第17話 南方の愛。
神よ、私はとても弱く脆く、愚かです。
彼が泣いている姿を見て、殆どを許してしまっています。
今の殿下を前世の殿下に重ね、殆どの溜飲を下げてしまいました。
ですが、私は元皇妃。
愚かな皇帝を許すワケにはいかない、そして諌めきれなかった私を、前世の皇妃だった私を許すべきでは無いと。
そう思い、そう考えているのに。
どうしても殿下にお会いしたい。
傷の治りはどうなのか、お食事は召し上がっているか眠れているか、どう思ってらっしゃるのか。
気になって堪らないのです。
ココには遊学に来させて頂いているのに、国民のお金で勉強させて頂いているのに、私は。
《残り10秒ねヴィクトリア》
「もう、どうして制限を設けるんですか、正妃様」
《だって、多分、コレ以上は同じ所をグルグルしそうだと思って》
「ぅう」
《ふふふ、悩みは口にしてこそよ?気になるのね、殿下が》
「はぃ」
《正妃になるアシャがお世話をしているのは知っているわよね?》
「はぃ」
《けれど、とても気になってしまう》
「ぅう」
《それだけ》
「認めてはいけない気がするんです、そう認めたら」
《そうね、幸せになってしまうものね》
私は、幸せになるべきでは無い、と思ってしまっていたのだと。
今、やっと。
「どうやら、はい、すみません」
《良いのよ、コレはとても難しい問題だもの、アナタがそう思うのもある意味では当たり前。そこらの貴族や平民なら、好きになさいと言えるのだけれど、アナタは国の半分を背負っていた。アナタは諫め煽て、維持する存在だったのに、ある意味で失敗し犠牲を出してしまった。けれどね、1番に誰が悪いのか、分かっている?ほら、考えた事が無いのね。あのね、8割は来訪者よ》
「それは、どの様に算出を」
《ふふふ、コレだけの人間に前世の記憶が合ってこそ、このままいけば治世が続くかも知れない。けれど誰かが欠けていたら、それこそパトリック補佐が欠けていたら、きっと既にこうなってはいない筈よ?》
「はい、多分、ですが」
《その欠けたままで来訪者が来たら、どの組み合わせでも不成立になる、けれど逆に来訪者が来なければ、殆どの組み合わせでも成立する筈よね?》
「多分、はい」
《それを更に逆に当て嵌めるの、誰が欠けたら国が滅びるか、きっとアナタが最初から欠けていても国は滅びない。それこそ滅ぶなら、王族が欠けた時だけ》
「王族並みに、来訪者の影響力は強い」
《そうよ、どうかしら?》
「ですが、私がもっと」
《相手は来訪者、私達の更に先の知識を濃縮した形で持っているとされているの、平民ですらも貴族の振る舞いを偽装出来る程の知恵と知識を持つ。新参の皇妃を欺くなんて、きっと簡単だと思うのよ》
「私は、見抜こうとしていませんでした。そうした仕事は大臣達や陛下が行う、そして誰も諫めないのなら、それで良いのだろうと」
《もしかして、あまり知らされていなかったんじゃないかしら、来訪者の危険性と有用性について》
「はい、多分」
《あぁ、ココも盲点ね、きっとパトリックも説明されて無かったとは思わなかった筈よ》
「あ、確かに、あまり関わらない様にしていたとも聞いていますので」
《はぁ、まぁ、後で言っておくわ。兎に角、色んな意味で舐めてはいけない相手なの、成程ね。きっと来訪者を自分だけで御して、先代や大臣達に認められたかったのかも知れないわね、ふふふ》
「あまりに、幼いのでは」
《そりゃそうよ、私達だって王にしてみたら幼いと思われているんですもの。だからこそ、子を成して半人前、孫を見れて一人前だって言われるんですもの。一緒に一人前になるのが夫婦、家族なのよ》
「褒め合い、認め合う、それが私の理想だったのですが」
《私でも、ちょっとイラっとして止めなかったんだもの、アレは少し難しいわよ。特にアナタの良い面とは相性が悪い、相性って意外と大事よ?》
「どうすれば、良かったのでしょうか」
《煙たがられても、しつこく食い下がる、そしてひたすら大好きだって言い続けるの。どう?来訪者はそんな風にしていたんじゃない?》
「はぃ」
《良いのよ、中には体を売ってた者も来る、そうした手練れが来る事も有るの。あぁ、そうなると大臣の誰かに情報を防がれてたかも知れないわね、だからこそ。いえ、だから何も伝えなかったのかもしれないわね、アナタを守る為に》
「そうなると、陛下は、私を愛していた事になるのですが」
《凄く不器用だけれど、激情に駆られ処刑してしまう程に、その結末に発狂する程度には愛していたんじゃないかしらね?》
「私が大らかで、優しいから」
《だけじゃないわ、賢いし努力家、しかも努力を努力とは見せない才能が有る。コレはとても素晴らしい才能よ、それこそ上に立つ者なら誰でも欲しがる才能、だから殿下に嫉妬されていたのよ》
「嫉妬」
《子が苦労しているからこそ、次の子、孫には苦労を掛けたくない。アナタの才能が孫に引き継がれれば、きっと子も安心する筈、だからアナタを皇帝も皇妃も推した。けれど子にしてみれば、自分の至らなさを不安視されたと思う、自分に足りないモノを持つ者を常に突き付けられる事になる》
「なのに愛してしまったのですね」
《ただ、そこは少し難しいわ。ずっと敵視するより愛した方が楽、受け入れた方が楽だからこそ、愛したのかも知れない》
「どうして全て言ってしまうのですか?」
《だって、アナタが選ぶ立場だもの、アナタに選ばれないのが悪い。だから私達も頑張るわ、どう?
「はい、宜しくお願いします」
私は側近であるにも関わらず、まだまだ腹芸が足りない。
『ヴィクトリアが作った料理を』
『おう、すり替えて来てやった、どうせアレは遠慮して持って来ないだろうと思ってな』
『レウス王子、それどうせ側近の考えでしょう』
『おう、勿論だ、こんな小細工は面倒だ』
『ほら、コレですよ、だからアナタは気にしない方が良い、方向も種類も何もかもが違うんですから』
『あぁ、俺の様に強くなりたい、か』
『だそうで』
『それは俺の国が強いからだ、だからこそ嫌われる心配なんぞしない、顔色なんか伺わん。俺が良いと思った様に行動する』
『で、修正は側近にさせる』
『おう、その為の側近だろうが』
『本当に、アナタの側近の苦労が慮られる』
『いやー、お前らは合わんだろうな、つい癖で腹の探り合い遊びが本気になり事を大きくする』
『アナタに言われたくないんですが、流石に驚きましたよ、ヴィクトリア嬢の首を掴んだ時は』
「本当に、すみません、私がヴィクトリア様も守るべきでしたのに」
『いや、俺の殺気を感じて直ぐお前は皇帝を守った、それは側近として正しい対応だ。俺が殺そうと思ったのは、殿下だからな』
『あぁ、それで、成程な』
『パトリック、百戦錬磨でも難しかったか』
『愚者と、家に湧く蟻と百戦しても、鍛錬にはなりませんよ。コチラは本来なら象を狩る為に育てられたんですから』
『あぁ、虫と動物は違うからな』
『群れの数と大きさも違いますしね』
『レウス王子は、来訪者の知恵を』
『殿下でも流石に気が付くか、あぁ、そうだ』
『俺は違いますからね、ずっと国内でしたから』
『帰りは酔い止めやるから、ちゃんと飲めよ』
『ありがとうございます』
『美味いか、殿下』
『はい、とても、凄く』
殿下は目を潤ませながら、一口一口を味わい、噛み締めてらっしゃいました。
まるで神からの贈り物を口にするかの様に大切に、大事に、恍惚の笑みを浮かべながら。
『ヴィクトリア嬢が来訪者の危険性を、全く知らされていなかった、と』
『おう、ウチの正妃様がな、どうだパトリック補佐』
『ぁり得ます』
『そう気を落とすな、来訪者の到来は滅多に無い、記録が残っていない場所さえ有るらしい。抜けが有っても仕方無い』
『いえ、何度もやり直したからこそ、悔しいんです』
『だろうな、だがお前の償いはとっくに終わっているんだ、もう悔やむな』
それは無理だ。
今まで人形だと思っていたら人だったんだ、しかも純真無垢な善人。
そして俺は宰相でありながら来訪者に負けた、負け続け勝てなかった。
大勢の犠牲を出し続けた。
国を滅ぼさせ続けてしまった。
『まぁ、無理ですよ』
『今はな、でだ。アレ、お前、とんでも無い変態を生み出したな』
『極限まで供給を絞り、与える。アレ以外に策が有りますかね、レウス王子』
『いや、俺の側近も最善だろうとは言ってたが』
『もしかしたら作戦が合わないかも知れないと思ってはいたんですが、どうやら肌に、気質に良く馴染んでくれて助かりましたよ』
俺はあまり手を出す気は無かったんだが、あのままだと生きる気力を無くすのは明白だった。
そうなったアレクも、実際に見たからな。
苦痛と感じさせたままにするか、快楽へと変化させるか、そう示しただけ。
俺がした事は、たったそれだけだ。
ヴィクトリアの願い通り、一切の誘導無しでいたかったんだが、兼ね合い的には寧ろコレしか無かった。
あの無気力のままに果ては死ぬ、そしてヴィクトリアは確実に後悔し、喪に服し続けるだろう。
『なぁ、お前はどうする気だ』
『何がでしょう』
『そら結婚の事だ、難しいだろう、アレの死を見続けたんだ』
『どうでしょうね、何度も繰り返せる図太さが有りますから』
『誰かには言え、1人で良いから相談しろ、絶対にだ』
レウス王子は何処までも善人で、確かにアレクには眩し過ぎる。
アイツはヒカリゴケで、コッチは太陽なんだ、相性が悪過ぎる。
『今日にも話し合ってみますよ』
『あぁ、アレもか』
『クララは大丈夫ですからご心配無く、お人好しですね王子は』
『いや、良い遺伝子は広まるべきだろう、ただそれだけだ』
ウチのも、この位は腹を括ってくれたら良いんだが。
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