第13話 ガラックの岩場

 体中が痛い。『冒険者は頑丈だから大丈夫じゃ』なんて言ったおじじに体中の部位鍛錬でボコボコに殴られた。

 普通に痛いし、流石に一日二日で身体が頑丈になった気はしない。


 というか、俺が《学習効率Lv.3》のスキルを持っているから習得が早くなるはずだとやっているが、本来は何年も続けてようやく拳が固くなってきたりするもののはずだ。

 ああでも、昔ちょっとだけギターやったときは1月ぐらいで指先が固くなってきたっけ。

 そう考えると割とすぐに効果が見え始めるのか? 


 俺がガチでフロンティアに挑むのに後どれぐらいかかるか。

 それまではおじじに手を借りての部位鍛錬やトレーニングで身体を鍛えつつ、写身でスキルやレベル、戦闘技術を鍛えて。


 そしてある程度基盤が出来たと思ったら、生身でフロンティアに潜ってアイテムや金を稼いでみよう。

 ただ戦い強くなることを楽しむのもいいが、ドロップアイテムなんてものがある以上、そこで良いものを狙うというのも楽しいだろう。


「手は大丈夫ですか? 包帯巻いてますが」

「あ、これですか? 怪我してるわけじゃなくて、テーピングしてるんです。知人に怪我防止で巻いておいた方が良いって言われまして」


 まあ今手に巻いている包帯は血の滲んている手を保護しているだけなんだけど。

 

 でも冒険に出る前に包帯とかバンテージ、テーピングをしておいた方が良いというのはまじな話だ。

 色々と調べたし、おじじにも聞いた。スポーツをしていた頃の知識もある。


 まず包帯をあらかじめ巻いておく理由の1つに防御がある。

 単純な話、籠手や鎧ほど頑丈ではないが防具として役立つのだ。

 包帯を2重に巻いた程度ではそれこそ擦り傷を防ぐぐらいしか効かないが、おじじなんかは腹にもさらしを巻いていて、それで斬撃から助かったこともあるらしい。


 それぐらいなら頑丈な素材で出来た服で良いかも知れないが、とくに前腕部等は肌にピッタリつく包帯の方が戦闘のときはバタつかなくて良いとはおじじの言葉である。


 他にも怪我の保護。

 例えば包帯を巻いている場所を突き刺されたとき、包帯で腕の形が固定されていることで傷口の変形や余計な出血を防ぐことが出来る。

 まあそもそもそういう怪我を負う前提で冒険をしている人は少ないみたいだが。 


 後はテーピングの方だが、関節の保護にもなる。

 特に剣を振るう時、モンスターや相手の剣にぶつかれば相当の衝撃が手に来る。

 慣れていなければ剣の重さに振り回されることもある。

 足首や他の関節だって、戦闘という激しい動きの中で耐久限界を軽く超えることがある。


 そんなときに、関節を外側から保護するテーピングがあることで関節を傷めなくてすむのだ。 

 まあテーピングに頼りすぎると身体が弱くなってしまうのだけど。


 そんなわけで、一番初歩的な防具である包帯やテーピングなどでの身体の保護は一般的に広まっている、わけではない。

 

 ギルド上のショップ、大きなギルドのそれでは、様々なものが売られている。

 その中には当然、強靭な繊維で作られた服や、フロンティアでドロップした布製の防具なんかもある。

 初心者でも少しお金を貯めれば買い求められる程度からあるらしいので、わざわざ包帯とかテーピングみたいな扱い方に知識のいる小道具を積極的に使おうという人はいない、らしい。


 ネットで調べてもスポーツの話ばかりでそういうサイトが出てこなかったというだけの話だが。

 俺はそういう小道具的なのが好きなので普通に包帯もテーピングも使おうと思っている。


 いつも通り2人に見送られた俺は、フロンティアへのゲートをくぐる時に《始まりの森》ではなく《ガラックの岩場》を指定する。

 今日はこっちのエリアで軽く生身で戦闘をして、ドロップアイテムを拾って帰って換金して、というところだ。

 いつまでもアイテム持って帰らないと怪しまれるからな。


「とうちゃっくっ、と。ああー……思ったより平だな」


 ゲートから少し離れて見る限り、大小様々な岩が転がっていて足場がめちゃくちゃ悪い場所ではないようだ。

 むしろ巨大な一枚岩の上にいるように平らな地面が続いている。


 そしてある程度その広間がある外側に、せせり立つ岩場とその間に続く細い道があったり、あるいは結構拾い道が下に向かって続いていたり。


 俺が見学をしている間にも、後ろからゲートを抜けた3人組が広い道の先へと進んでいく。

 ここからはしっかりと稼げるエリアのようで、訪れる冒険者もそれなりに多いのだ。


「んじゃ、俺も行きますか」


 このエリアのモンスターをまだ俺は知らない。岩場だからって安直に石で出来たゴーレムとか命のある石みたいなやつらに出てこられると俺では倒せないと思うが、どうだろうか。


 幅2メートル程で左右が切り立った3メートルぐらいの壁になっている、岩と岩の隙間のような道を歩いていくと、少し開けたエリアに3体ほどのモンスターを見かけた。

 

「……カニ?」


 サイズは1メートルぐらい。背中にたくさんの岩を貼っつけたカニである。 

 まさかの岩場にカニとは。


「水生生物とかそういう常識はないんか?」


 多分無いんだろうな。そんなことを考えつつ、武器を抜いてモンスターにゆっくりと近づいてみる。

 

 岩場にいるモンスターのべたな攻撃手段として、投石がある。相手がカニとは言え、モンスターである以上どんな攻撃が来るかはわからない。

 それを警戒しながら距離を詰める。


 そして俺に気づいたモンスターも近づいてきて──


「……は?」


 腕を上げて威嚇をしてきた。背中の重さで妙に不格好だが。

 そして近づいてきて、すごくのっそりと爪を振ってくる。


「遅っ……」


 いや、なんていうか。この《ガラックの岩場》からが冒険の本番みたいなネットの記事をたくさん読んだのだ。

 《始まりの森》はチュートリアルでモンスターも弱い。それに対してここのモンスターは、下手すると死ぬ。


 そう書いてあったのだが。


「これは弱いわ」


 取り敢えず寄ってきた3体のカニの腕を全部飛ばし、そしてその後の行動を観察する。

 のっそりと近づいてくるのは体当たりのつもりだろうか。

 

 さておき、どうにかひっくり返さないと攻撃が通らない。

 モンスターからの攻撃はこれ以上無いと判断した俺は、モンスターの背中に高く伸びた岩を思い切り足で蹴り飛ばしてやった。


 ボロッと背中の岩の一部がこぼれ落ちる。


「そっち!?」


 いや俺はこう蹴った勢いでバランス崩してひっくり返って立ち上がれないようになってくれんかなと思ってたわけなんだが。

 なんというか、いちいち調子が狂うモンスターである。


 だがそれがわかった以上は、じっくり蹴りを入れてモンスターの背中を剥がしていくだけだ。

 

 そして数分後には、カニの背中の岩は剥がれ、その下の甲殻を突き刺して3体とも討伐が完了した。

 カニ型のモンスターがドロップしたのは、何らかの鉱石の塊が2つと、瓶に詰まった暗い青色をした粉末状の何か。


「瓶に入ったアイテムとかドロップするんか」


 取り敢えずそれぞれリュックに入れておく。瓶の方は割れると困るので汗拭き用に持ってきたタオルでくるんでおいた。


 その後も岩の隙間を縫うように進んでいく。

 時折地図も確認しているが、このエリアの地図はまず普通に歩ける道になっている場所と、それ以外の場所に2パターン作っているようだ。

 俺は現在道なりに動いているので、地図で普通に場所がわかるので迷う心配はない。


 そうこうしていると、奥の方から2人組の男性が歩いてきた。

 ワイワイと話していた2人組だが、俺の方を確認してから声を潜める。

 そのまま互いにペコリと頭を下げて通り過ぎると、後ろの方で再び大きな声で話し声がし始めた。


「フロンティアのマナー的なやつか?」


 他人がいる場所ではうるさくしない的な。いやこれは普通に地球でもマナーか。


 その後また歩いていると、今度は道が少しずつ広くなっていて、その道の上にちょうど新しいモンスターがリポップしてきた。


 青白い光が集まってモンスターを形作る。

 フロンティアのモンスターは、種として生まれるのではなく、こうやってシステム的に出現する存在なのだ。


 新しく出現したモンスターは、鹿みたいなガゼルみたいな体躯に尖った一対の角を持つモンスター。

 そして俺の方を視認すると、角を突き出して突っ込んできた。


「いきなりかい……!」


 リュックを離れたところに放って抜剣し、モンスターを迎え撃つ。

 突き出された顔を下から剣の側面でかちあげた後、顕になったモンスターの首を飛ばした。


「重いな」


 同じ動物系のモンスターなら《始まりの森》のウルフがいるが、あっちには無かった重みを斬り飛ばしたモンスターから感じた。

 突進の速度とかパワーとか肉の密度とか、そういうのだろう。


「多分食らったら効くなあれ」


 攻撃が突進なのできっちり迎撃すればさばけるが。

 はてさて。

 数集まっての突進とかになると少々対応に困るかもしれない。


 このモンスターのドロップアイテムは毛皮だった。別に血が着いてたりするわけではないので、くるくる丸めてリュックに突っ込んでおく。


「《始まりの森》のドロップアイテムと比べてちょっとかさばるな」


 山歩きをするときに使っていた結構大きめのリュックを持ってきているが、中身はビール瓶よりは少し小さい程度の瓶に拳大の鉱石2つ、そして鹿から取れる程度の毛皮1つ。

 《始まりの森》ほどガンガン集めることは出来ないだろう。


「ままええわ。ある程度拾えれば十分よ」


 再びリュックを背負い直して、俺はモンスターを探して道を進んでいった。




******




「換金お願いします」

「このアイテムは、《ガラックの岩場》ですか?」

「ちょっと行ってみようかと思いまして」


 今日も朝から冒険にでかけて、昼をすぎる頃には帰ってきた。実働時間は4時間ほどか。

 精神を張るし、戦闘という慣れない行動を行うのでフロンティアでの活動はそれなりに疲れるのだ。

 

 まあ俺はまだまだ大丈夫だったとは思うが、焦りすぎるのはいくない。長時間の冒険はもっと慣れてからだ。

 この後はおじじのところでトレーニングもあるわけだし。


「それじゃあ確認しますね。以前同様にアイテムの値段お伝えした方がよろしいですか?」

「なんか紙一枚にまとめられてたりします? 覚えるのはきついのでそういうのあれば……」

「一応冒険者IDでログイン出来るサイトに掲載されてます。それでも大丈夫ですか?」

「ああじゃあそれ見ます」

「わかりました。では少しお待ち下さい」


 今日は色々とドロップしたので、リュックごと坂井さんにドロップアイテムを預ける。

 ぶっちゃけリュックがそれなりに重たかった。どれもこれも重量があるアイテムばかりなのだあのエリアは。


 まず最初のカニ。あいつからは、最初に拾った2つのアイテムしかでなかったが、これがまたそれなりに重たい。数が集まれたそれなりの重量になる。


 そして次に青っぽい色をした鹿みたいなモンスターは、皮と角をドロップした。角は思った以上に重量があったし、サイズもでかかったのでかさばった。


 他はゴブリンの上位版であろうモンスターが最低でもペアで出現したのと、アルマジロみたいな形状で、サイズは1メートル以上あって背中が硬質化してんのか鉱石が生えてんのかわからないようなモンスターと、鷲型のモンスターが襲ってきた。


 特に後者3種類は攻撃性が高い上に、攻撃の威力が高そうだったので事故ったら死ねるだろう相手だ。


 ゴブリンの上位版はゴブリンと違ってちゃんと武器のナイフを振り回せてたし、ナイフ自体も刃物か怪しいゴブリンのものと違ってちゃんと武器だった。

 それが2体同時に攻撃を仕掛けてくるのだ。多少とも慣れていないと普通に斬られるだろう。


 アルマジロみたいなやつは、見た目はおっとりしている癖にめっちゃ攻撃してきた。

 岩が生えている背中を外側にしてぐるっと丸まって、そのままの状態で勢いよく転がって突撃をかましてくる。

 その上飛び上がってボディプレスを狙ってきたり空中で丸まり解除して結構尖った爪で攻撃してきたり。


 お前その図体でそこまで動けるんかって感じの相手だった。


 鷲はもう、あのエリアで一番めんどくさい相手だと思う。


 まず絶対に奇襲攻撃しかしない。

 一度攻撃して失敗したらしばらく攻撃してこないし、こっちが気づいてあからさまに警戒していると近寄ってこない。

 

 しかもその間ずーっと俺の頭上にくっついているので、他のモンスターと戦闘中に攻撃されたときは体勢崩されて大変だった。

 まあ最終的に俺がゴブリンの上位版を投げっぱなし背負投でぶん投げて命中させて撃墜したのだが。


 そんな感じで、《ガラックの岩場》。まだまだぬるいが、普通に命の危険があるエリアだった。

 まあ俺はどっちにしろソロだが、複数人の冒険者がほとんどだったのも頷ける。


「確認終わりました。全部で7万8000円ですね。全て売却でよろしいですか?」

「あー……」


 そういや上位版ゴブリンのナイフは自前で使えるか確かめようと思ってたんだっけ。

 まあ良いや。


 しかし4時間で約8万か。


「全部売却で。にしても結構高いですね」

「高杉様は持ち帰るドロップアイテムの数が多いですから。加えて、今回はロックバードの羽毛がありましたので。あれが結構珍しくて高値で売れるんですよ」


 なるほどね。確かにロックバード、多分それであろう鷲は一回しか倒していないし、倒すのもめんどくさかった。


「俺って持って帰るアイテムの数が多い方なんですか?」

「大抵の方は複数人で行かれますから、個人で考えるとアイテムの量は少なくなります。今回だと3~4人パーティーと同じぐらいの成果、ですかね」


 他の冒険者さんたちはもっとじっくり進んでたりするのかね。俺は身体を動かすのに相当慣れている方だから速いわ速いか。

 まあソロなら普通に有り得る範囲ってことで問題は無いだろう。


「それじゃあ、ありがとうございました」

「はい、またのお越しをお待ちしています」


 ステータスカードも返却して代わりに冒険者証を受け取ってギルドを出る。

 

 そういや、ステータスカード確認するの忘れてたな。

 まあ特に変わってないだろうから良いだろう。


 さて、今からまたおじじのところ行って体中痛めて。

 そんで明日はいよいよ、写身使って高レベルエリアに突っ込みますか。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る