう、これもヘルムを被る理由だ。声色を変えるのも上手いものだろう?」
徹底してただのテシアとなる。
テシアの顔を隠すだけではなく性別すら判断することを困難にすることも鎧とヘルムを身につける目的であった。
少しばかり線が細い気はするけれど、男の人が皆太いわけでもないのでこれぐらいなら男としても通じる。
むしろここまで微妙なら性別を聞いて間違った時に失礼なので誰も触れることはない。
「だからこれから僕は僕を使っていくよ」
ヘルムのせいで表情は分からないけれど、いつものようにイタズラっぽく笑っているのだろうなとハニアスは少し目を細めた。
元々ハニアスも口数は多い方ではない。
テシアも相手が話さなくとも気にしない人であるので黙々と旅は進んでいく。
町に着かねば野宿をし、町に着いて教会があれば祈りを捧げて困り事はないかと尋ねる。
これも巡礼をする上での必要な行いの一つである。
善行を施して回ることも信仰を深める手段なのだ。
大体は教会の掃除を手伝ってくれとかそうしたお願いである。
教会がない町では宿に泊まるのだけどそうした時には宿の人にも困り事はないかと聞くのだ。
薪割りだったりズレた宿の看板を直したり、時には手紙を託されたこともあった。
これまでのところテシアが女性だと指摘されたことはなく、常に鎧姿なことに好奇の目を向けられたぐらいである。
「ありがとね。助かったよ」
教会がない小さな村の宿に泊まった。
店主のおばあちゃんに困り事はないかと尋ねるとお墓の草取りをしてほしいと言われたのでテシアとハニアスでせっせと草を取った。
「最近じゃ若い人が出ていくばかりでこうしたことにも手が回らなくてね」
「お手伝いすることができて良かったです。神の祝福があらんことを」
「ふふ、ありがとうね。こんな田舎の村にまで寄ってくれて」
「これも神のお導きです」
いいと言ったのにせっかくだからとおばあちゃんが焼いたお菓子も持たされた。
「……小さな村は大変なのですね」
教会がない村なんか山ほどある。
村に泊めてもらい、困り事を聞くと若い人手が少ないからとお願いされることも多かった。
小さな村では若い人が大きな町に出稼ぎに行ったりと人手不足に悩まされている。
大きな教会にいたハニアスでは中々直面することも少ない問題で少し考えさせられた。
「難しい問題だろう?」
どこの国に行っても同じような問題はある。
国が発展期にでもあればいいのだが、安定に入り人の増加が鈍化してくると対処が難しい問題も起こってしまう。
しかし今テシアにもハニアスにもできることはたまたま寄った村で少し手伝うことぐらいである。
だからこそ人は神に祈るのかもしれない。
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