第14話 写身の力・《裏》
「あててて……腕上がんねえわ」
うーむ体中が筋肉痛で痛い。結構気合入れてトレーニングやったからなあ。
昨日の冒険で思ったのだが、命の危険があるとはいえガチで死が近いとは言い難い《ガラックの岩場》でもそれなりの収入を得ることが出来るということは、そこで十分だと考える冒険者もそれなりにいるのではないだろうか。
大金は稼げないが、安定してサラリーマンぐらいの収入は得ることが出来る。
しかも労働時間は自由。
僅かな命の危険と引き換えにそれが得られるなら、そこで満足する者も多い。
結果として、ガチガチにトレーニングをして鍛えるような冒険者は少ないのかもしれない。
「って思ったんですけど、どうですか?」
「そうですね……まず冒険者にとって鍛えるというのはすなわちレベルを上げることですから、積極的に地球側で身体を鍛えるという人はあまりいないと思います」
なるほど?
確かに苦しい思いをしてトレーニングをして身体を鍛えなくても、フロンティアで適度にモンスターをしばいていればレベルはあがる。
そしてフロンティアでのレベルアップはすなわち、レベルに付随する身体能力や魔力の上昇に繋がる、と。
今更ながらに言われてみればそうだな?
俺はそういう簡単なのが気に入らないというのに加えて、レベルアップによる恩恵は素体に対する倍率的な働き方をしていると勝手に思っていたので素体も鍛えようとしていたが。
別に普通に強くなろうとする分にはレベルを頑張って上げれば良いのか。
「レベルアップで上がる身体能力って、素の身体を鍛えてることとは関係無いんですか? その、ムキムキマッチョマンとガリガリくんが同じレベルだったら同じ力をしてるんですか?」
「ムキム、フッ……いえ、関係ありますよ」
今わろたでこの人。
「元の身体を鍛えているほど同じレベルでの力は上がります。ただわざわざ身体を鍛えなくてもレベルを上げればDランクまでは上がれますし、よほど重たい武器や鎧を使わなければ冒険者として十分な身体能力は得られるんです」
「だからトレーニングを地球側でするよりはフロンティアで冒険してモンスターと戦っていた方が良いってことですか」
「大体の場合はそういうことですね。そもそも先に進むほどレベルは上がりづらくなっていきますから」
なるほどねえ。これは盲点。
俺はレベル上限にいつか到達する前提で、そのときの強さをできるだけ上げておきたいという考え方をしていた。
いや、そこまではっきりしていたわけではないが、レベルアップによる強さ以上のものを求めてトレーニングを行っていた。
だがそもそも、レベルが上限に到達する冒険者は少ないのだろう。
うーん……そういう初歩的なことについてもちゃんと調べておいたほうが良いのか?
スキルとか特定のエリアのモンスターとか、必要な情報ばかりピンポイントで漁っていたが。
一応講習の冊子には目を通したけど、具体的なモンスターの詳細とか現在冒険者の到達点がどことかそういう話はほとんど載ってなかったし。
「それって常識的な感じなんですか?」
「常識、とはまた違うかもしれません。冒険者になって強くなることを考えたとき、大抵の方がレベルを上げることを考えますから。そういう意味では常識ではありますが、そうするのが一番良いかと言われるとなんとも言えませんね。上位ランカーの冒険者の中には、技術の研鑽のために冒険者同士で訓練をしている方もいるらしいので」
ああ、やっぱりそうなのね。
普通にレベル上げて強くなれるとなったら誰でもそれでいっかっていう考えになるわな。
「ですがやって損するものではないと思いますよ。フロンティアでは鍛えた分だけ強さになりますから。レベルもトレーニングもそれは同じです」
「いやそれはもう重々……まだしばらくはこのまま頑張ってみるつもりです」
「はい。でも無理はしないでくださいね」
「了解です」
無理はせんて無理は。
どんだけ痛くても死なんからね。
藤澤さんと坂井さん、ついでにどこかから見ている視線に見送られて、俺はゲートのある部屋への通路を進んだ。
「本体どうすっかな」
今日は、以前から考えていた写身を使った死闘(俺だけ)をするつもりだ。
写身を使って、死んでも問題ない身体で強力なモンスターに挑んでどこまで食らいつけるかという特訓。
今日は初日だし様子見ということで、ぶっちゃけワンパンされなきゃ良いなぐらいだが。
いやしかし、以前水竜的なモンスターに写身を殺された時の痛みを思い出すと身体が震えてきた。
これが武者震いってやつだろうか。
そしてそんな特訓をするからこそ、写身に意識を移している間無防備になる身体の扱いをどうしようかと悩んでいるわけだ。
以前のようにゲートの隣においておくというのも一応ありではある。
というのも、ゲートの仕様か効果かしらないが、ゲート周辺の広場にはモンスターは侵入してこないようになっているのだ。
そこに意識の無い身体をおいておいても死ぬことはない。
ただ、それを見た冒険者はどう思うだろう。普通に『なんか変なことしてるやついるわ』ぐらいののりで見逃してくれるのか、あるいは意識が無いので救助されるのか、それとも意識が無いのを良いことに攻撃されるのか。
無防備な身体を放り出しておくというのはそれだけリスクがある。
特に《始まりの森》以外のエリアにはそれなりに人がいると思うので、以前やったときのように数時間無事に、というわけにはいかないだろう。
「となるとこの部屋かな。まあ角に置いとくか」
人が多いフロンティアのエリアよりこっちの過疎ったギルドの方が良いだろう。
そう考えて、ゲートがある部屋の隅にリュックを起き、それを枕にして寝転がる。
あとは写身を出して意識を移して。
左腰のショートソードに背中側の斧、両太ももに装備したサバイバルナイフを確認して準備は完了。
「よし、行こうか」
ゲートをくぐってフロンティアへ。
目を開けるとそこは、《始まりの森》とは似て非なる森の中にある広場だった。
「あったかい、てより若干暑いか?」
これは服装ミスったか。《始まりの森》も《ガラックの岩場》もそれなりに涼しいか肌寒かったので冬場に使う作業服を来てきたが、こっちの森は少しばかり暑い。
生えている木なんかを見ると、南国にあるようなヤシの木みたいな植物が結構生えている。
「南国の島系か。次から気をつけよ」
今日俺が写身でやってきたのは《バルティア諸島》。
レベル37に到達した冒険者が出て解放され、レベルが順調に上がっていく制限レベルが55のエリアだ。
ぶっちゃけて言えば、まだレベル7の俺にはかなりどころではなく荷が重たいエリアのはずだ。
最初に受けた講習の説明では、エリアが開放された時のレベルが、そのエリアのモンスターと戦うのに必要な強さ的に最低限の適正レベルに相当するらしいので、俺は後30レベル足りていない状態だ。
まあ最初からそのつもりでここに踏み込んだのだが。
「うし、行こうか」
しばらく周囲を見渡した後、早速森へと踏み込んでいく。
今日は生きて帰ることが目的じゃないので杭の確認なんかも必要無くて気楽なものだ。
「この辺の木の実とかは売れんのかね」
見上げる木には時々実がなっている。フロンティアから取れる資源は何もドロップアイテムだけでは無いらしいので、こういうのも持って帰れば金に変わるのだろう。
まああのサイズだと1つ2つ抱えてしまえば一杯になってしまいそうだが。
この《バルティア諸島》、極簡単に概要だけ調べたところによると、諸島という名前の通り海とそこにある多数の島々が主となるエリアらしい。
島の大きさは調べていないが、諸島とわざわざエリア名についている以上はこの島も一日かけて歩ききれない程広くはないと思う。
まあわかりやすい島に行ったことがないのであんまりその辺は詳しくないんだが。
ところどころ流れる川なんかを見つつ歩いて10分。
それは唐突にやってきた。
ガサガサ、バキバキという木や草が押しのけられる音が一気に俺の方へと近づいてくる。
そしてちょうど目の前にあった複数の木の塊が左右に大きくたわんで。
「ふぬっ……!」
その段階で、何かモンスターが、それもでかいのが来ていると気づいた俺は、目の前の木が動くと同時に、横の少しだでも開けている方向へ全力で回避行動を取った。
数歩の加速から前傾姿勢のまま跳躍。
頭を下に、手から飛び込んで飛び込み前転のような形で起き上がる。
そして振り返った俺が見たのは、周囲の木をなぎ倒した、巨大なオレンジ色の塊だった。
こっちに見えている場所から生えているのは細長くヒュンヒュンと高速で振り回される尻尾か。
その速度は半端なものではなくて、無事だった木が尻尾の直撃で大きくたわむ。
いやあの速度でぶっ叩かれて無事な木も木で凄いな。
突っ込んできて勢いのまま転がっていたであろうモンスターは、四肢で大地を踏みしめて、ゆっくりと俺の方を振り返った。
猫科の猛獣に近い顔つきに、上顎から伸びたなっがい二本の牙。あれだけで50センチはある。
振り返る最中に見えた背中には黒い部分が縦に長く連なっている。
カロロロロロ
喉奥から出ているであろう唸り声は、あまりにも自然に放たれているのにその音は周囲に響くほどの大きい。
「でか……」
体高2メートル、体長4メートルクラスのサーベルタイガーもどきが俺の方をまっすぐ睨んでいた。
直後、わずかに開かれたモンスターの口に嫌な予感がした俺は、迷うこと無く再び回避行動。
さっきよりも短い助走で隣の木々の間に飛び込んだ。
次の瞬間。
ボッ、という音とともに木々が揺れる爆音。俺の方まで風が吹き付けてたたらを踏む。
視線を音の方向に一瞬だけ向けると、木々が押しのけられて幅1メートルぐらいの通り道のようになっていた。
「ブレスかよ、やっば……」
避けていたので見えなかったが、何かを吐き出したのだろう。
そしてそれが、木々を押しのけて向こうまで飛んでいった。
「受けてたら死ねるなこれは!」
自分を鼓舞するように声を上げて、剣を抜いた俺はモンスターに向かって突っ込む。
今日はモンスターを見に来たのではない。戦いに来たのだ。
それに、こんな攻撃をノータイムでぶっ放してくる相手に受けに回っていたら命がいくつあっても足りない。
こっちから仕掛けて、かき乱して。
そしてその身を脅かしてやる。
ダッシュで肉薄、レベル1当時の身体能力だが、昔から鍛えている肉体にフロンティアでの身体能力向上が合わさってトップアスリートにも劣らない出力が出ているはずだ。
その瞬発力で接近して、相手の出方を一瞬伺う。
接近する俺に対するモンスターの攻撃は、前脚での横殴りの一撃。
「ふっ……!」
受けたら死ぬなこれは。
そう判断して、剣で防御せずに全力で体勢を低くする。
本当なら地面に飛び込みたかったが剣を抜いていたし、何より飛び込んでいる暇は無さそうだ。
「髪っ!」
全力でしゃがみ来んだが、爪が掠って髪の毛が一部持っていかれた。
俺髪の毛はかなり短く切ってあるので、髪の毛持ってかれた感覚があるということは後1センチでも遅ければ頭持ってかれてた。
そしてしゃがんだ体勢から首元に入り込んだ俺は、見えている首に向かって剣を突き出そうとして、剣を手放して伸ばした腕を引き戻し、横に転がった。
次の瞬間、首に迫っていた剣が勢いよく噛まれ、モンスターの口でペキリと折れる。
「剣ーー!!」
俺の一番火力ある武器が!
そう出そうになる叫びをこらえて、更に踏み込んでモンスターの腹の下へ。そして引き抜いたナイフで思い切りその腹を突き刺す。
否、突き刺そうとした。
「刺さらんか! やっぱ駄目だなこりゃ!」
毛か表皮か。押し込むことは出来るがナイフの刃が刺さらない。
数千円のサバイバルナイフではこのモンスター相手には厳しいらしい。
というかぶっちゃけ昨日の《ガラックの岩場》から既に怪しかった。
だが、一番皮が柔らかいであろう腹でも通らないとなると、狙う場所を変えなければならない。
そう考えながら、足を踏み変えるモンスターのお尻側までくぐり抜けて。
「あっ……」
ヒュンという音が聞こえた直後には、俺は勢いよく吹き飛ばされていた。
「うがっ……ぐっ……」
尻尾か。
完全に失念していた。
木を大きくたわませるほどの威力がある尻尾の一撃が脇腹に刺さった。
痛い。
口の中が生暖かい。舌を噛んだか血を吐いているのか。
木に叩きつけられた朦朧とする頭ではその判断もつかない。
駄目だ、意識を引き戻さなければ。
「がぁ……ぐっ!」
飛びかける意識を、左手で抜いたナイフを肩に突き立てた痛みで引きずり戻す。
痛え。焼けるように痛い。
が、頭は少しだけスッキリした。
「ペッ……足、もか……」
立ち上がろうとするが左足に力が入らない。
攻撃を受けた脇腹に手をやれば激痛。
あれ、これ痛いのは手か?
いや、手のひらが真っ赤だ。脇腹は衝撃でえぐられたらしい。
打撃でえぐれるとか冗談じゃねえぞ。
「あ、ああ゛っ゛!!」
残った右足で踏ん張って、なんとか木に背中を預けて立ち上がる。
首がいかなくてよかった。ぶつけた衝撃で首か頭をやられていたら即死だった。
まあ代わりに背中から打ち付けたせいで呼吸が結構怪しいのだが。
息を吸うたびにヒューヒュー音がするのは結構やばい。
なんでこれでまだ動いてるんだ俺の身体。
ザク、ザクッと言う音に顔を上げると、先程のモンスターが俺の目の前に立っていた。
「……はんっ、首洗っ──」
ボッ、という音とともに俺の意識は暗転した。
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